147話
午前の練習を終え、食堂で昼飯を食べてから30分の休憩。
俺はその間に、佐和ちゃんに頼んで合宿所内のテレビを使って、昨日の龍獄と明星学院の二回戦の試合を見る。
一緒に見るのは哲也と佐伯っち、佐和ちゃんの3名。そして何故か大輔が少し離れたところで大の字になって寝ている。いびきがうるさい。
映像は亮輔の母親が、酒敷市営球場におもむいて撮影したものだ。
今大会は、父母会会長の岡倉のパパが「父母会は全面協力する」と言ってくれたおかげで、本日も我が母上と哲也の母親が丘城スタジアムに、西岡の母親と三村兄弟の母親が酒敷市営球場におもむき、バックネット裏のスタンドで三脚立ててビデオカメラ設置して、試合の映像を撮っている。
明星学院と龍獄の試合は、投手戦となった。
というよりは、龍獄の打線が弱すぎてまったく点が入らない。映像見た限りだと明星学院のエースは対して凄いピッチャーではない。うちなら五回コールドも余裕ではないだろうか?
「あのピッチャーのスライダー結構曲がるね」
龍獄の守りの場面を見ていて哲也が呟いた。確かに。
龍獄のエースピッチャーのスライダーは、映像でも分かるぐらい変化が大きい。
変化としては胸元から膝元に一気に落ちるような球だ。
「おそらく縦のスライダーだろう。しかしこのスライダーは厄介だな…」
佐和ちゃんも呟いた。佐和ちゃんの言うとおり、変化が大きいから、スゲェ打ちづらそうだ。映像の中の明星学院のバッターのバットも何度も空を切っている。
だが、うちの打線なら攻略は十分可能だ。
「打線のほうは特に問題はないな。四番の加瀬以外、警戒するバッターは居ない」
佐和ちゃんが呟く。
テレビに映るのは、情けないほどに三振していく龍獄の選手たち。
これなら、俺の状態が悪くても十分抑えられる。下手すりゃ完全試合とかも狙えそうなレベルだ。
明星学院戦で、龍獄が打ったヒットはわずか2本。うち2本とも四番のバットから出ている。
打撃のほうで、警戒しないといけないのは四番のみか。
「バッティングなら、城東よりレベルが低い。英雄なら0点で行けますね」
佐伯っちも口にする。
その言葉に佐和ちゃんも、哲也も頷いた。
「ヒット0も余裕っすよ。完全試合狙っちゃいます?」
「自信たっぷりだな。だがそれぐらいが丁度いい。俺達が、龍獄に負けるようなチームじゃない」
俺のビッグマウスに佐和ちゃんが満足げに頷いた。
そう、どんなに相手が優秀なピッチャーを揃えようとも、俺が0点で抑え続ければ負けない。
打撃には大輔や龍ヶ崎を筆頭に、頼れるバッターが揃っている。もう中学の頃のようなチームじゃない。
明日、丘城スタジアム第一試合で龍獄と対決することとなる。
試合に向けてどんどん俺のモチベーションは高まっていた。
その夜、夕食を食べ終えた後、全員が大広間に残っていた。
広間にある合宿所唯一のテレビ画面には、明星学院と試合をする龍獄ナインが映る。昼間に見た映像と一緒だ。
「じゃあ明日の試合の相手、龍獄の説明を軽くするぞ」
佐和ちゃんの声が、広間にいる選手全員に伝わる。
選手たちは全員、あぐらや正座、体育座りなど、それぞれが楽な体勢で座り、真面目に話を聞く。
「まず龍獄のチーム打率。笑うなよ? わずか1割4分5厘。4番加瀬を抜くと1割にも満たない」
その佐和ちゃんの言葉に、広間は騒然とした。
2試合勝利したチームの打率が、わずか2割にも満たないと言う事に驚いたのだろう。
「ただし四番の加瀬は6割を越すバッターだ。守りの方で警戒するのは加瀬ぐらいだろう。問題はバッティングだ」
そう言うと、佐和ちゃんは映像を早送りして、龍獄の守りのところまで飛ばした。
画面の向こうに、マウンドで投げる相手のエースピッチャーの姿が映る。
「龍獄はバッティングは目も当てられないぐらい酷いが、守備の方はしっかりとしている。丸島商業との一回戦、明星学院との二回戦、どちらも無失策。試合の様子を見ても、どの選手もしっかりと堅実な守備が出来ている。だから無理な走塁はするな。無理と思ったら進塁は素直に諦めろ」
「はい!」
佐和ちゃんの言葉に選手たちが返事をかえす。
「それから相手のエースも要注意だ。エースは四番も任されている加瀬。2試合とも先発し、2試合とも完封している。特に初戦の丸嶋商業との試合では、無四球完封をしている」
映像に映る相手のエースピッチャーの姿。
…やはり、あいつは久遠だ。中学時代、一緒に野球した戦友の一人で間違いないだろう。
「球速は130キロ前半、持ち球は、スライダーが二種類のみ。普通の軌道を描くスライダーと、綺麗に縦に落ちるスライダーの二つだ」
警戒すべきは縦に落ちるスライダー。
あれを投じられたら俺でも打ち返せるか分からない。
「配球の組み立てとしては、ストレートと普通の軌道のスライダーが中心だ。右打者には、外角低めにストレートを投げる。追い込んでから、スライダーを投げてくる場面が多い。左打者に対しては、内角高めを中心に、インコースで攻めている事が多く、こちらも追い込んでからスライダーを投げている」
内外に投げ分け、その上高低もつけられるだけの制球力もあるということか。
だてに2試合連続完封してるだけあるな。
「縦に落ちるスライダーは、滅多に投げてこない。基本的にピンチの場面ぐらいでしか投げてないが、変化の大きさは、そこらへんの縦スライダーよりも曲がるから、気をつけるように」
「はい!」
佐和ちゃんの長い説明を終え、しっかりと返事をする一同。
「龍獄の柱は、投打で活躍する加瀬だ。こいつを早めに崩せば、楽に勝てるだろう。バッティングのアドバイスだが、追い込まれる前にストレートを狙い打つ。これに尽きる。右打者はセカンドの頭上を越すようなイメージを、左打者はライト前に弾くイメージで打て」
「はい!」
一同の力強い返事。さらに佐和ちゃんは言葉を続ける。
「守備のほうは、確実にアウトを取るように。どんなに下手くそな送りバントをしてきても、ファーストへ投げろ。それから外野はいつものより前に守れ。ピンチを迎えても英雄の球なら、相手打者も詰まるはずだ」
「はい!」
外野陣の返事。
そうだな。龍獄のバッター陣なら、俺からヒットを打つのも大変だろうな。
「最後に、明日の試合は投手戦になると思って試合に挑め。打てなくても、守備では引きずるな! 単純に俺たちの方が強いから、チャンスは必ずに訪れる。それを逃すな。いいな?」
「はい!」
この佐和ちゃんの言葉に、今日一番の大きく力強い返事をしたのを最後に、夜の作戦会議は終わった。
「英雄、久遠すごいね」
「だな」
布団を敷きながら哲也と、かつての戦友である加瀬久遠について話す。
まさか高校に入学してから、エースで四番になるとは、中学時代の彼じゃ想像できなかった。
久遠は、確かに肩が強かったから、ピッチャーになってもおかしくないとは思う。
だけどまさか四番にまでなっているとはな。
バッティングに関しては、哲也並に打てなかったからなあいつは。かなりの非力で、フルスイングで打って、やっと内野の頭を越すようなあいつが、四番になったか。
素直にすごいと思うし、こうして成長した中学時代の仲間と戦えるとはな。明日が楽しみだ。




