151話
二回の表、秀平はセカンドゴロ、哲也はピッチャーゴロ、石村はショートフライと、三者凡退で終わる。
その裏の龍獄、バッターは四番の久遠から始まる。
中学時代は、まったく打てなかった久遠。
あいつが今じゃ、龍獄高校の四番バッターなんだからなぁ。時代の流れを感じるぜ。
「お願いします!」
礼儀正しく久遠は一礼してから、右打席へと入った。
足場を固めてからゆっくりとバットの先をこちらへと向けた。
「来い!!」
バットを俺へと向けながら、声を張り上げる久遠。
中学時代は口数の少なかった久遠が、俺に対して威嚇するとはな。
「おもしれぇ」
真剣な顔を浮かべ、殺意のこもった眼光で俺を睨むつける久遠を見て、俺の闘争心がたぎった。
中学の頃、どんなバッターだったかなんて今は関係ない。相手は龍獄高校の投打の柱であり、打率6割を越すバッター。
やっと、楽しめそうなバッターが出てきたな。
哲也のサインは、インコース高めへのストレート。
俺はゆっくりと頷いた。
大きく振りかぶる。
ここからの一連の動作は、鏡の前で何度も何度もこなしてきた。そりゃもう見飽きるぐらい見続けてきた。
だからこそ、鏡の前じゃなくて容易にイメージできる。完璧なフォームを頭の思い浮かべられる。同時にそれに重ならせるように、体を動かしていく。
あとは左腕を振るうのみ…!
力強く腕を振るい、ボールを投擲する。
0コンマの世界。
わずか一瞬にして、哲也のミットにボールが収まった。
打席上の久遠はバットすら動かせず見逃した。
「ストライィィク!!」
球審がここぞとばかりに右手を挙げる。
それを見て、俺はゆっくりと緊張を解いた。
まずは一球決めた。
久遠の様子を確認する。
初回の三人とは違い、まだ戦意は削がれていないようだ。
よしよし、それでいい。そうじゃなきゃこっちが困る。
だいたい、ワンマンチームのワンマンがこの程度で戦意を削がれていたら、それこそつまらん。
二球目のサインはスライダー。
俺は頷き、ひと呼吸間を置いてから、投球動作へと移る。
今度はスライダーを投じる。
ボールからストライクへと変化していくボール。それを久遠は打ちに来るが空振りに終わった。
久遠の縦のスライダーのような落差は無いが、切れの良さなら負けるつもりはない。こちとら昔からスライダー武器にしてピッチャーやってんだよ。年期が違うぜ。
哲也からの返球を受け取り、一度帽子を脱いで汗を拭った。
「クソあちぃ」
空は曇天の雲がかかっているが、体にまとわりつくようなジメジメした暑さがある。
一番嫌いな暑さだ。もっとこう、カラッとして欲しい。
だがそんな感情も、帽子をかぶり直した所で、一気に消え失せた。
現状不必要な情報だ。今必要なのは哲也のサインとミットの位置だけ。バッターが久遠だとか、調子が不調だとか、試合前の久遠との賭けだとか、そんなのは一切不必要な情報だ。
こいつをねじ伏せる。それだけで十分だ。
三球目、インコース低めへのストレート。
俺は頷き、息を大きく吐いた。
大きく腕を振り上げ、一連の投球モーション後、左腕を振り下ろした。
放たれるストレート。
そのストレートに、バッターは何をすることもなく、ただただバットを構えたまま見送った。
「ストライク!! バッターアウトォ!」
球審の右手が挙がる。大歓声と大喝采がスタンドから起きた。
俺は息を吐いて、哲也の返球を受け取る。
バッターは悔しそうに俺の顔を睨みながら、ベンチへと戻っていく。
打率6割と言っても所詮この程度か。四番の実力も分かったし、あとは淡々と抑えていくか。
佐倉に三振に打ち取られた俺は、唇を噛み締めながらベンチへと戻る。
悔しい。手も足も出ず三振に打ち取られたのが、ただただ悔しい。
「どんまい久遠!」
ベンチに戻ってきた俺に、キャプテンの石山が励ましてきた。
その言葉を聞いてギロッと睨みつけた。
「黙れ」
一言彼に言って、俺はベンチにどかっと座った。
ベンチが静まり返る。俺は舌打ちをしていた。
最後の佐倉の表情。
まるで俺を敵だとすら思っていない表情。
ただ単に打席に入ってきたから抑えた。そう言わんばかりの淡々とした表情。
「クソッ!」
口から恨み言がこぼれた。
すぐさま幼稚な一言だと気づき、ハッとなった。
ベンチを見渡す。選手たちがこちらを気まずそうに見ている。
…違う。佐倉は中学時代、こんな言葉を一度もベンチでは漏らしていなかった。
これは違う。
「…悪い」
一つ頭を下げた。
佐倉に完膚なきままに抑えられて、我を忘れて怒ってしまった。
この場面、俺が怒るべきではなかった。
佐倉なら、きっと怒らず「打てなかったわー相手ピッチャーやるなぁ」なんて笑い飛ばしていたはずだ。
「久遠は悪くねぇよ。むしろ俺たちが頑張ねぇと!」
「そうだな! 久遠が楽に投げれるよう頑張らないとな!」
石山が声を上げると、それにつられて選手たちが口々に声をあげた。
高校入学時の頃と比べて彼らは変わった。そう俺はこの場で思った。
龍獄高校は対して運動部が盛んではない。
10数年前までは女子高だったし、現在でも文化部や女子の運動部が強い学校で、男子の部活動は目立った結果を残していない。
野球部も例外ではない。数年前に結成された野球部だが、今まで公式戦での勝利は一度としてなく、部員数は毎年9人揃うかどうか怪しいぐらいに少なく、俺が入学した時も野球部は8人しかいなかった。
この学校に進学した理由は一つ、片思いの相手、山口沙希が進学すると噂で聞いたからだ。
結局のところ、彼女は龍獄には進学せず、山田高校のほうに進学したがな。
一年目の夏から俺はスタメンになった。
だが一回戦で対して強くもない学校に大差で敗れて、野球部の弱さを目の当たりにした俺は、このチームを強くしようと決意した。
俺の知るチームを強くするやり方はひとつしかなかった。
中学時代、あれほど嫌っていた佐倉を真似る事だった。
今までやったことのないピッチャーにもなった。今までのバッティングでは無理だと打撃改造にも挑戦した。
一年生の夏から始め、二年の歳月をかけて、やっとここまで来た。
一回戦、県大会出場校の丸島商業を破って、野球部創部初の公式戦勝利を果たした。そして二回戦、こちらも県大会出場の明星学院をまたしても破った。
公式戦初勝利から初のベスト16にも進んだ。
俺のやり方は…いや、佐倉のやり方は間違っていなかった。
そして俺は今、佐倉を相手にしている。
マウンド上の佐倉は、どこかつまらなさそうに投げている。
中国大会優勝ピッチャーのお前からしたら、俺達は歯応えのない相手に見えるだろう。
勝手に思ってろ。今にお前のその伸びすぎた鼻をへし折ってやる。
「久遠! 勝とうぜ!」
「…あぁ!」
石山の言葉に俺は笑みを浮かべながら頷いた。
勝つ。相手が中国大会優勝チームだとか知らん。俺は、俺のやってきたこのやり方が正しいと証明する。そして勝って…山口さんを俺のものにする!
佐倉はこの回も三者凡退でマウンドを降りた。
入れ替わる形で俺はマウンドへと走る。
今日の調子は悪くない。山田高校の打線もしっかりと抑えられている。
「…行ける」
これなら、中国大会優勝校とも対等に戦える。
山口さんを俺のものにできる。佐倉にも十分投げ勝てる!




