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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
6章 怪腕夏に唸る
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132話

 夏の大会開会式を一週間前に控えた7月6日、水曜日。

 俺達は放課後、山田高校の敷地内にある「山翔塾」なる合宿所の掃除に入った。

 ちなみに山翔塾は、食堂の上にある。


 設備としては、いちおうシャワーがあるが、一つしかなく、また狭い。

 部員たちの人数や疲労回復と言った面を考慮し、シャワー浴びるだけではアレなので、学校から歩いて10分ほどにある銭湯を利用する事になった。


 食堂入口の右側にある扉を開けて、階段を上り合宿所へと入る。

 正直言えば、修学旅行のようなテンションで俺達は掃除を始めた。

 まぁ十何年もこの合宿所は使われていないそうなので、埃は溜まってるし、合宿所を掃除し終えるまでに数時間もかかってしまった。


 空が暗くなった頃、掃除も終えた。

 今日から県大会が終わるまで、ずっとここで住み込みとなる。

 まぁ家近い奴は、物を取りに行くなどしてもいいらしいが、極力外出は控えるようにとの佐和ちゃんからのお達しだ。


 俺達野郎どもの部屋は、12畳の部屋が1つと、10畳の部屋が1つの2部屋で、部屋の間のふすまは全部外してある。

 マネージャー組の部屋が8畳、佐和ちゃん達首脳陣の部屋が4畳、あと一つの部屋は15畳あって、そこにはテレビもあるので、コミュニケーションの場所として、相手チームの分析結果など作戦会議を行う場所として使われることとなった。


 料理を作るのは、マネージャー2名。志田と岡倉の2人。もう一度いう志田と岡倉の2人だ。

 もう岡倉というだけで嫌な予感しかしない。

 いや、もう彼女には三度ほど手料理で殺されかけている。予感ではなく確実に嫌な事が起きる。

 夏大会で腹を壊して敗北と言うフラグが見えた気がした…。

 ちなみに平日の昼は食堂のおばちゃんが作ってくれることとなっている。


 銭湯に行く時間は、練習終了し、グラウンド整備を終えてから15分後。

 佐和ちゃんの話しだと練習は遅くても午後6時までに終わらせるらしい。

 15分でユニフォームから服に着替えないといけないから、若干慌ただしいな。


 風呂から上がった奴から合宿所に帰宅。

 午後8時半には夕飯、そこから10時消灯までは自由。

 自主練習も良し、仲間と馬鹿話も良しと言っていた。



 今回の合宿の目的は、技術向上などの強化合宿とは違う。

 コンセプトは「チームの絆をさらに結束させる」と言うもの。

 共にひとつ屋根の下、同じ釜の飯を食らい、共同生活をする事で、さらにチームとしての結束を固くしていく。

 さらにここからは俺の推測だが、おそらく問題を起こさせない為の予防線だろう。

 佐和ちゃんたち首脳陣も同じ屋根の下暮らすわけだし、飲酒喫煙や暴力事件と言った問題を起こさせないための抑止力として、部員全員を同じ場所で寝かせるわけだ。

 極力外出させないのもその為だろう。

 まぁうちには恭平とかいう最強の問題児がいるし、佐和ちゃんも気が気でないだろう。


 朝は6時半起床、7時には食事をする。

 んで、8時には全員が合宿所を出て学校へ。


 授業は普通に受けて、昼休みに洗濯当番が、部員全員の洗濯をし山翔塾内にあるベランダに干しておく。

 ちなみに当然ながら女子の分は女子でやる。分かってる。ダメだってことぐらい分かってるよ。だけど、ちょっと残念だ。いやちょっとじゃねぇ、かなり残念だ。


 まぁ洗濯なんて、今現在の悩みに比べたら瑣末(さまつ)な事だ。

 現在の悩み、それは男の夜のアレだ。まぁ下(しも)な話だが、これは結構重要な問題だろう。

 合宿所のトイレでするのも何だし、シャワー室を借りてまで、するのも情けないし、だからと言って我慢するのはうら若き俺達男子高校生には酷な話だ。


 「いかな俺でも限界は存在する。限界を迎えてしまったら、もう俺は獣になっちまう。そうなりゃ男の理性なんてのは抑止にすらならねぇ。場合によったら目に入った女を手当たり次第狙うかもしれん…。いわゆる…夜這いだ…!」

 この一件について恭平は神妙な顔で語る。

 さすがに夜這いだけはやめてくれ。

 これで出場停止などになったら、どうしろと言うんだ。さすがに情けないし、笑えない冗談話になってしまう。


 「うわっ…」

 そばで話を聞いていた志田がドン引きしている。

 一方岡倉は恭平の言ってる意味を理解できていないようで不思議そうに首をかしげている。


 「だが、俺は堪えよう。初めては千春ちゃんに捧げるって決めてるんだ」

 そういってキメ顔する恭平。

 その言葉を聞いて、俺はすかさず関節技を決めた。

 こいつに妹は、絶対にやらん!


 「俺はそんな事より飯の方が問題だと思うんだが?」

 一方、大輔はすげぇ機嫌悪そうにぼやいている。

 そら食事を生きがいにしている大輔にとって、岡倉の料理を毎日食べるとか罰ゲームの何者でもない。


 「そこは大丈夫だよ大輔君! 私が頑張るから!」

 ここで力強く手をあげる岡倉。

 えっへん! と言わんばかりの顔をしているが、お前は頑張らなくていい。


 「志田は料理できるのか?」

 話題を逸らす、ってか希望を見出すために志田に聞いた。


 「一応。家ではお母さんの手伝いとかよくしてたから、多少はできます」

 志田はそう言っているし、おそらく大丈夫だろう。


 「そうか。悪いが岡倉の監視も任せた」

 「はい?」

 きょとんとする志田。言葉の意味を理解していないようだ。

 まぁいい。岡倉の料理を一度食べれば、俺の言葉の意味を汲み取ってくれる事だろう。



 そして合宿初日の夕飯を迎えた。夕飯はカレーライス。


 「うおぉ! 美味そう! すげぇ!」

 松見がすげぇ嬉しそうな顔を浮かべて座布団に腰を下ろした。

 確かに見た目は美味そうだ。


 「誰が作ったんだ?」

 「美奈先輩が材料を切って、煮込んだり味付けは私がしました」

 エプロンをつけた志田が説明をしてくる。


 「味付けは、お前がしたんだな?」

 「はい? いまそう言いましたけど」

 念を押す俺に志田は訝しげに聞いてくる。

 そうか、志田後輩が味付けをしたのか…。なら安心だ。


 「私が全部やるって言ったんだけど、皐月ちゃんが一緒にやろうって言うから、仕方なくね」

 エプロン姿の岡倉が少々不満げになんか言っている。

 マジかよ。志田なんて奴だ。最高すぎる。今年一番のファインプレーだ。


 ってか私服にエプロン着ている岡倉。一度龍ヶ崎へと視線を向けた。顔を真っ赤にして岡倉を凝視している。

 ふふ、奴も所詮男だな。クールぶっても好きな女の子の前では素が出てしまうと言った所か。


 「志田って料理できたんだ! すげぇ!」

 「そりゃ女の子だからできるよ」

 子供のように褒める松見に、呆れた様子の志田。

 いや、女の子でもできない奴がお前の先輩にいるからな?


 「そうなのか? ってか、エプロン似合うな! すげぇ!」

 「え? あ、ありがとう」

 子供のように褒める松見に、照れる志田。

 ってか松見、お前はもうちょい言葉のボキャブラリー増やせ。


 そうして夕飯を食べ始める。

 普通に美味かった。ただ岡倉が切ったであろう野菜がすげぇ大きさがマチマチだ。クソ小さいにんじんから馬鹿でかいじゃがいもまである。さすがに大きさが適当すぎるぞ岡倉。


 「うん、美味い!」

 岡倉の弁当を食べた経験のある大輔は、凄く嬉しそうに食っている。

 そうだな。毎日こう美味い料理なら文句はないんだがな。


 「すげぇ! 志田美味いぞ!」

 「はいはい」

 本当、松見ってガキっぽいな。これには志田も呆れている様子。


 夕食は和気あいあいと進んでいく。

 合宿のテーマであるチームの絆を強くするは着々と良い方向に進んでいるようだ。

 こんな感じで、大会期間中の合宿が始まった。



 翌日、朝6時半前に起床し、軽く外で体操をしてから7時には朝食を食べる。

 朝食は昨日の残りでカレーライス。

 そうして食べ終えて、学校に登校する。


 「あれ? 英雄、今日早いじゃん」

 教室にやってきた俺を見て、沙希が話しかけてきた。

 昨日の合宿所掃除で、慣れない掃除をしたせいか体がダルい俺は、ダルそうに返答する。


 「今日から食堂の上の合宿所でお泊りだよ」

 「へぇ~野球部も大変なのね」

 などと沙希は同情してくれているが、かなり身体的にお疲れの俺は、沙希の言葉を無視して、そのまま机に寝そべった。

 昨日の夜は、寝たあとに恭平が下ネタ話を始めて、それがちょっと気になって一時間ぐらい寝れなかったからな。


 「そうだ英雄。確か校長先生が、応援団の団員を募集してるらしいよ」

 「マジ?」

 俺は顔だけを沙希のほうに傾けて聞いた。

 本当にあの校長、こういうイベントには熱を入れるな。


 「うん。希望者によってはチアガールもやるらしいよ」

 「へぇ~、チアガールかぁ。試合中、集中できなくなるかもなぁ」

 特に俺の好きなタイプの女の子が、あんなスカートひらひらさせるような格好で応援していたら…。

 やべぇ…余計集中できなくなるやん。


 「あんたらしいわね」

 「だろ?」

 明らか沙希に冷たい視線で見られてるが、そこは俺。

 華麗に冷たい視線をかわして、不敵に笑ってみせる。



 昼休み。昼飯は食堂で、食堂のおばちゃん手作りの栄養満点の料理を頂く。

 もちろん実費。っと言っても、初期に出した合宿費用から引かれてるだけなんだけども。


 ビタミン、タンパク質、脂質、炭水化物、ミネラルなどなど、体に必要な栄養素が全て詰め込まれており、小学校のころ食べていた給食に近いな。それに量も多い。

 これを美味しく頂いた後、洗濯当番は2階の合宿所に上がり、洗濯物を干す。

 他の奴らは、グラウンドに向かい、内野とブルペンのグラウンドを整備しておく。



 午後3時15分。今日最後となる六時間目の授業終了と共に、野球部員は部室へと向かい、ユニフォームに着替えてグラウンドへと向かう。

 んで、すぐさま練習開始。3時半に練習を開始して、およそ6時に終了。

 まぁようするに、2時間半をミッチリと練習をする訳だ。


 この合宿期間中は、技術力向上というよりは、夏に向けた最終調整。

 連携の確認や、調子の維持、そういった事に練習がおこなわれ、主力選手を中心に調整がおこなわれる。


 当然ピッチングでは、俺と亮輔、それから松見の3名はブルペンで軽めの投げ込みをおこなう。

 特に次の鶴山高専と丘山城東の勝者との試合で先発予定の亮輔は、佐和ちゃんが見る中で、念入りに投球練習をする。


 まだどっちが勝ち上がるか決まっていないが、間違いなく城東が勝ち上がるだろう。

 春の県大会で地区のリーグ戦全敗の鶴山高専と、春の県大会出場の城東じゃ実力も実績も違いすぎる。



 さて、そんな城東高校に、去年の夏は思いっきり打ち込まれた亮輔。

 亮輔としても、リベンジしたいだろうから、城東が勝ち上がって欲しい事だろう。

 一球一球丁寧にボールを投じる。その表情から、次の試合にかける思いの強さが伝わった。

 今の亮輔は、多彩な変化球を持ちながらも、武器になるボールはカーブだけだったあの夏の亮輔とは、一味も二味も違う。

 言うなれば、全ての変化球が武器と言ったところか。


 あとは、哲也がどうリードするかだな。

 球種が一つ増えるごとにリードの幅はアホみたいに広がっていく。そうなると哲也のリードの選択が重要となってくる。

 いかに球種が多くても単調なリードになれば、簡単に打ち込まれるし、キャッチャーの見せ所ともいえる。

 哲也のリード次第で、亮輔の変化球はさらに輝きを増す事だろう。



 さて俺は、俺の先発登板する試合の事を考えよう。

 俺が先発登板するのは三回戦。


 三回戦の相手は丸島商業(まるしましょうぎょう)、龍獄(りゅうごく)、明星学院(みょうじょうがくいん)、森野(もりの)のどこかだ。

 可能性が高いのは、明星学院と丸島商業。どちらも東部地区の学校で、春の県大会出場校だ。

 っと言っても、野球は何が起こるかわからない。どこと当たっても、十全に実力を発揮できるように、しっかりと調整しないとな。



 空には雲の峰が広がり、遠くからはセミの鳴き声が耳に入る。

 空に燦々(さんさん)と輝く太陽は、茹だるような熱い光を降り注がせる。

 もうしばらくすれば梅雨明けも発表され、本格的な夏が到来となる。

 …もう夏はすぐそこ、徐々に暑くなっていく日々に、自然と俺の調子も上がってきていた。

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