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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
161/324

160話

 五回の表、俺は三者凡退でマウンドを降りた。

 やはり相手打線は苦労しない。

 俺から打ちたきゃ、良ちんを九人並べることだな。


 ってことで守備の方は問題ないが、攻撃のほうは問題だ。

 相手のマウンドにいるのは二番手の吉兼。

 最速143キロのストレートと手元で曲がる変化球を武器にしている速球派。



 五回の裏、この回先頭の七番秀平はセカンドゴロに倒れた。

 バットは振り切れていたし、打球は強烈だったが、セカンド正面に倒れた。

 打たせて取るピッチングをしているだけあり、丘城高校の守備は中々固い。


 続く八番哲也はファーストゴロ。

 これは相手ピッチャーが吉兼でなくてもアウトになっていただろう。奴にヒットは求めん。

 それにしても吉兼の奴、テンポよくボールを投げ込むなぁ。ボール球も少ないし、ポンポン投げ込んでくるしで、こちらが主導権を握れていない。


 九番石村はピッチャーゴロに倒れてスリーアウト。

 あっという間にスリーアウト。

 早すぎる。俺はため息を吐いたが、ここで一度グラウンド整備だ。



 「誉! セカンドに入れ!」

 グラウンド整備を終えたところで、佐和ちゃんが誉に声をかけた。


 「うっす!」

 ベンチを温めていた誉が満面の笑みを浮かべて返事をすると、グラブを持って飛び出した。

 これ以上の失点は許されないと佐和ちゃんは踏んだのだろう。

 ここは将来性よりも実績。守備に関してはチーム屈指の技術を持ち合わせている誉をセカンドに投入する。


 それに石村の今大会の打率は悪い。

 ここまでヒットを打ったのは城東戦の一本のみ。

 どうせ打てないのなら、同じく打てないけど守備が上手い誉を入れたほうが、チームのためになるだろう。



 六回の表、この回も俺は三者凡退に仕留めた。

 ツーアウトから三番バッターをスライダーで空振り三振に仕留めて、俺はマウンドを駆け下りる。

 低めにはまだまだ投げきれていないが、高めに浮くボールは減ってきた。これなら、行ける…!


 ベンチに戻り、一度円陣を組んだ。


 「新座、哲也、石村、お前ら簡単に三者凡退に取られすぎだ。ノックじゃねーんだぞ」

 佐和ちゃんが冗談交じりに言っているが、目は真剣だ。

 前のイニングで簡単に三者凡退になったことがご立腹らしい。


 「あと英雄、お前も初球打ちでアウトになったな」

 え? 俺もなの?


 「ここまで吉兼は、わずか9球しか投げてないんだぞ? お前らいくら相手がストレート主体だからって早打ちしすぎだ。もう少し球数を投げさせる工夫をしろ」

 佐和ちゃんが腕を組み不満げな表情を浮かべて、選手達に言う。


 「ということで恭平。お前は次の打席で8球以上投げさせろ。8球以下なら練習後佐和スペシャルだ。良いな」

 「えっ…」

 急に話題を振られた恭平は絶句している。

 あの積極的に打つスタイルが武器の恭平にそんな指示を出すとか、佐和ちゃん鬼かよ。いや今更思うことじゃないか。佐和ちゃんは鬼であり悪魔であり畜生だ。忘れていた。


 「いいな? くれぐれも初球打ちなんて真似はするなよ?」

 もう一度、釘を刺す佐和ちゃん。

 これぐらい言っておかないと恭平は聞かないからな。



 さて、そんな中始まった六回の裏の我が校の攻撃。

 山田高校応援団が、恭平の応援歌暴れん坊将軍を奏でる中、恭平は佐和ちゃんの指示に従った。

 元々器用なバッターである恭平は、上手く粘った。


 一球目、二球目、三球目、四球目と続けてボールをファールゾーンに打ち返していく。

 そうして五球目のボールが、ストライクゾーンから外れたところで、俺達は思わず感嘆の声を漏らしていた。


 「なんだあいつ、やれば出来るんじゃないか」

 佐和ちゃんも驚きの声をあげている。

 本当、恭平って大雑把な性格の癖して、器用になんでもこなすな。


 六球目、七球目とボール球が続き、そして八球目のボールを恭平がファールにした。

 佐和ちゃんとの約束通り、吉兼に8球投げさせた恭平は、続く九球目を見送ってフォアボールで出塁した。

 思わずベンチ、スタンドから拍手が起きた。

 なんとか粘った恭平は、ベンチにガッツポーズを見せながら一塁ベースへと走っていく。


 これでノーアウト一塁。

 マウンド上で帽子を脱いで汗を拭う吉兼を見つめる。


 「英雄、同じピッチャーから見て、吉兼のピッチングをどう思う?」

 ここで佐和ちゃんが俺に聞いてきた。


 「いや、ピッチャーだからとか関係なく、あいつどう見ても全力ピッチングしてるでしょ」

 「…そうだな」

 佐和ちゃんの質問に俺は即答した。

 吉兼は力を抜くということが出来ていない。腕を振りやピッチングフォームを見ても、あれは全力投球であることは間違いないだろう。

 あいつは典型的なリリーフタイプだ。短いイニングを全力投球で抑える。そういうピッチングスタイルが向いている。

 斯波よりもエースの風格あるし、ピッチング技術も高いのにリリーフを任されているのは、おそらくそれが原因。相手監督も吉兼が短いイニングを投げるのに向いていると判断したからだろう。


 「それだけに四回で登板させたのは失敗ですね」

 「あぁ、優れた戦力を持ちながら三強に勝てないのはここにあるな」

 悪い笑みを浮かべながら嬉々と口にする佐和ちゃん。


 「だいたい、あんな戦力を毎年作ってるのに、三強に勝てないのは、どう考えても監督のせいだな」

 「なるほど、佐和ちゃんなら余裕で全国行っちゃうと」

 「あぁ」

 うわ、冗談で聞いたのに自信満々で頷きやがったこの人。

 …でもまぁ、佐和ちゃんなら本当に行きそうだ。

 丘城の戦力は確かに三強に匹敵するだけの力はる。

 他県から優れた選手を集め、斎京学館に負けず劣らずの優れた設備を持ち合わせている。

 これだけ良い材料が揃ってるのに、全国にいけないってのは、やっぱり監督に問題があるんだろうなぁ。


 「さて、決めさせてもらうか」

 佐和ちゃんがサインを送る。

 サインは盗塁。

 恭平は盗塁のサインをしっかりと覚えていたようだ。良かった。忘れてなくて。


 二番耕平君への初球、恭平が盗塁を成功させ、早速二塁に進むと、続いて耕平君が送りバントを成功させた。

 一二番が見事に機能して、ワンアウト三塁のビッグチャンスを迎えた。

 そして迎えるは三番龍ヶ崎。


 相手ベンチがタイムを取り、マウンドに内野手が集まる。

 一方龍ヶ崎は、ベンチに呼び寄せられ佐和ちゃんと話す。


 「龍ヶ崎、お前が同点にしてこい」

 佐和ちゃんは一言、やってきた龍ヶ崎にそう声をかけた。

 言われた龍ヶ崎は、まるでそんな事言われるとは思わなかったと言わんばかりの呆気に取られた表情。


 「四番の大輔に任せるとか、そういう甘い考えを持つな。三年間俺の下で野球をやったんだ。お前なら打てる。だから、お前が決めてこい!」

 「…はい!」

 龍ヶ崎が力強く返事を返した。

 前の打席で送りバントさせられて傷ついた龍ヶ崎のプライドも、これでだいぶ癒されただろう。佐和ちゃんのやつ、人心掌握も上手いな。


 「達也君! ファイト!」

 「あぁ」

 さらに岡倉に声援を送られて龍ヶ崎のテンションは最高潮だろう。

 決めてくれよ龍ヶ崎。俺もいい加減ビハインドの中で投げるのは呆れてきたしな。



 ワンアウト三塁。同点のチャンスの場面で、三番龍ヶ崎が打席へとはいる。

 相手の守備に目立った動きはない。ここは勝負を選んできたか。

 そら龍ヶ崎を歩かせる理由はないだろう。次は四番の大輔だ。大輔よりも龍ヶ崎のほうが抑えやすいと考えるのも妥当。

 なにより前進守備をしていないという事は、最悪失点は覚悟の上か。失点よりも目先のアウトを優先したという事か。


 初球、龍ヶ崎は見逃してワンストライク。

 ベンチから見ていても龍ヶ崎が集中しているのは目に見えた。

 監督から期待され、好きな子からも声援を送られた。ここで決めないと男じゃないぞ龍ヶ崎。


 二球目、今度のボールを打ちに行くも、打球はファールゾーンへと転がっていく。

 マウンド上の吉兼はすでに肩で呼吸をし始めた。それでも全力投球はやめないらしい。

 全力投球が自身の信条と言わんばかりのピッチング。


 そして三球目、龍ヶ崎がボールを捉えた。

 鈍い音が響いた。

 あいつ、詰まらせたか!?


 だが打球はセンターまで飛ぶフライとなった。

 詰まってもバットを振り切れば打球が伸びる。昨日佐和ちゃんの言っていたことを、龍ヶ崎はここで実践してみせた。

 打球はセンター伊良部の守備範囲。

 三塁ランナーの恭平はタッチアップ体勢。


 球場に緊張が走る。

 一瞬、静まり返る中、伊良部が落ちてくる打球をキャッチした。


 「ゴォ!」

 サードコーチャー片井の声が、グラウンドに響いた。

 恭平はホームへと走り出す。


 伊良部が助走をつけてホームへと投げ返す。


 「うおっ…」

 驚嘆の声が口からこぼれた。

 伊良部の肩から放たれたボールは、レーザービームと形容しても良いぐらい、低く速い返球となり、ホームベース付近で守るキャッチャーのミットにノーバウンドで収まった。

 同時にホームに滑り込む恭平。それをタッチするキャッチャー。


 クロスプレイ。

 スタンド、ベンチ、グラウンド、球場に沈黙と緊張が走る。

 その中で球審は、少しの間を置いて…。


 「アウトぉ!」

 ここぞとばかりに力強く右手を天へと突き上げた。

 同時に歓声をあげる三塁側、丘城高校応援団と、落胆の声をあげる一塁側、山田高校応援団。


 「マジか…」

 隣で応援していた誉がため息混じりに呟いた。

 まさかのホームタッチアウトでスリーアウト。

 三塁側応援団からの大歓声に、右手をあげて応えている伊良部を俺は見る。


 「…どうすんだよこれ…」

 中村っちがそんな事呟いた。

 今のプレーで、間違いなくこっちに来ていた勢いは、相手に奪い返された。

 ベンチに嫌な空気が流れる。お前ら、ワンプレーでテンション落としすぎだろうに。

 打球を打った本人の龍ヶ崎と、タッチアウトされた本人の恭平が気まずそうにベンチに戻ってくる。


 「…でも、達也君は外野まで運んだんだし、打てないわけじゃないし、まだまだ行けるよ!」

 そんな中で岡倉の明るい声がベンチに響いた。

 おっしゃる通りだ岡倉。珍しく良い事言ったな。


 「達也君どんまい! 恭平君もどんまい!」

 そして岡倉は戻ってきた二人を明るく迎え入れる。


 「岡倉の言う通りだ。アウトにはなったが、相手ピッチャー攻略の糸口は見えた! 気持ちを切り替えて守りに入れ!」

 佐和ちゃんも明るい声で選手達に告げる。

 それを聞いて俺達は一度顔を見合わせてから、明るい声で返事を返してベンチから飛び出した。


 「おっしゃあ! 俺のビッグプレーで千春ちゃんをメロメロにさせてやるぜぇ!」

 空元気な恭平の声がグラウンドに響く。

 その声に苦笑いを浮かべる選手達。だが、恭平のおかげで嫌な空気は消え失せた。


 大丈夫、チームの雰囲気は悪くない。

 まだ負けているが、あと三回も攻撃がある。

 吉兼の様子を見る限り、あと三回投げきるスタミナは無いだろう。

 ならば、十分攻略できる。

 だから、俺が抑えればいい。


 「七回も任せたぞ英雄! いやお義兄さん!」

 「うるせぇ! あとで覚えてろ恭平!」

 恭平の調子に乗った発言に笑って文句を言いつつも、俺は七回のマウンドに上がった。

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