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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
167/324

166話

 熱闘甲子園も見終わり、就寝時刻。

 だが俺は中々寝付けず、一度トイレへと向かう。

 用を足し終えて寝床に戻る道中、監督室となっている小部屋から明かりが漏れているのに気づいた。


 「…佐和ちゃんまだ起きてるのか?」

 起きている理由はなんとなく察しがついた。

 監督だし相手チームの研究でもしているのだろう。

 どうしよう。いま寝床に入っても寝付けないだろうし、少しばかり佐和ちゃんとお話するか。


 俺はノックせずに小部屋に続く襖を開けた。



 「うん? どうした英雄?」

 四畳ほどの小さな部屋。佐和ちゃんと佐伯っちが寝床にしている場所だ。

 部屋の電気はついており、中央に佐和ちゃんと、折りたたみ式の小さなテーブルに乗るノートパソコン。そのすぐ隣でいびきを掻いて寝ている佐伯っち。

 ってか佐伯っち、電気ついてるのによく爆睡できるな。


 「いや、トイレに行ったら明かりが漏れてたから、てっきり佐和ちゃんがこっそりいやらしいビデオでも見てるんじゃないかと思ってな」

 「恭平みたいな事言うな。理大付属のこれまでの試合の映像を確認してただけだ」

 恭平みたいとか心外だな佐和ちゃん。


 「お前のほうこそ、もう就寝時間だ。とっとと寝ろ」

 「中々寝付けねぇ。ってかクーラーの一つぐらい設置しといてくれよ。暑くて寝れやしねぇ」

 そういって俺は適当な場所に腰を下ろした。

 合宿所にはクーラーがない。いや正確にはひと部屋だけクーラーがあるのだが、そこはマネージャー達の寝床となっているため、俺たち野郎集団はクーラーのない大部屋で寝ているわけだ。


 「甲子園に出て寄付金稼いでくれたら考えてやる」

 「甲子園終わる頃に設置されても遅いんですけど?」

 悪態つく俺に佐和ちゃんは缶コーヒーを投げ渡してきた。

 寝ろと言ってるくせに缶コーヒー渡すとか、何考えてんだこの人。


 「それで佐和ちゃん、理大付属の弱点は見つけたのか?」

 「あぁ見つけたよ」

 マジかよ。さすが佐和ちゃんだな。


 「相手の弱点はサード、四番を任されている鳥越だ」

 そういって佐和ちゃんはノートパソコンを操作して、鳥越の守備のシーンで再生した。

 思わず佐和ちゃんのそばに近寄り、ノートパソコンの画面を覗きこむ。


 映像はサード正面へのゴロのシーン。

 別段普通の守備だった。エラーすることなく的確に打球を処理している。


 「…弱点か?」

 「あぁ、次の映像はこっちだ」

 そうして佐和ちゃんは再びノートパソコンを操作して、別のシーンへと移した。

 今度もサードへの打球。先程よりも少しショートよりへの強烈なゴロ。


 「あれ?」

 映像を見た俺は首をかしげた。

 サードの鳥越はまったく動こうとせず、結局打球を処理したのはショートの選手だった。

 あの打球、うちなら間違いなくサード中村っちの守備範囲だ。確かにショート恭平がエラーした場合のバックアップには回るが、中村っちが処理していただろう。


 「サードの動きを確認してみたが、打球反応が悪く一歩目が遅いように見える。鳥越は四番を任されているし、守備を度外視した起用の可能性が高い」

 佐和ちゃんが弱点について口にした。


 「でもそれぐらいなら、他の学校だって気づいてるだろう?」

 ここで俺が佐和ちゃんに指摘した。

 さすがにどこの学校も監督が無能なわけじゃない。サードの動きが悪いなんてすぐ分かることだ。


 「どうだかな。中々巧妙にサードの守備の悪さを隠しているから、そう分からないと思うけどな」

 なんだその、俺しか分からねぇぜみたいな言い方は?

 …だが確かに佐和ちゃんにこうして、シーンを抜粋してもらい説明をしてもらったから分かったが、一試合まるまる見てサードが弱点と俺は気づけただろうか?


 「サード鳥越は、自分の目の前に来た打球しか処理していない。他の打球は全てショート平松(ひらまつ)に任せている。平松は九番。今大会は全試合出場しているが一本もヒットを打っていない。こちらは打撃を度外視して守備重視の起用だろうな」

 「うちで言うところの誉って感じですかね?」

 「まぁそうだな。守備の悪い選手の守備範囲を極端に狭めて、そばに守備が上手い奴を置きそいつの守備範囲を広げる。穴を隠すには悪くない方法だ。さすが長尾さん、考えてるな」

 佐和ちゃんが認める監督か。

 確かにあの監督には去年の秋に嫌がらせされたからな。絶対あの監督性格悪いわ。


 「それとセカンドもエラーが多い。ただしこっちは偽物。ピンチの場面ではまずミスはしていないし、エラーしているのは、どれもツーアウトランナー無しみたいな、出塁させても失点に繋がり辛い場面でしかしていない」

 さらに佐和ちゃんはセカンドについても説明を付け足す。

 確かにセカンドはポロポロこぼしているが、失点に繋がるようなエラーではないようだ。


 「おそらくセカンドの守備の悪さを目立たせて、サードに意識を向けさせない狙いだろう。本当の穴はバレないよう隠しておくってわけだ。ちなみに、これに引っかかったのが佐々岡商業。見事に右打者は右打ちばかりしてアウトになってる」

 「なるほど、トラップということですね」

 「そういう事だ。こうして映像で確認すると、中々このセカンド、守備が上手そうだ」

 ってことはわざとエラーしてるということか。

 中々の役者のようだなこのセカンドは。

 それにしてもここまで選手にやらせるとか、あの監督、絶対に選手から嫌われてるんだろうな。


 「でも、うちには大輔がいるし、ここまで相手チームを分析しなくても良いんじゃないですか?」

 「何を言うか。大輔は間違いなく勝負避けられるから、大輔以外で点を取る算段は作るべきだろう?」

 呆れた顔を浮かべる佐和ちゃん。

 あぁそうか、勝負を避けられるというパターンもあったな。忘れてた。


 「でも実際勝負避けられますかね?」

 「いや避けるだろう。今大会はまだ1本しかホームランを打ってないが、春の大会は大暴れしていたからな。秋の理大付属との試合でもホームランを打った。警戒されるのは確実だ」

 確実とか、間違いなくとか断定しちゃうのか。

 いや佐和ちゃんの予測って、未来予知レベルの正確さだし、絶対に勝負を避けられるのだろうな。

 そうなると、やっぱり攻略法を見つける必要はあるのか。


 「まぁ大輔と勝負を避けたところで、理大付属ならまだ勝ち目がある。問題は決勝だ」

 そうして佐和ちゃんはノートパソコンに映る映像を別のものにした。

 先日行われた酒敷商業と斎京学館の試合だ。


 「あぁ斎京学館か」

 「そうだ。まだ荒城館が勝ち上がってくる可能性はあるが、まぁほぼ確実に斎京学館だろう。荒城館は春こそ勝てたが、今回ばかりは勝てないだろう。勝ってくれたら楽に優勝できるんだがな」

 確かに荒城館が決勝の相手の方が楽に勝てるだろう。


 「斎京学館は間違いなく全国クラスの実力を持ってる。甲子園に出場しても上位に食い込むだけの力はある。まさか県大会でそんな強豪とぶつかれるとはな。良かったな英雄」

 にやりと悪い笑みを浮かべる佐和ちゃん。

 だが今回ばかりは佐和ちゃんの言う通りだ。


 「あぁ、斎京学館と戦えるなんて最高だ」

 斎京学館、もっと言えば鵡川良平と戦えるのが今からワクワクしている。

 まだ理大付属との試合が待ってるのだが、気分はすでに斎京学館だ。


 鵡川良平はここまで4試合で3本のホームランを放っており、成績だけ見れば今大会ナンバー1スラッガーと言っても差し支えはないだろう。

 さらにエース川端は、ここまで4試合全てに登板し、許した失点はわずか2点のみ。去年の夏から注目されている川端は、今大会ナンバー1ピッチャーと呼ばれている。

 そんな二人を軸に、優れた選手を一番から九番まで揃えている。


 理大付属よりも脅威の打線を揃えているし、佐和ちゃんがすでに警戒しているのも分かる。

 …まぁまずは理大付属。俺にとってはリベンジ戦。今度は独りよがりのピッチングはしない。

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