133話
大会前日を迎えても、俺達はいつも通り練習をこなし、そして練習を終え、グラウンド整備をし終える。
明日から夏の大会だとか、最後の大会だとかは考えない。これまでこなしてきた練習をこれまで通りこなした。
そしていつものように佐和ちゃんを囲むように、円陣を組んだ。
佐和ちゃんはいつも通り、俺達選手一人一人を見渡してから、ゆっくりと話し始めた。
「さて、明日から県大会が始まる。春は俺達が優勝したが、夏もそう行くとは限らない。野球は何が起こるか分からない。そして夏の大会は、さらに何が起こるか分からない。だから、どんな相手でも油断はするな!」
「はい!!」
部員全員が、佐和ちゃんの声に元気良く返事をする。
「三年生は、泣いても笑ってもこれが最後の大会だ。負ければそこまでの一発勝負。だから一球一球を大切にしていけ!」
「はい!」
俺、哲也、恭平、大輔、龍ヶ崎、誉、中村っち、鉄平の7名が力強く返事を返した。
負ければ終わり、しっかりと理解しているつもりだが、きっと負けたときに改めて今の言葉を理解するのだろうな。
今の俺には分からん。とにかく、今は目先の勝利だけを考えるしかないだろう。
「それじゃあ、最後に質問したい奴いるかぁ~?」
「はい!!」
佐和ちゃんの問いかけに、恭平は即答して力一杯手を上げた。
「恭平、なんだ? エロい質問は無視するぞ」
「んなわけないでしょう! あ、いや、佐和先生には色々と聞きたいことがありますけど、初体験の時とかの心境とか、好きなプレイとか体位とか! でも、今は違うんですよ!」
恭平の言葉に佐和ちゃんは呆れたような顔を浮かべた。佐和ちゃんの少し後ろに立つ佐伯っちも苦笑い。部員たちも苦笑いをし、志田はドン引きした表情、岡倉は言葉の意味を理解していないようだ。
さすが恭平、やっぱりこうじゃないとこちらもやりづらい。出来れば千春の前でもこういう発言しまくって嫌われてくれると助かるんだがな。
「…それで、なんだ?」
再び佐和ちゃんが恭平に聞いた。
恭平は即答して手をあげたくせに、照れくさそうな表情を浮かべて言いづらそうにしている。
少しして恭平が口を開いた。
「えっとぉ…。実は、俺が野球を始めた理由って、英雄に「野球部に入ったら夜のバットもフル稼働だぜ」って言われたのが最初なんですよ」
恭平の告白に、一同の視線が俺に集まる。
なに告白してんねん! ってか志田、そんな目で俺を見るな! やめろ…そんな目で見られると…今までなかった性癖に目覚めちゃうかも知れないだろうが!
「…英雄」
隣に立つ哲也が、心底呆れたような声でボソリと呟いた。
哲也を一瞥する。頭を抱えていた。すまないな、こんな幼馴染で。
「当初はこれでモテるぜ! とか、夜寝れなくなったらどうしよう! とか考えてて、別に本気で、甲子園を目指してたわけじゃなかったんですよ…」
みんなが呆れている中で、真面目な顔をして話す恭平。
次第に部員たちの表情から呆れは消えて、真面目に耳を傾け始めた。
もちろん俺もそうだ。恭平が珍しく真面目な表情をしているから、自然と皆も真面目に聞く姿勢になっていた。
「でも去年の夏に英雄が入部して、秋の大会で理大付属に負けた時、スゲェ悔しくて、スゲェ英雄に申し訳なくて…。んで春の大会で優勝したとき、スゲェ嬉しくて…。いつの間にか、本気で甲子園目指してたんですよ」
ずっと知らなかった恭平の本心。
ただ器用にこなし、ふざけながら野球をしているように見えていたが、恭平は恭平なりに高校野球に真摯に向かい合い、自身なりのやり方で野球をしてきたんだろう。
俺が思っている以上に恭平は結構真面目な奴なのかもしれん。…認めたくはないがな。
「…でも、甲子園って何があるんですか? あそこに行けば、俺はモテるんですかね? なんであそこまで、皆が甲子園を目指すんでしょうか?」
恭平の真面目な質問に、一同が黙り、そして一点に視線が集中する。
部員たちの視線の先にいる佐和ちゃんは腕を組んでいて、神妙な顔つきをしていた。
甲子園。
幼い頃から憧れていた聖地。高校球児なら一度は夢見た舞台。
だけど、あそこには何があるのだろうか? 誰もが目指すだけの価値ある場所なのだろうか?
確かに恭平の言うとおりだ。甲子園には何があるんだ? 何故誰もが憧れるんだ?
ここで一番答えを知ってそうなのは、佐和ちゃんしかいない。
誰もが、佐和ちゃんの答えを待ち望む。
「そうかぁ…そうだなぁ…」
佐和ちゃんはあごに手を当て、真剣に悩んでいる。
「うーん…分からん! わはははは!」
そうして笑顔で分からないと答え、一人大笑いする。
思わずすっ転びそうになった。
「俺は、学生の時に甲子園に行った事も無いし、監督になってからも行った事は無いから、まーったく分からん! だから行ってみなきゃ、どういうもんがあるのかなんて答えられん!」
明るい佐和ちゃんの声が、真面目な雰囲気だった空気をぶち壊す。
呆れ笑いを浮かべる部員から、ただ単に呆れる部員までいた。
「だがな、毎年夏の甲子園に行ける学校は49校しかない。春夏合わせても最大で81校のみしかいけない。そんな場所だからこそ、誰もが追い求めている」
「…つまり、案外何もない可能性が高いと?」
誰かが佐和ちゃんに聞いた。
ただ競争倍率が高いだけの普通の席の可能性が高いかもしれないという発想。
「どうだろうなぁ。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。行ったことない俺があーだーこーだー言うべきじゃない。だから甲子園に連れてってくれ」
監督らしからぬ発言は佐和ちゃんの特権だ。
もうこの人は、本当に監督っぽくねぇな。
だけど、だからこそ俺は反発することなくこの人についてこれた。俺だけじゃない、恭平や大輔だってそうだ。
曲者揃いで高校球児らしからぬ球児たちが集うこのチームをまとめられるのは、日本全国探してもこの人ぐらいだろう。
「何があるかとか、行くべきかどうかなんてのは、甲子園行ってから分かるだろう。だがな、甲子園に行けなくても、きっと得られる物はたくさんある」
笑顔で佐和ちゃんは言葉を続けた。
「事実、俺も得る物は多かった。だが、それも終わってからじゃないと分からないものだったけどな。だから、とりあえず今は、全国制覇を目指してみろ。全国制覇すりゃあ女の一人や二人できるだろうよ」
そういってにやりと佐和ちゃんは笑った。
おそらく視線の先には恭平がいることだろう。
「監督! 二人はいりません! 俺は一人の女に愛されればいいんです!」
なんか恭平が言ってる。
お前の言う一人の女ってのはあれだろう? 千春って女だろう? 知ってるし、絶対にやらんからな。
「おぉ! 成長したな恭平!」
しかもなんか感心している佐和ちゃん。
だから、そういう発言してるから監督っぽくなくなるんですよ佐和監督。
「とにかく今は、何が得られるとか、どうなるかなんて考えるな。今は勝利だけを考えればいい。いいな?」
「はい!」
そうして佐和ちゃんの言葉に一同、力強く返事を返し、大会前最後の円陣は終わりを告げた。
夜、合宿所。
テレビの置かれた広間では、いつものように部員たちが集まり、バラエティ番組を見る。
大輔や龍ヶ崎など真面目組は外で素振りをしているが、俺はテレビの前で寝転がって、尻を掻きながら見ている。いわゆる休日のお父さんスタイルだ。
「そういや、新聞の下馬評見たか?」
隣であぐらをかいてテレビを見ていた鉄平が聞いてくる。
「あぁ知ってるよ」
各新聞紙がそれぞれの考えで出した49地区の代表予想。
我が県の一番人気は案の定斎京学館。春こそ準々決勝で敗れたが、県内で一番戦力が充実しているのは斎京学館だ。エース川端はプロ注目、四番の良ちんも期待されるスラッガー。一番人気なのも頷ける。
二番人気は酒敷商業。やはり県内三強の称号を持つだけに人気は高い。
三番人気でやっと我が校の名前が出てくる。エースの俺と大輔は期待されているが、いかんせん我が県はここ十数年、夏の大会は斎京学館、酒敷商業、丸野港南の三校が甲子園出場を独占している状態だ。故に人気は前二校に劣っている。
四番人気の理大付属も、我が校と同じ理由。選抜出場校とはいえ、夏の出場はそれぐらい難しいということだ。
「もうちょい人気があっても良いんだがなぁ」
「しゃーないだろう。俺たちは一度も甲子園出場してないし、去年の夏は初戦敗退だぞ? むしろ三番目の人気あるだけスゲェ事だろう」
忘れないでいただきたいが、我が校は去年の夏初戦敗退だ。しかもコールド負け。
そこからここまでになったんだから、佐和ちゃんの監督としての手腕と、エースの佐倉英雄って言うイケメン二人の凄さが良く分かることだろう。
「出来た!」
ここで志田の声。
思わず広間にいた部員たちが彼女の方へと視線を向けた。
先程から岡倉と志田は、部員たちのユニフォームに背番号を縫っていた。
当初は部員たちが各自でやる予定だったのだが、岡倉と志田が監督に直訴して、マネージャー二人で縫うことを決めたらしい。
ベンチ入りする部員18人分の背番号を二人で手分けして縫っていたわけだ。
「おっ! 出来たか! 見せてくれ!」
「はい! 松見のは私が縫ったから、縫いが甘いところないか確認してね」
そういって志田は松見にユニフォームを手渡した。
「おぉ! すげぇ! 上手だ! 志田すげぇよ!」
「そう、良かった」
松見のガキのようなオーバーリアクションに志田は嬉しそうに笑った。
「英ちゃん英ちゃん! 英ちゃんのユニフォームは私が縫ったんだよ!」
岡倉は俺のユニフォームをもってやってきた。
受け取り、縫いの状態を確認する。
どう見ても縫い方が雑すぎるし、ところどころ縫いが甘い部分もある。
「…岡倉、やり直しだ」
「えー! なんでよー!」
なんでよーじゃねぇ。こんな縫い方されたユニフォーム着れるか。
「ってかお前下手すぎるだろう! 乙女なら裁縫の一つや二つちょちょいとこなせや」
「あー! それ女性差別! 女の子ならなんでも出来るとか思ってるなんて英ちゃん最低!」
岡倉でも女性差別という言葉を知っていたのか。
いや、岡倉が裁縫苦手なのは予想済みだったけどさ、あの料理を考えれば家庭科全体が酷いのは簡単予想できたけどさ。
「美奈先輩、縫い方めちゃくちゃ…」
別のユニフォームを確認した志田が苦笑いを浮かべている。
「えー…そうかなぁ…」
俺と志田に言われたせいか、しょんぼりする岡倉。
っとここで大輔たち外で素振り組が戻ってきた。
「どうした?」
「あ! 三村先輩! ユニフォームに背番号縫っときましたよ!」
志田が笑顔で大輔にユニフォームを渡した。
受け取り大輔は背番号を確認する。
「それで、岡倉が元気ないけどどうしたんだ?」
続いて大輔が質問した。
「あー、岡倉の裁縫スキルが壊滅的すぎて、自己嫌悪してるだけだ」
俺が大輔に説明する。
そんな中、龍ヶ崎は自身のユニフォームに気づいたようだ。
岡倉のそばにある龍ヶ崎のユニフォーム。遠目に見てもめちゃくちゃな縫い方がされている。
「とりあえず、私が美奈先輩が縫った背番号縫い直します」
「マジで!? 大丈夫なのか志田!?」
「大丈夫、…だと思う」
志田を心配する松見と不安そうに表情を曇らせる志田。
現在時刻は午後の9時手前。岡倉が任された9人分のユニフォームを今から縫い直すとなると、徹夜の可能性も出てくる。
だが、こんなめちゃくちゃな縫い方されたユニフォームは着れないだろう。
「…俺は縫い直さなくていい」
ここでポツリと龍ヶ崎が口にした。
一同の視線が龍ヶ崎に集まる。俯いていた岡倉も視線を上げて龍ヶ崎へと視線を向けた。
「え? でも…」
志田は龍ヶ崎を見るがすぐさま視線を逸らした。
そういえば志田と龍ヶ崎が話しているところを見たことがなかった。龍ヶ崎から声をかけることもないし、志田も龍ヶ崎が怖いのか話しかけようとしないからだ。
「その縫い方だと…もしかしたらほつれちゃうかもしれませんよ?」
言いづらそうに志田は言った。
だが龍ヶ崎は表情を変えない。
「だから縫い直さなくて良いって言っただろう? 大体、今から9人分なんて終わらねーだろ。だから俺はいい!」
そうぶっきらぼうに言って、龍ヶ崎は逃げるように広間から出て行った。
口ではあんな事言ってるが、実際は岡倉が背番号を縫ったユニフォームを着たいだけだろう。やつも所詮男だな。
「俺の分は明日以降でいいや。8人分になっても今からじゃ大変だろう」
俺も手をあげておく。
「じゃあ僕の分は僕でやっておくよ」
哲也も手をあげた。
ちなみに哲也の家庭科の評定は毎年5段階で4か5をたたき出している。
見た目、屈強そうな男のくせに裁縫が得意というギャップ。
この後も各自でやるとか、日にちをずらしてやってもらうということで、話はまとまった。
開会式前日にひと悶着起きたが、なんとか明日を迎えられそうだ。




