134話
7月13日、丘城スタジアム。
開会式の会場となるこの球場の周辺には、全58校の選手達が集まっていた。
今日から二週間ほどで、この58校のうち、ただ1校のみが、甲子園と言う大舞台に立てるわけだ。
開会式を待つ間、やたらと視線を感じた。
そりゃそうだ。俺達は春の県大会王者。その上で中国大会すらも制覇してしまった。
敵視する奴らが大半だが、中には尊敬の眼差しで見る者の姿もあった。
「あ! 英雄ぉ!」
そんな俺たちのもとに気の抜けた声が響いた。
視線を声の方へと向ける。そうして見つけたのは、中学時代の戦友たちだった。
「享に侑平、浩哉! お前ら久しぶりだな!」
久しぶりに見た仲間達の顔はだいぶ大人びていたし、肌が黒く焼けている。
それでも子供っぽく歯を見せて笑う仕草とか、アホっぽい顔つきは相変わらずだな。
村川享、大崎侑平、清水浩哉。
彼らは山田市内で一番偏差値が低いと言われる山田東高校に進学した中学時代の野球部の同期。
享と侑平は外野手、浩哉はショート。享と浩哉は最後の大会で、六番レフトと、九番ショートでスタメンで出場していた。
どちらもクソみたいなバッティングだったが、守備に関しては高いレベルの力を持っていたし、浩哉に至っては、チームで三本指に入るぐらい守備が上手かった。
「三人とも久しぶり!」
「おぉ哲也もおひさ! 相変わらず変わってねぇなお前ら」
そういって一人大笑いしているのは侑平。
中学の頃は足がクソ早くて、学年どころか学校で一番足が早かった男だ。
野球は下手くそだったが、代走のスペシャリストとして、最後の大会では何度も勝ち越しのランナーになっていた。
「いや、こいつら中国大会優勝してんだぞ? 変わってないわけねぇだろう」
浩哉がツッコミをいれた。
爽やかなイケメンっぷりは相変わらず、憎たらしいまでにイケメンだ。
俺達の中で唯一野球部引退後に彼女を作ったクソ野郎。しかも学年一の美少女の岩原さんを彼女にしやがった。クソが、思い出したら腹が立ってきたぞこの野郎。
「おっ! 亮輔と秀平もいたんだっけか?」
少し離れた位置にいる亮輔と秀平の存在に気づいた享。
中学の途中まで柔道と野球を併用していた享は、当時はめっちゃガタイが良かった。その割には打球がしょぼくて、見掛け倒しとかハリボテだとか良く言われていたものだ。
三年生に上がる前に柔道を諦めて、野球一本になって、高校野球をやって、だいぶ前よりも痩せたように見える。いや痩せたというよりは、野球に必要な筋肉だけが残ったという感じか。
「それにしてもお前らスゲェなぁ、中国大会優勝って…」
「まぁ英雄がいれば余裕か」
「当たり前だろう。俺をなんだと思ってんだ?」
にやりと笑ってみせる。
三人は何も変わっていなくて少し安心した。
「そういやお前らベンチ入りしてんのか?」
「もちろん! 俺はエースだ!」
にやりと笑ったのは享。
おいおいマジかよ。中学時代ピッチャーなんて一度もやってなかっただろうが。
「しかも四番だぜ!」
「マジかよ。山田東レベル低いな」
「んだと!」
俺の煽りに過度な反応をする享。
それを見て、俺達は自然と笑みをこぼした。
「浩哉はもちろんレギュラーだよな?」
「あぁ、と言っても相変わらず下位打線を任せれてるけどな」
爽やかイケメンスマイルを浮かべる浩哉。
クソが、スマイル一つ見るたびに殴りたくなる。クソイケメンすぎるぞ、クソ。
「侑平は?」
「一応レギュラー。浩哉と同じく下位打線だけどね」
中学時代控えだった侑平は、レギュラーになったのか。
やっぱり山田東高校レベル低いんじゃないか?
「お前らと順当に行けば準々決勝でぶつかる。絶対に倒してやるからな!」
享の挑戦状。
「おぉそうか。頑張れよ」
「かー! その上から目線の発言うぜぇ! ぜってー潰してやる!」
享は悔しげに表情を歪めている。
その表情に俺は不敵に笑ってみせた。
そうだ。三年生になったのは俺たちだけじゃない。
中学時代、三年間共に野球を頑張ってきたあいつらだって、もう高校三年生なんだ。
高校入学してから一年半遊んでいた俺とは違い、あいつらは三年間死ぬ気で野球をやってきたんだ。
別に勝つことへの罪悪感とか、申し訳ないという思いはない。だけど、やるからには俺なりの誠意をもって挑みたいな。
山田東に進学した連中と別れて、しばらくは恭平と談笑する。
「二人共、去年みたいにプラカード持ってる女子生徒ナンパしないでね?」
そんな俺らを警戒しているように哲也が注意してきた。
そういや去年の開会式は、プラカード持ってた女の子を恭平とナンパしてたっけか。
「安心しろ哲也。去年の俺とは違う」
恭平が格好つけてなんか言っている。
そうだな。去年のお前とはだいぶ変わったよな。
「そう見境なく女子に声なんてかけねぇよ。千春ちゃんに失礼だ」
にやりと格好つけて笑う恭平。
マジでどんだけお前千春のこと好きなんだよ。絶対にお前にはやらねーからな。
「そ、そう」
哲也は苦笑いを浮かべていた。
ちなみに俺も恭平と同様、今年はナンパするつもりはない。
女に興味が無くなったわけではないが、今は野球に集中したいからだ。
今年の我が県の夏の大会は、混戦模様になると予想されている。
昨夏の覇者斎京学館は、春の大会で不調な雰囲気を見せており、春の甲子園出場校の理大付属はイマイチパッとしない。
春の県大会準優勝校酒敷商業は、まだまだ不安要素を残し、県内三強の一角丸野港南は、今年の面々はイマイチ力がない。
そして春の県大会優勝校である我が校は、実績に乏しく夏も安定して勝てる保証がないと評される。
故にどこが優勝してもおかしくないと言われており、十数年ぶりに県内三強以外の学校が優勝するのではと期待もされていた。
「あ、斎京学館だ」
ボソリと鉄平が呟いた。
雑多する人ごみのむこうに確かに斎京学館のユニフォームを着た選手たちが見えた。
今大会、一番警戒している学校。それが斎京学館だ。
春の大会は打撃不振で格下相手に敗北、今大会Bシードだが一回戦からの登場、その上決勝まで強敵ばかりの斎京学館。
そんな状況なのにも関わらず、俺や佐和ちゃんが一番警戒している相手だ。
やはり十数年間、県内の王者の一角として君臨し続けてきた事が一番の理由だろう。
多少の不振程度で崩れるチームじゃないだろうし、なによりも…。
人ごみの中、一人の男を見つけた。
精悍な顔つき、岩のようにごつい肉体、そして獣のように獰猛な眼光。
鵡川良平。
斎京学館高校の四番でありキャプテン。春の大会は打撃不振でチームを敗北に導いたが、あの男がこのまま終わるはずがない。
俺に野球をもう一度やろうと思わせたあの男が、この程度で終わったら、俺も所詮その程度の男ということになってしまうし、終わってもらっちゃ困る。
ふと鵡川良平がこちらを見た。
人ごみをはさんで目があった気がした。
無意識に不敵に笑ってみせた。鵡川良平からの返答はないまま、人ごみにかき消された。
まだ58校全てが生き残っている。だが二週間近く経てば、2校のみが残る。
出来ればその2校は、山田高校と斎京学館高校であって欲しいものだ。
そして開会式が始まった。
どっかの学校の吹奏楽部の演奏に合わせて、各校の選手たちが行進をしていく。
≪山田高校≫
そして俺たちの出番だ。
去年は足並み一つ合わなかった我が校だが、今年はしっかりと声を揃え、足並みを揃えて、綺麗な行進でグラウンド内を歩いてみせた。
んでその後は炎天下の中、前後左右に人が居る中で、良く分からんお偉いさんの長ったるいお言葉をいただき、昨年の王者、斎京学館のキャプテン鵡川良平の手から、優勝旗の返還され、開会式は終了。
丘城スタジアムの開幕ゲームは、Bシード校関東学園と北部にある尾坂高校の一戦。
とりあえず俺達はその試合だけは見届ける。一方で、ベンチから外れた選手と佐伯っちは酒敷市営球場へと向かう。
この後、城東と鶴山高専の試合が酒敷市営球場で行われるからだ。
バックネット裏からビデオを撮影する。いわゆるピッチャーとキャッチャーを中心に内野が映ってる奴だ。
さて注目の開幕ゲーム。
だが試合は関東学園が初回に2点をあげて、そこから毎回得点をあげ、一度も逆転されることなく、9対1で七回コールドで試合終了。
さすがシード校。魔物が潜むと呼ばれる開会式後の試合で安定した強さを発揮したか。
関東学園は順当通りなら準々決勝でぶつかる相手だ。今日の試合のことはしっかりと頭に入れておこう
。
この後、第二試合の浅井農業と丘城大宮高校の試合が始まる前に、俺達は球場をあとにし学校へと戻った。




