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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
147/324

146話

 7月19日、本日はどんより雲が空に居座っている。

 そんな中でも夏の県大会はおこなわれる。今日は丘城スタジアムと酒敷市営球場でベスト8をかけ、四試合おこなわれている。

 この前始まったばかりなのに、もうベスト8が見えてきた。まぁ今大会は58校しか参加していない。激戦区の半分。東京や神奈川、大阪などの激戦区の学校に比べれば、甲子園出場は楽なものだ。

 さて、今日の四試合は決勝で相まみえる事になる反対ブロックの四試合だ。ここまで反対ブロックは波乱が起きることなく酒敷商業、斎京学館、丘城南、荒城館とシード四校が順当に勝ち上がっている。


 斎京学館は今日、酒敷工業(さかしきこうぎょう)との一戦だったはず。

 酒敷工業は県内三強が台頭する前、強豪として度々甲子園に出場していた公立の雄。

 今では県内三強に甲子園出場を阻まれているが、力を持っているのは確かだ。

 今日も今日とて斎京学館は苦戦を強いられそうだな。



 我が山田高校は本日、一学期を終え、9月1日まで夏季長期休暇が始まる。いわゆる夏休みだ。

 この一月以上の夏休みの間に、現三年生の高校球児の多くは引退することとなる。

 それは俺たち山田高校野球部三年生も例外ではない。

 


 終業式は粛々とおこなわれ、終業式終了後、今度は我が野球部の壮行式がおこなわれる。もう大会開始から何日も過ぎてるんですけど?

 とにかく壇上に野球部員全22名が整列し、校長の言葉を聞く。


 「今年で山田高校は40年目を迎えます。そんな節目となる年に、野球部の快進撃は、学校長としてとても誇らしい。是非とも良い結果を残せるよう期待しています!」

 校長が笑顔でそんなことをいっている。

 ってか山田高校、創立40年目なんだ。初めて知った。


 続いて、野球部を代表して哲也がマイクを持ち、生徒たちに宣言をする。


 「僕たち野球部22名は、県大会優勝旗を学校に持ってこれるよう頑張ります!」

 何故そこで県大会優勝旗なんだ哲也!

 俺達の目標ははなっから全国の頂きだろうが! これだから謙虚な哲也は…。


 こうして壮行式も終わり、生徒たちは各教室へと戻る。

 その後、終業式の日の定番、通信簿が渡された。


 「次、英雄!」

 「うっす!」

 佐和ちゃんに呼ばれて、俺は教壇の前へと向かう。


 「こんな成績つけたくなかったんだがな」

 一つ舌打ちしてから佐和ちゃんが嫌そうに言っている。

 なんだその機嫌悪そうな表情は? なんか俺、やばい点数つけちゃったか?


 ちょっと不安になりながら通信簿を開く。

 中に書かれている数字は5と4しかない。ちなみに我が校の通信簿は5段階評価だ。


 「…なんだと」

 教壇のそばでに震える俺。


 「俺も不本意だが、授業中の態度とテスト点数を加味した結果だ。不本意だがな」

 なんで二度言った佐和ちゃん。

 いや佐和ちゃんが驚くのも無理はない。現に俺だって驚いている。


 そりゃ確かに、今年にはいって俺は授業中寝なくなった。というのも前に恭平、後ろに須田と言う最強のフォーメーションを組まれたせいで、寝るに寝れなくなったのだ。

 その為、一、二年の頃には考えられないぐらい真面目に授業を受けていた。

 テストの点数も、鵡川と勉強を始めてからどんどんと上がって行き、今回の期末では全て平均点以上をたたき出している。

 妥当と言えば妥当なのか?


 「不本意だ…」

 ぼそっと呟く佐和ちゃん。まだ言うか。


 席へと戻る。

 俺の目の前の席に座る恭平。口あけてボケっとしている。スゲェアホ面だ。

 しかも通信簿を机の上に開けっぴろげにしている。無意識にそっちに視線が向かった。


 「…なんだと」

 立ち止まり、恭平の通信簿を凝視する。

 2と1しかない。こいつ、よく三年生まで進級できたな。


 「おっ! 英雄! 1何個だった?」

 俺に気づいた恭平がアホな質問をしてくる。


 「何個だと思う?」

 「そうだなぁ! 英雄って俺よりも頭悪そうだから全部? わははは!」

 …こいつ。


 「見るか?」

 「おう!」

 ってことで恭平に俺の通信簿を手渡した。

 アホ面を浮かべたまま、受け取った恭平は内容を見た瞬間、真顔になった。


 「英雄…お前…」

 そして真顔のまま俺を見てくる。


 「どうやったらこんな点数出すんだよ…教師全員と寝たのか?」

 「寝てねぇよ」

 なにアホな回答導き出してんだこいつは…。

 恭平から俺の通信簿を取り返し、俺は自身の席に腰を下ろした。


 「嘘だろ…なんで英雄が…嘘だろ!」

 どんだけショック受けてんだよ。

 ってか、お前ずっと俺のこと下に見てたのか?


 「英雄」

 「なんだ?」

 また真顔でこっちを見てきた。

 少々呆れつつも対応する。


 「妹さんを俺にください」

 真面目な声でそんな事を言う恭平。

 反射的に恭平の頬を左手で平手打ちした。


 パシィン!


 軽快な音が響き、次に恭平に低い声。

 目の前には右頬を押さえる恭平がいる。


 「どうした恭平? 寝ぼけてるのか?」

 俺はいたって真面目な顔で恭平を見下ろす。


 「英雄、お前少しシスコンすぎるぜ…」

 「何を言うか。ろくでもない男と義理とはいえ兄弟になるのは忍びないだけだ」

 頬を押さえながらぼやく恭平に、俺は本心を口にするのだった。



 「佐倉君! 成績どうだった?」

 放課後、いざ部活に行こうというところで鵡川がやってきた。

 彼女には度々勉強で世話になったし、ここは勉強の成果とも言える通信簿を見せよう。


 「見て腰抜かすなよ」

 なんて冗談を言いながら、彼女に通信簿を手渡した。

 受け取った彼女は中を覗いて、一人歓声をあげた。


 「凄い! 佐倉君凄い!」

 そして凄いの連呼。

 単純な褒め言葉ではあるが、単純ゆえに直に響く。

 自然と顔には笑みが浮かんできた。


 「凄いだろ?」

 「うん! やっぱり佐倉君って、やればなんでもできちゃうんだね!」

 「いやいや、俺の学習能力の高さもあるが、何より鵡川の教え方が上手いからだよ」

 鵡川から通信簿を返してもらい、カバンに押し込みながら、鵡川に感謝する。

 なんだかんだテスト前はいつも鵡川に世話になってるからな。

 彼女が勉強教えるの上手いおかげで、今の俺がいるしな。


 「私は対して教えるの上手くないよ。佐倉君が頭いいからだよ!」

 とかいって笑顔を浮かべる鵡川。

 相変わらずの笑顔だ。見るだけで人を幸せにするというか、男どもにグッとこさせる笑顔だ。末恐ろしい女だ鵡川は。


 「ふふっ、そうかもな」

 このままだと謙遜しあいになるので、俺から折れておく。

 まぁ俺天才だし? やれば出来ちゃう子ですし?


 「明日の試合、また応援に行くから!」

 「おぅ! 今度は先発だからな。見ていて楽な試合運びしてやるよ」

 「うん! 楽しみにしてる!」

 ニコニコ笑う鵡川。

 彼女の笑顔をみると、自然と嬉しくなるし、やる気も出てくる。これが鵡川の笑顔の効力なのかもしれん。

 彼女のために頑張ろうって思えてくる。さすがはミスパーフェクト、そして稀代の男キラー。骨抜きにされないよう、しっかりと自分を持たねばな。



 放課後、グラウンドで練習。

 明日は試合、そして先ほどの壮行式も相まって、グラウンドには多くの生徒が駆けつけ、選手達に声援を送っている。

 おかげで恭平や誉を筆頭にお調子者どもが、アホみたいにハイテンションだ。

 それでも練習はしっかりと受けているし、問題はないだろう。


 俺はブルペンで投げ込み、調整をおこなう。

 ボールの状態だが、これが微妙だ。

 城東戦でもボールが高めに浮いていたが、中々修正しきれていない。調子も今ひとつ上がらない。

 明日には試合だというのに、状態はこれまで以下、下手すりゃ高校野球に入ってから一番の不調かもしれん。

 そうなると自然と焦燥感がこみ上げてくる。


 「英雄、焦るなよ」

 そんな俺を見透かしたように声をかけてくるのは佐和ちゃん。

 ブルペンのマウンドのそばで腕を組んで立っていた佐和ちゃんは、俺のボールの状態から、俺の精神状態まで見抜いたようだ。さすがですね監督。


 「現状でも十分抑えられる。だから焦るな。変に焦ってこれ以上調子を悪くされたら困る」

 「ですけど、もう大会始まってるんすよ? あと一週間で県大会終わっちゃうんすよ?」

 俺が焦っているのも無理はない。

 県大会決勝戦は予定通りなら25日におこなわれる。つまり我が県の代表が決まるまですでに一週間を切っているということだ。

 正直一週間程度で調子を上向きにする自信はない。だから不安になり焦ってくる。


 「なにを言ってる? 甲子園開会式までまだ一週間以上あるじゃないか?」

 一方、佐和ちゃんは不思議そうに首をかしげている。

 何を言ってるんだこの人は? 俺も佐和ちゃんを見習って首をかしげてみた。


 「県大会決勝戦までに調子をあげようとするから焦るんだろう。なら甲子園までに間に合わせると考えろ」

 なんだその甲子園出場は当たり前みたいな言い方は。

 佐和ちゃん、言っときますけど我が校、まだ一度も甲子園に出たことないんですからね?


 「こんな事を言う気はなかったんだが、お前は不調でも県大会レベルの打線なら十分抑えられる。ある程度失点はあるかもしれんが、うちの打線なら、1点、2点ぐらいの失点屁でもないさ」

 自信満々に言う佐和ちゃん。

 この人、一度も甲子園出たことないくせに、どんだけ自信満々なんだ。


 「そういう大口発言はフラグになりますからね。口を慎むべきだと思いますよ!」

 「お前がそれを言うな」

 そういって笑う佐和ちゃん。

 だが、甲子園までに間に合わせるか…。確かにそれだったら気持ちは楽になる。

 県大会レベルの打線なら不調でも抑えられるか。まさかそこまで佐和ちゃんに買われていたとはな。

 なんにせよ、焦っても仕方がないか。甲子園までに間に合わせられるよう頑張ろう。


 自然と焦燥感は消えて、下を向いていた気持ちが上に向いた気がした。

 今ならさっきまでのボールよりも良いボールを投げれそうだ。

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