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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
166/324

165話

 学校に戻り、佐和ちゃん指導の下、フォークの練習に入る。


 「まだまだムラがあるなぁ」

 20球近く投げた所で、佐和ちゃんが呟いた。

 昨年からずっと練習をしてきているが、やはり一日に投げた数が少ないから、物にするのに時間が掛かっている。


 フォークは腕の負担が大きく、握力も使う。

 その為多く投げれば、疲れが溜まり一時的に握力が低下したり、腱鞘炎(けんしょうえん)になったりする恐れもある。

 なので、自然と一日に投げる数が少なくなってしまう。


 「甲子園に行くまでには、ここぞって場面で使えるようにならないとな、今のままじゃ子供だましがせいぜい良い所だ」

 佐和ちゃんがそんな事を口にした。



 …甲子園。

 そう、あと2回勝てば甲子園なんだ。

 まだ実感がわかない。甲子園ってどんな場所なんだろうか?

 テレビでは何度も見たし、子供の頃に親に連れられて行ったこともある。だけど、あのグラウンドに立ったことはない。

 高校球児たちが憧れ、目指す聖地。毎年4千校の中から選ばれた学校のみが立てることを許された場所。

 俺は甲子園に立ったとき、何を思うのだろうか?

 まぁそんなの、甲子園に行けば分かる事か。いま妄想することではないか。



 「じゃあ英雄、そろそろダウンだ。念入りに肩のストレッチをしとけよ。明後日にはまた試合なんだからな」

 「うっす」

 こうして試合後の練習も終え、ダウンをして練習から上がる。

 その後、みんなで銭湯に向かい、夕暮れに染まる頃、合宿所に戻った。



 晩御飯を食べて、佐伯っちにマッサージをされながら、俺はスマートフォンを操作する。

 ここ最近、ずっと鵡川とメールばかりしている気がする。

 まぁ鵡川から送ってくるから、それに返信しているだけなんだけども…。


 マッサージも終えて、暇になった。

 時刻を確認する。まだ夜の9時前。熱闘高校野球まで時間がある。

 テレビではクイズ番組が流されており、多くの部員が雑談しながら見る中、志田が問題の答えを当てては、松見「すげぇすげぇ」と言っている。

 恭平は休日のお父さんのように、テレビの前で寝転がり、ケツを掻いていた。

 哲也や誉、耕平君なんかは、今日の試合結果が記されたスコアブックを見ながら、なんか話し合いをしている。

 中村っちや他数名の選手はすでに就寝しており、広間の隣の部屋からはいびきが聞こえた。 さて、俺はどうしたものか? うーん、ちょっと夜風でもあたってくるか。


 合宿所から外へと出た。

 外では大輔や秀平、石村なんかが素振りをしている。


 「大輔先輩! どうすれば大輔先輩みたいに打てるようになるんですか?」

 「いや、素振りしてれば打てるようになるぞ! 俺なんか素振りしかしてないしな!」

 秀平や石村が大輔にアドバイスを求めているが、大輔は漫然とした回答しか出さない。

 大輔の回答を聞いて苦笑いの秀平。別に大輔が教えるの下手なわけじゃない。大輔は本当に素振りしてたら打てるようになっただけの事だ。

 大体、大輔の感性が他の選手に通用するとは思えない。奴は紛れもなく天才だろうし、天才の発想を凡人が理解するのは至極難しいことだ。


 「うん?」

 ふと少し離れた所に龍ヶ崎と岡倉が並んで縁石に腰掛けている姿が見えた。

 龍ヶ崎がスゲェ笑顔を浮かべて岡倉の話を聞いている。あんな笑顔の龍ヶ崎初めて見た。


 「おっ英雄」

 ここで大輔が俺に気づく。


 「よぉ、龍ヶ崎と岡倉どれくらい話してるんだ?」

 「もう1時間ぐらいあんな感じだぞ?」

 汗をタオルで拭いながら大輔が答える。

 マジか。龍ヶ崎、大丈夫かな? 話しかけたらバブバブ言ってきたらどうしよう…。


 「あ! 英ちゃんだ!」

 ここでデーモン岡倉に見つかった。

 やばい、俺まで幼児退行させられる。こら岡倉、龍ヶ崎と話してたのにこっちに来るんじゃない! ってか龍ヶ崎、俺を睨むな。悪いのは全て岡倉だ。


 「よぉ岡倉、龍ヶ崎と何話してたんだ?」

 「うーん色々! 野球の話題もしたし、麻子ちゃん達の事も話したし、好きな食べ物とか、好きな動物さんとか色々!」

 なるほど、龍ヶ崎は延々と岡倉の頭の悪くなりそうな話を聞いていたのか。

 だから、普段の龍ヶ崎なら見せないような笑顔を浮かべていたわけか。…本当に龍ヶ崎大丈夫かな?


 「英ちゃんはどうしたの?」

 「いや、夜風を当たりに来ただけだ。だから俺のことは気にするな」

 「えー! 話そうよー!」

 お前、さっき龍ヶ崎と楽しく話してただろうが。

 そのまま龍ヶ崎と仲良くしてろよ。


 「話すって言っても、話題が無いだろう?」

 「いっぱいあるよ! 私の好きな事とか、英ちゃんの好きな事とか、色々とあるよ!」

 いや、お前と話すとどんどん話題が切り替わるから、あまり話したくないんだが。

 まずは話題があらぬ方向にぶっ飛んでいく癖を直してくれ。


 「あーそれはまた今度話そうな? ほら、達也君が凄く寂しそうにしてるから戻ってあげなさい」

 「うーん、でも…」

 何故そこで悩む岡倉。


 「俺は大輔とグローバルでトレンドチックなグレートな話があるから、また今度な」

 「おぉ、なんか凄そう…。うん、じゃあまた今度」

 そういって岡倉が龍ヶ崎のもとへと戻っていく。

 適当にカタカナの単語混ぜたら、岡倉が納得してくれた。相変わらず頭悪いなあいつ。


 ちなみに大輔と話をするのは嘘ではない。

 って事で、大輔のそばに座り、素振りを続ける彼に話しかける。


 「大輔、次の相手ピッチャー打ち崩せるか?」

 「吉岡の事か? どうだろうな。打席に立ってみないと分からん」

 こいつらしい回答だな。

 自分のバッティングを過信することも自信を持つことも大輔はしない。

 打てるか分からない。だからこそ常に驕ることなく、調子に乗ることなく、真剣に全力でバットを構えられる。

 だから大輔にスランプというものは存在しない。打てなくても自信を失うことはなく、打てない日もあるさと笑い飛ばしてしまう。

 あんなバッティングをするくせにスランプが無いとか、マジで大輔頭おかしすぎだろ。


 「英雄のほうこそ、理大付属を抑える自信あるのか?」

 俺が大輔に聞いたように、今度は大輔が俺に聞いてきた。


 「もちろん。秋はやられたが、今回はそう簡単にはやられはしないさ」

 俺は俺らしい答えを選んで口にした。

 理大付属は確かにひと冬越し、センバツ甲子園を経験して強くなっただろう。だが俺も強くなった。

 もう秋のような失態はするつもりはない。

 それにもう俺は一人じゃない。最悪俺が崩れても後ろには亮輔がいるし、野手陣も揃っている。俺が一人気負ってマウンドに立ち続ける必要はない。


 「そうか。やばかったら仲間を頼ってくれよ」

 「あぁチームプレー第一だ」

 大輔の言葉に頷く。

 もう独りよがりをしていた俺はいない。よって理大付属に負ける理由はない。



 時刻は10時を回り、熱闘高校野球が始まった。

 まずは、第一試合の我が校山田と丘城の試合がダイジェストで流れる。


 ちなみに今回の特集は、沖縄から野球留学をし、同時に得点圏打率10割を誇った伊良部竜平の特集がされた。

 それを適当に聞き流し、試合のダイジェストへ。


 ≪伊良部君は初回、二死二塁のチャンスでこの当たり!≫

 ここでホームランを打たれる映像が流れる。

 マウンドでは口をぽかんとしている俺が映った。なんだこのアホ面、さすがに恥ずかしいぞこれは。

 隣ではゲラゲラ笑っている恭平。あとで覚えとけよ恭平。


 ≪チームの主砲が初回からツーランホームランを打ち勢いに乗りたい丘城高校ですが、山田高校エース佐倉君が前に立ちはだかります≫

 その後は、颯爽と快投を続ける俺の姿。

 やべぇ、自画自賛になってしまうが、マウンドで投げる俺格好よすぎだろ。我ながら惚れてしまいそうだ。

 今頃俺のファンは感涙しながら見ていることだろう。ファンがいるかは知らんが。


 ≪試合が動いたのは七回の山田高校の攻撃でした。ノーアウト一塁で打席には五番ピッチャー佐倉君。マウンドには途中登板の吉兼君。ピッチャー同士の対決…≫

 映像は七回の俺のホームランへと変わった。

 強烈なスイングから右中間スタンドまで運ぶ一発を放つ俺。

 やべぇ、自画自賛になってしまうが、ホームランを打ってる俺格好よすぎだろ。我ながら惚れてしまいそうだ。

 今頃俺のファンは股を濡らしながら見ていることだろう。ふふっつくづく俺も罪な男だぜ…。


 ≪その後、丘城高校は蔦谷君へ継投するも、この交代が裏目に。打ち込まれ2失点。山田高校はこの回4点をあげて、逆転に成功します。しかし丘城高校は最後の粘りを見せました≫

 そうして映像は最終回の丘山の反撃となる。

 しっかりと中村っちのミスも流れており、中村っちは恥ずかしそうに両手で顔を隠してる。なんだその挙動は、乙女かお前は。


 ≪九回一死一二塁のチャンスで、伊良部君へと打順が回ってきます。山田高校は勝負を選択。両者一歩も譲らない展開となります≫

 マウンドで投げる俺と、ファールを打ち返す伊良部。

 その両者の顔をアップにして映す。


 「やべぇ、このマウンドにいるイケメン誰だよ…」

 ちょっとナルシスト気味に言ってみる。


 「はぁ? マウンドにイケメンなんているかぁ?」

 俺の発言に、恭平が鼻ほじりながらアホ面浮かべて答える。

 恭平、あとで覚えとけよ? さっきのも含めて二倍だからな?


 ≪カウントはノーボールツーストライク。1球ファールがあり、迎えた4球目≫

 ここで司会の中岡さんの声から、試合中の実況の声へと変わる。

 映像は最後の一球。俺がフォークを決めた場面だ。


 ≪両者の思いがぶつかります! 佐倉、4球目を投げたぁ! …あぁっと! 伊良部空振ったぁ!! 三振! 三振!! マウンドの佐倉吠えます! 得点圏打率10割! 大会屈指の好打者伊良部! ここに来て空振り三振で終わったぁぁぁぁ!!! さぁツーアウト! 丘城高校、最後のバッターになってしまうのかぁぁ!?≫

 実況の馬鹿でかい声が流れながら、最後のバッターを華麗に三振に打ち取りゲームセット。


 ≪5対2で山田高校が逆転勝ちし、準決勝に駒を進めました! 続いて第二試合…≫

 続いて理大付属と佐々岡商業の試合結果をお送りする。

 明日は試合がなく、明後日の日程が発表される。


 第一試合は我が校と理大付属のAシード校同士の対決。

 そして第二試合はAシード荒城館とBシード斎京学館の試合だ。

 結果的に四強まで残ったのはシード校のみと、ある意味順当通りの結果となっている。


 明後日準決勝、明々後日には決勝戦が待っている。

 もう県大会も終盤だ。明々後日の今頃には祝勝会をしている事を願うばかりだ。

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