152話
五回の裏、龍獄の攻撃。ツーアウトランナー無しで、バッターは六番レフト武藤。
すでに追い込んでいる。最後はカットボール。
これを打ちに来る武藤。だが詰まらせた。
打球はピッチャー俺への正面。これを冷静に処理してファーストへと投げた。ファーストの秀平は危なげもなくキャッチしスリーアウト。
この回も龍獄高校はノーヒットで終わる。
「ありえねぇ」
いくらなんでも打たなすぎだろ龍獄打線。
俺不調なんだよ? 絶好調じゃないんだよ? なんでノーヒットなんだよ。しかもここまで奪った三振は14。いくらなんでもペース良すぎだ。このペースなら、今日は20個以上三振を奪えるぞ。
こう打線が打たないと気が抜けてしまいそうだ。まぁ同点だから、ある程度気を張り詰められるけどな。
ベンチ前で、一度電光掲示板へと視線を向けた。
電光掲示板のスコアには0が綺麗に刻まれていく。現在、0対0で同点となっている。
どちらも相手ピッチャーから得点を挙げられていない。
「まさかこんな状況になるとはな」
攻撃の前の円陣で、佐和ちゃんが呟いた。
本当だよ。まさかこんな状況になるとは思いませんでしたわ。
我が打線は、初回の3安打以降、いまだにヒットを打っていないのだ。
大輔にいたっては、二打席目は見送り三振で倒れている。
久遠は予想以上の好投手だったようだ。少々甘く見すぎていたようだ。
「…さて三回り目突入だが、大輔どうだ? いけそうか?」
佐和ちゃんが大輔に聞いた。
選手たちの視線が大輔に集まった。
「前の打席で打つイメージは出来上がってます。次の打席は絶対に打ちます」
大輔の自信のこもった一言。
この一言を聞いただけで選手達が安心してしまう。それぐらい大輔の信頼度は高いんだ。
「よしっ! ならば大輔の前にランナーを溜めろ! あとは大輔が決める! いいな!」
「はい!」
力強く返事をする一同。
「大輔、二打席も三振をくれてやったんだ。しっかりとその分の借りは返せよ」
「はい」
ぱっと見冷静に見える大輔だが、その節々からは自信や力強さが感じられる。
次の打席の大輔には期待できそうだな。
「おいおい! 大輔に決める前に俺が決めてやらぁ! 俺様のホームランを見とけぇ!」
などと意気込みながら打席へと向かう恭平。
おっ! あれなら…
「ストライーク! バッターアウトォ!」
っと思ったら、あっという間に三球三振に終わった。
「…すまん」
落ち込み気味に戻ってくる恭平。
なんだろう。しょんぼりしている恭平、すげぇ面白い。
「恭平、涙拭けよ」
俺が一言声をかける。
「英雄…」
「英雄の言うとおりだ。落ち込むなよ恭平」
さらに大輔が、恭平を励ますように背中を叩いた。
「お前ら…ありがとな。やっぱり類は友を呼ぶって奴だな!」
人差し指で鼻の下をこすった恭平は、ニッと笑いながら一人で感激している。
お前、ここでそのことわざは誤用だぞ? ってか、お前と類にはなりたくはなかった。
まぁいい。恭平は打てなくても、いるだけでチームの雰囲気を良くしてくれる。もうあれだ空気清浄機レベルのムードメーカーっぷりだ。
それに大輔は前二打席の時と全然違う。緊張していないし、落ち着いている。きっと何かをしてくれるはずだ。
しかしランナーが出ない。続く耕平君も良い当たりを打つも、セカンド正面のライナーでアウトになってしまう。
龍獄高校、久遠の好投に目が行きがちだが、守備も固い。守備を熱心に鍛えてきたのが目に見えるぐらいだ。
ツーアウトでバッターは三番の龍ヶ崎を迎えた。
「達也君! 頑張れぇ!」
岡倉が今日一番の大声を張り上げた。
打席に向かう龍ヶ崎の肩がぴくりと反応した。
どうやら岡倉の応援が、彼の耳に届いたっぽい。好きな子に応援されたんだ。ここで決めなきゃ男じゃないぞ龍ヶ崎。
「龍ヶ崎! 頼むぞ!」
さらに俺もベンチから声援を送る。
龍ヶ崎の背中を見つめる。表情は確認できないが、心なしか、龍ヶ崎のこの打席に懸ける思いが感じられた気がした。
≪三番ライト龍ヶ崎君。ライト龍ヶ崎君≫
場内アナウンスが流れる中、龍ヶ崎が右打席でバットを構える。
初球はストレート、これを打ち返しライトへと弾き返すファールボール。
スイングはしっかりとしていた。緊張も焦燥も感じられない。
続く二球目もファール。
バットもしっかりと振り切れている。
三球目は見送ってボール。
ボールもしっかりと見れているようだ。
龍ヶ崎は落ち着いているようで一安心だ。
そして迎えた四球目。
投じられたのは、おそらくスライダー。
それを龍ヶ崎は打ち抜いた。打球はセカンド頭上を越すライト前へのヒット。
初回以来のヒットに、スタンドはドッと沸いた。
そして打者は四番の大輔。
その心強い背中に、俺達は熱いエールを送る。
背中からチームメイトの声援が聞こえる。
一礼しながら、右打席へと一歩、また一歩と入った。
龍ヶ崎が打ってくれたヒット。四番の俺が続かなきゃ、四番失格だ。
必ず打つ。三度目の勝負だ加瀬久遠。
マウンド上のピッチャーを睨みつけて、俺はバットを構える。
前の二打席で彼の投げるボールの球筋は、はっきりと確認している。視野も広い。体も緊張していない。打てない理由はもうない…!
初球のストレート。
来たっ! 踏み込み、全力でバットを振るった。
金属音が爆発したように轟いた。
打球は高々と上がる。レフトスタンドへと向かう打球は、やがて左へと逸れていき、まもなくポール左のファールゾーンのレフトスタンドに飛び込んだ。
タイミングは少し早かった。打ち急いでしまったか。
やばいな。少し肩に力が入っているのかも。
一度構えを解いて、大きく深呼吸を二度行い、肩の力を抜き、気持ちを落ち着かせる。
そうして再びバットを構えた。
続く二球目、外に逃げるスライダーを見送り、ボール。
うん、ボールは見れている。今の軌道もしっかりと見れていた。
三球目。またもスライダー。
それを俺は咄嗟に反応して打ち抜くも、打球は一塁ベース右2、3m離れた位置に転がっていくファールボールとなった。
今のは最悪なスイング。しっかりと振り切れなかったし、適当なスイングになっていた。
しかも追い込まれてしまった。
この打席、加瀬は間違いなく縦のスライダーを投げてくる。問題はいつ投げるか。次で決めてくるのか? それとも一球外すのか?
…考えるな。いつものように来た球を打ち抜けば良い。
無理に長打を狙うな。まずはヒット、英雄につなげれば良い。
自身に言い聞かせるように胸の内で呟いて、バット構える。
胸の鼓動が早まる。
あぁ、最高だ。
マウンド上の加瀬を見ながら、俺は気持ちの高ぶりを感じた。
俺が求めている張り詰めた空気。打てるか打てないか、まるで博打をしているかのようなハラハラドキドキ感。
この状態の空気は、なんとも言えない甘美なものだ。吸えば吸うほどに気持ちを高ぶらせる。
このピッチャーから打てれば、俺はまた一つ強くなれる。
運命の四球目、クイックモーションから放たれたのは…ストレート。
…違う。
試合の空気、流れ、バッテリーの思惑。
無意識に状況と照らし合わせて、ここで投げられたボールを判断する。
わずか一年半の野球経験だが、実の詰まった一年半だった。
その一年半で経験した試合の空気からして、投じられたボールは…
…縦のスライダー。
ストンと沈む球。
視界の隅に映った相手ピッチャーのウザい不敵な笑み。
あのウザい笑顔ごと、このボールを粉砕する!!
そんな気持ちで振りぬいた。
一瞬重みを両腕が感じたが、すぐさま気持ち良い衝撃を残し、ボールは爆ぜたように吹っ飛んだ。
金属の快音が鼓膜に反響する。その音が心地よくて、俺の気持ちは一瞬にして晴れた。
打球はレフトの頭上を越して、鈍い音を立ててレフトフェンスへと直撃した。
大歓声が球場に響く中、俺は一塁ベースを蹴飛ばし、二塁へ。
龍ヶ崎は二塁ベースをすでに蹴飛ばし、三塁へ。
そのまま俺は二塁ベースに滑り込む。龍ヶ崎は三塁ベースを蹴飛ばしていた。
だがレフトからの返球。ショートが中継に入り、ホームへ。
キャッチャーが返球されたボールを受け取るも、すでに龍ヶ崎はホーム滑り込み、ホームベースをタッチしている。
球審の両手が横に広がった。
「セーフ!」
二塁ベースに居ても聞こえる球審の大声。
その瞬間、三塁側スタンドは何かの化け物の唸る声のような大歓声が球場全体を包む。
待ち望んだ先制点。
咄嗟に俺は力強く右こぶしを天に突き上げていた。




