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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
162/324

161話

 七回の表、丘城高校の攻撃。

 この回の先頭バッターは、四番伊良部。

 今日三度目の伊良部との対決。


 「…やっぱり違うな」

 初回、ホームランを打たれた時に見た伊良部と、まったく雰囲気が違う。

 なんていうか、全然威圧感がないし、どこにでもいるような普通のバッターに見える。


 初球、二球目とストレートで空振りを奪い、一球ボールを入れたあと、四球目のチェンジアップでタイミングを外して空振りを奪う。

 うーん、やはりスイングすらも違う。まったく迫力がない。

 本当、なんなんだこいつ? なんでチャンスの時だけ、あんなに集中できるんだ?


 考えれば考えるほどに良く分からんバッターだ。

 まぁなんにせよ、チャンスじゃなきゃ無害でしかないし、あまり気にかける必要もないか。



 この後、五番バッターをフォアボールで出塁させてしまった。


 ≪六番ピッチャー吉兼君。ピッチャー吉兼君≫

 右打席に入るのはピッチャーの吉兼。

 うわ、顔がめっちゃ汗だくやんけ。肩も大きく上下に揺れてるし、どんだけ疲れてんだお前。

 それにしても、この状況になっても代打出さずに打席に立たせるとか、相手の監督は鬼か。

 …いや、吉兼が最後の頼みの綱とも言えるのか。相手監督も今頃、四回で斯波を下ろした事を後悔していることだろう。


 「はぁ」

 ため息をついた。一度気持ちを落ち着かせ、精神を統一する。

 初球はインコースへのカットボール。俺もだいぶ疲れてきているというのに、こんな強気のリードをするとか、哲也め、鬼かこの野郎。

 まぁいいさ。これを決めてこその怪物というもの。疲れた程度で指先の感覚が鈍重になって堪るものか。


 クイックモーションから左腕を振るう。

 吉兼ほどではないが、それでも鋭く変化するカットボール。

 これを吉兼は手を出した。


 打球は俺の正面。


 「オッケー!」

 一つ声を上げてから、打球を捕球すると素早く体勢を反転させ二塁へと向いた。


 「来い!」

 恭平の声を耳にしながら、左腕を振るって二塁へと投じた。

 ショート恭平が二塁に入り、受け取るとすぐさまファーストに転送した。ファーストの秀平も足を必死に伸ばしてキャッチ。


 「アウト!」

 一塁、二塁の審判が両方とも右手を挙げてアウト宣告。

 ゲッツーでチェンジ。この回もなんとか無失点で切り抜けた。



 「おい英雄大丈夫か? 顔が汗ビッショリだぞ?」

 ベンチに戻る最中、誉が聞いてくる。


 「暑いし、いい加減ビハインドで投げてるのも精神的に辛い」

 「なるほど、大変だな!」

 何故か笑顔の誉。


 「なに他人事で言ってんだよ。お前もいい加減ヒットを打ってチームに貢献してくれ」

 誉は入部してからも依然ヒットを打っていない。

 最後の大会なんだし、ここらでヒット一つ打ってもらいたいのだが。


 「あはは! 俺は打撃より守備で貢献するタイプだからな!」

 笑いながらも、視線を逸らす誉。

 …まぁいい。誉の守備は何度も助けてもらってるしな。


 「まぁ無理はすんなよ!」

 「おう」

 誉に背中を叩かれた。

 分かってる。斎京学館を前に無理はしたくない。



 「前の回は無得点で終わったが、吉兼も疲れてきている。攻めるなら今だ」

 円陣の中で、佐和ちゃんの言葉に全員が返事をする。


 「ここで打てなきゃ負ける」

 さらに佐和ちゃんは真剣な顔を浮かべて言葉を続ける。

 この言葉はおそらく本当だろう。この回は四番の大輔から始まるし、むしろここで点が入らなかったらまずい。


 「大輔、英雄。お前ら二人で点を取る気持ちで行け」

 「はい!」「うっす」

 俺と大輔が指名された。

 クリーンナップの辛いところだ。だが期待されるのは悪くない。


 七回の裏、勝負のイニングに入る。



 まずは四番の大輔。

 右打席に入りバットを構える大輔に、応援団がここぞとばかりに応援歌を響かせる。


 「どかんと一発! 大輔! 行ってみようよ! お前が打たなきゃ誰が打つ!」

 軽快なブラスバンドの演奏に、応援団が声を揃えて応援歌を叫び、球場を盛り上がる。

 ファールゾーンが広い丘城スタジアムのネクストバッターサークルからだと、十分一塁側スタンドの様子を伺えた。

 スタンドではチアガールが一糸乱れぬ動きで踊っている。確か百合はチアガールだったか。

 …うん、なんだろう。鵡川のチアガール姿を見たくなった。



 マウンド上にはこの回も吉兼。

 疲れが見え見えだが、投じるボールには力がこもっている。

 ヘロヘロでも気持ちは負けないと言わんばかりに、腕を思いっきり振るいボールを投じる。

 だが、ボールは思うようにストライクゾーンに決まらない。


 三球続けてボールゾーンに決まった後の四球目。

 大輔のスイングがボールを捉えた。

 人を殺せるレベルの強烈なライナーが、三塁側のファールゾーンのフェンスに直撃した。

 鈍い音がグラウンドに轟き、そばにいた相手校の生徒から驚きの声があがった。

 マウンド上の吉兼は呆気に取られている。あんなスイングをする高校生がいるとは思わなかっただろう。正直俺も奴と出会うまでは思ってもいなかった。

 今の大輔の一撃で、今の吉兼を唯一支えていた何かが折れたのように、俺には見えた。


 五球目、大きく高めに外れるボール球。

 これで大輔はフォアボールで出塁した。バットをこちらに転がしてきた大輔は、俺を見ながら右手の拳を向けた。

 まるで任せたと言わんばかりの行動。


 「あぁ…」

 一言呟いて、大輔と同じように右こぶしを彼へと向けた。

 それを見て、彼は小さく微笑んだ。


 ≪五番ピッチャー佐倉君。ピッチャー佐倉君≫

 場内アナウンスが俺の名前を呼ぶ。


 「英雄ぉ! 決めろぉ!」

 「英ちゃんファイトー!」

 「佐倉ぁ! 頼むぞぉ!」

 スタンド、ベンチからは俺の名前を叫び応援する声。

 めっちゃ期待されちゃってるし、平々凡々な当たりはしたくないなぁ。


 「しゃあす」

 俺は挨拶をして打席に入る。

 マウンド上の吉兼を見る。凄い汗の量だ。


 スタンドからは俺の応援歌サウスポーが流れ始めた。


 ホームベースを数度バットの先で小突き、ゆっくりとバットを構える。

 まだスイングすらしていないのに、俺の心臓は早い鼓動で動いていた。

 緊張からなのか、それとも興奮からなのか、それは分からない。


 マウンドの吉兼の表情を伺う。

 汗でびっしょりだが、気迫のこもった表情だ。

 まだ心は折れていないのか。てっきり大輔のさっきの一発で心をおられたと思ったんだがな。


 初球、インコースへ力のこもったストレートが決められた。


 わお、良いボールだ。

 疲れていても、インコースにこのボールを決めるとは。

 やっぱりエースナンバーをつける斯波よりも、技術、精神力ともに上回っている。

 

 …だが、もうお疲れだろう。必ず失投は来る。それを打てばいい。

 リップを握り締める。高めに、甘いコースに来たら振り抜く。


 二球目は高めに大きく外れるボール球。

 腕を振り抜いた状態で肩で呼吸する吉兼。

 袖口で流れる汗を拭き、返球を受け取ると脱帽して額の汗を拭っている。

 すでに疲れの限界のようだ。

 よくまぁ、その状態で投げれるな。俺なら…。


 ………。


 …いや、俺もあの状態になっても投げてるか。



 三球目もアウトコースに外れるボール球。

 すでにボールのコントロールも上手くできなくなったか。

 なによりストレートがシュート回転気味になっている。とにかく腕を思いっきり振ってるせいだろう。フォームも崩れてきている。それでも全力投球はやめないらしい。

 そんだけ全力投球を自分の信条にしているのだろう。

 凄くピッチャーとしては効率悪い考えだが、嫌いじゃない。気に入ったぜ吉兼。お前は俺の手で仕留める。



 四球目。

 吉兼がクイックモーションからボールを放った。


 …甘い!

 彼の右腕から放たれたのは高めのコース。失投だ。

 

 右足を前にステップする。

 軸足の回転と腰の回転。それによって生じるパワーをボールにこめるように、力いっぱいバットを振り抜いた。

 心地よい感触を手の中に残しながら、金属バットの快音を響かせた。


 腕には確かな感触が残った。

 バットをしっかりと振り切り、打球へと視線を移動させる。

 打球はいい角度で上がり、右中間へと向かう。

 打球の行方を目で追いながら走る。


 この手の感触、打球の角度。…これは行ける。


 大歓声に染まる球場。

 その中で、打球は綺麗な放物線を描き、右中間のスタンドへと飛び込んだ。


 逆転のツーランホームラン。

 先程まで起きていた大歓声よりも、さらに大きな歓声がスタンドに沸き起こった。

 地鳴りのような歓喜の声がスタンドから、グラウンドへと響き渡る。

 その中で、俺は小さくガッツポーズをしてみせた。


 マウンド上で呆然と立つ吉兼。最後のボール。あれはただのシュート回転した失投。あれなら大輔よりもパワーがない俺でも飛ばせる。


 「まだまだだな」

 ボソリと呟いた。

 吉兼は良い素材ではあったが、まだ足りない。

 全力投球は確かにイカした信条だが、全力投球だけしていても、エースにはなれない。

 だが彼は二年生だし、これから一年間、しっかりとペース配分というものを学んで欲しいものだ。


 一塁、二塁、三塁とベースを踏み、最後にホームベースを踏みしめた。


 「ナイスバッチ英雄!」

 「おぉ! お前のほうこそナイスセン!」

 大輔と拳をぶつけあった。


 「中村っち、頼むぜ」

 「おぅ! お前らに続いてやる!」

 そして次のバッターである中村っちに託し、俺と大輔はベンチへと走ってもどる。



 「よくやった英雄! 大輔もよく選んだ!」

 佐和ちゃんが拍手しながら俺たちを迎え入れる。

 我ながら完璧な一撃だった。やっぱり野球は打つのも楽しいな。


 ≪丘城高校、守備の交代をお知らせします。ピッチャーの吉兼君がレフトに入り、レフトの蔦谷(つたや)君がピッチャーに入ります…≫

 アナウンスが流れる。

 そのアナウンスに佐和ちゃんは嬉しそうに笑った。


 「こりゃあ勝ったな」

 自信に満ち溢れた佐和ちゃんの声。

 仰るとおりです監督。我々の勝利ですわ、これ。

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