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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
151/324

150話

 ≪四番レフト三村大輔君。レフト三村大輔君≫

 場内アナウンスが俺の名前を告げた。

 そのアナウンスを耳にしながら、マウンド上のピッチャーを一度睨みつけた。


 加瀬久遠。英雄の中学時代の野球仲間。

 中学時代は外野を守っていたそうだ。


 「お願いします」

 だが俺には関係のない話だ。相手がいつからピッチャーを始めていようが、中学時代はどんな奴だったとか、そして今どんな奴なのかも。

 俺にはどうでもいい。俺が今やることは、こいつからヒットを打って得点をあげること。


 球審とキャッチャーに向けて挨拶をして打席へと入った俺は、一度右打席の足場を固めた。

 その間、左手のひらをピッチャーへと向けて待てと言うジェスチャーをしながら、入念に足場を固める。


 ノーアウト満塁。二回戦の城東高校の時と同じ展開だ。


 「ふぅ~…」

 息を吐きながらヘルメットのつばを右手でつまみ、左手で握るバットの先をピッチャーへと向ける。

 城東戦の時の満塁ホームランは意識しなくていい。芯で捉えれば、ボールは飛んでいく。


 ここは長打を狙う場面じゃない。とにかく前に打球を飛ばす。

 一番最悪な当たりは内野フライ、あるいは内野へのライナー。ボールを叩きつけるイメージで打つ。

 最低でも4-6-3の併殺打の間に、三塁ランナーをホームインさせればいい。

 英雄は春の中国大会を制しているし、相手打線の火力はない。1点でも取れば十分勝てる相手だ。

 ホームランで4点挙げようが、併殺打で1点挙げようが、点が入ればこっちの勝ちだ。


 チャンステーマの応援歌夏祭りが、山田高校応援団が陣取る三塁側スタンドから高らかに演奏される。

 あのスタンドには里奈がいる。彼女も俺の打席を期待して見ている。だから打つ。

 ここで点一つあげられない情けない姿を彼女には見せたくない。



 初球、インコースへのストレートが投じられた。

 これを見逃してワンストライク。配球が変わってるな。

 本来、龍獄のバッテリーは右打者に対してアウトコース低めのストレートを主体に、スライダーと組み立てるリードだったはずだ。

 それがインコースへのストレートから始まってる。チャンスだから組み立てを変えてきたのか? それとも打たれたから組み立てを変えたのか? どちらにしろ、俺は来た球を弾き返すのみだ。


 二球目、外に逃げるスライダー。

 わずかにコースが甘い。瞬時に体は反応し、そのボールを打ち抜いた。

 快音と共に、歓声が沸き起こった。


 打球は、ライトポールの右に大きく逸れていくファール。

 タイミングがわずかにズレたか? なんにしても、次ストライクが入れば、それを叩けば良い。

 ストレートとスライダー。どちらも十分対応できる。


 三球目は、アウトコース低めへのストレート。これを見送る。球審からはボールの判定がなされた。

 俺はそれを聞いてから、一度構えを解いて、肩の力を抜いた。

 これでカウントはワンボールツーストライク。追い込まれてはいるが、追い込まれている気分は全然しない。


 次で四球目。

 ピンチの場面では、縦に落ちるスライダーを投げてくると佐和先生は言っていたな。

 投げるならこの場面か? 俺はバットのグリップを先ほどよりも若干強めに握り締める。

 だが決めつけるのはよくない。一応頭の片隅にはストレートとスライダーも入れておいて、ボールを待ち望む。


 ジッとマウンドに居るピッチャーを睨みつける。

 ランナー満塁、この場面でピッチャーはノーワインドアップモーションから四球目を放った。



 …インコース高めへのストレート。

 意識が判断するよりも体が先に判断をし、自然とバッティングフォームは始動する。

 何千、何万、何十万とこなしてきたスイングは、脳がイメージしなくとも、自然と最善のスイングでボールを迎え撃つ。


 行ける!!

 そう思った瞬間、ボールはそのまま落ちた。


 バットは空を切り裂いた。

 振り終えた状態で俺は呆気に取られた。


 「ストライィィィク! バッターアウト!」

 球審の声が耳に入る。


 「…なに?」

 なんだ今のボールは…。

 ストレートと同じ球筋から落ちるボール。今のが縦のスライダーか?

 なんつう切れの良さだ。手元で綺麗に落ちたぞ? 前にも縦のスライダーは見たが、ここまで鋭く無かった。

 あのピッチャー、本当に高校からピッチング始めたのか? あんなスライダー初めてだ。クソ、完敗だ。



 「大輔、どうだった?」

 ベンチに戻る途中、続く五番バッターの英雄が聞いてきた。

 俺は少し悩み答えた。


 「ストレートと決め付けるなよ」

 そう一言、俺は英雄に言い放ち、ベンチへと戻った。



 ストレートと決め付けるなよ。

 打席へと向かう道中、大輔が言った一言を俺は思い浮かべる。

 ワンアウト満塁。あの大輔が三振に打ち取られて、五番の俺、佐倉英雄が左打席へと入っている。


 「ストライィィク!」

 球審の右手が挙がる。思わず俺は舌打ちをしてしまった。

 現状カウントはノーボールツーストライク。

 二球とも、コーナーいっぱいに決まる良いストレートだった。

 久遠の野郎、十分ピッチャーやってるじゃねぇか。


 「おもしれぇ」

 ポツリとつぶやき、バットを構え直す。

 ワンマンチームの投打の柱様ってのはこれぐらいじゃないとやってけねぇ。今の久遠は十分投打の柱をやっている。



 三球目。

 久遠の右腕から放たれたのは、インコースへのストレート。

 コースが甘い! 所詮は高校から始めたピッチング。もらった!


 右足を前へと踏み出し、腰を力強く回転させる。

 両手で握り締めたバットでボールを打ち抜く。

 瞬間、ボールは下へと鋭く落ちた。


 「はぁ!?」

 バットを振り終えた俺は、情けない声をあげていた。

 今のなんだ!? 縦のスライダーか!?

 嘘やんけ。俺も空振り三振だと…。


 ストレートと決め付けるなよ。


 大輔の言葉を思い出した。

 なるほど、そういう事か。百聞は一見にしかず。今の一球で、大輔の言葉の意味をよく理解したよ。


 一度ため息をついて打席から外れながら、マウンド上の久遠を見る。

 グラブで口元を隠しているが、グラブの向こうであのウザったい笑みを浮かべているのは容易に想像できた。

 クソ、久遠から三振を取られるとはな。素直に悔しいが、同時に中学の野球仲間が成長している事を感じて嬉しくもなった。


 「どうだ英雄?」

 ベンチに戻るなり、佐和ちゃんが聞いてくる。

 俺はバットとヘルメットを置いてから答えた。


 「ストレートだと思ったら、手元で鋭く落ちていきましたよ。中々良いボール持ってますぜ、あのエース」

 見て感じたことをそのまま佐和ちゃんに伝える。

 俺が今まで見てきた縦のスライダーの中でもトップクラス。切れの良さなら間違いなく一番だ。


 縦のスライダーは、切れが良く、空振りも取れるボールとして、最近では縦のスライダーを決め球として使うピッチャーも少なくない。

 軌道はフォークボールに似ていて、ストレートの軌道からスルッと沈むイメージで曲がる。


 「大輔と英雄を三振に打ち取る変化球か…これは中々厳しい戦いになりそうだな」

 佐和ちゃんが腕を組みながら呟く。


 「とにかく、俺が打たれなきゃ勝てますよ。安心してください」

 「そうだな。頼むぞ英雄」

 「はい!」

 佐和ちゃんが笑顔を浮かべる。俺も不敵に笑った。


 「あっ…」

 ここでふと気づき、俺はベンチ裏に入る。

 そこにはベンチ入り選手18名のエナメルバッグが並んでいる。

 ここから俺のバッグを見つけ、中から一つのお守り取り出した。


 鵡川からもらったお手製のお守りだ。

 別に百合や美咲ちゃんからのお守りでも良いのだが、鵡川は俺にとっての勝利の女神だ。主に定期テストで。

 なので、ここでも彼女にげんを担ぐとしよう。

 ユニフォームの尻部分にある左ポケットに、鵡川からもらったお守りを忍ばせて、俺はベンチへと戻った。


 俺がベンチに戻ると、ちょうど六番中村っちが三度目の空振りに倒れたところだった。

 まさかの無得点で山田高校初回の攻撃を終える。

 三者連続ヒットの後、三者連続三振という屈辱的な抑えられ方だ。

 無死満塁のピンチから0点で切り抜けた龍獄高校。間違いなく勢いはあっちにあるだろう。試合の流れもあっちに掴まれないよう、この裏、しっかりと抑えなければな。



 一回の裏、龍獄の攻撃。

 俺は投球練習を終え、哲也のセカンドへのスローイングを見てから、軽くロージンバックに指先を触れ、プレートを踏み、打席へと向き合った。


 ≪一回の裏、龍獄高校の攻撃は、一番ショート成田君。ショート成田君≫

 「しゃぁす!!」

 右打席へと入る一番バッター。

 すげぇイケイケな感じのバッターだ。

 こういうバッターには、甘いコースは投げてはいけない。積極的に打たれそうだ。


 初球はインコース低めへのストレート。

 俺は頷き、大きく振りかぶり、そして放った。


 乾いたミットの音が轟く。バックネット裏のスタンドからは「おぉ!」という歓声がもれた。


 「……」

 さっきまでイケイケムードを出していた一番バッターの顔は呆気に取られ、こちらを見てくる表情は恐怖に包まれていた。

 今のボールで飲まれるのか。正直、高めに浮いていたから打たれるかもと思ったんだがな。

 だが所詮はチーム打率1割の打線か。この程度のレベルのチームに打たれてたまるかよ。


 二球目、三球目とストレートを投じる。

 哲也のミットは続けざまに二度唸った。

 三球三振。唖然とした表情を浮かべたまま、一番バッターから二番バッターへと打席が移る。


 二番も同様。初球のストレートで飲み込まれ、続く二球目で空振り。

 そして三球目、スライダーを空振らせて三振。

 つまらん。ここ最近、レベルの高い学校とばかり試合してきたせいか、龍獄の打線がつまらなく感じる。


 クリーンナップである三番バッターが打席に入るが変わらない。

 乾いたミットの音は三度続けて球場に木霊し、三球三振で簡単に打ち取った。


 わずか9球で三者連続三振に仕留めてマウンドを降りる。

 ため息を吐いて、ベンチへと走る。

 つまらん。よくベスト16まで進んでこれたな龍獄。


 三者連続三振にはしたが、ボールの状態はイマイチだ。

 哲也の構えているところよりも、明らか高めに浮いている。

 それでも城東戦のときに比べれば、だいぶストライクゾーンに集まっているかな?

 まぁ、調子が悪くてもあの打線なら打たれることはないだろう。


 「英雄! やりすぎだ! 俺のところにも打球飛ばせよ!」

 ベンチに戻る道中、恭平が近付いてきた。

 冗談まじりの恭平の発言に俺は笑った。


 「それは俺じゃなくて龍獄打線に言ってくれ」

 あいつら、打たなすぎなんだよ。


 空を見上げる。雲がどんよりかかっていて、夏の青空が恋しくなった。

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