130話
鵡川と動物園に行った翌日、足取りは心なしか普段よりも軽やかだ。
昨日はすげぇ楽しかったし、いい感じにリフレッシュ出来た。
と言うわけで、本日からは夏が終わるまで、野球一直線だ!
本日は6月20日の月曜日。5日後には、夏の県大会の抽選会が行われる。
その日は土曜日なので佐和ちゃんと哲也、記録員としてベンチ入りする岡倉は、抽選会場に向かい、俺達は学校で練習となる。
我が校は春の県大会優勝しているのでAシード校。二回戦からの出場は確定だ。我が校の他にAシードなのは、春の大会準優勝の酒敷商業、ベスト4になった荒城館と理大付属となる。
Bシード四校は、一校のみが一回戦からの登場となる。Bシード校は春の大会ベスト8となった四校で、理大付属に敗れた関東学園、酒敷商業に敗れた丘城南、我が校に敗れた丸野、そして荒城館に敗れた斎京学館となる。
今週から、土日両方とも練習となり、平日も練習を行う感じだ。
と言っても、練習量は普段よりも少なめに抑えている。当然夏前だから技術を高める練習というよりは、状態を良くしていく調整、あるいはチームプレイの連携を高める練習へと移行している。
内野を中心に連携を確認していく。
大会一週間前になると、大会に向けての強化合宿がおこなわれる。
と言っても、どこかに遠征するというわけではなく、山田高校の敷地内に合宿所山翔塾に泊まる事となる。
この合宿所が作られたのは、別名第一期黄金時代と呼ばれている頃だ。
山田高校野球部には三度の黄金時代があった、
第二期黄金時代は、俺らが入学する前年、県大会決勝戦まで進んだ世代だ。第一期黄金時代はさらに十数年ほどさかのぼる。
どちらも甲子園に行くことはできなかった。一度目の黄金期は、県大会決勝戦で延長18回の死闘の末に敗れている。
佐和ちゃん曰く「当時の四番は全国レベルのプロからも注目されていたすげぇバッター」だったらしい。
あの佐和ちゃんがベタ褒めするぐらいだから、よほどの選手なのだろうな。だが誰かは知らない。
第一期黄金時代の時のOBは何人か来たが、この四番とはまだ出会っていない。プロからも注目されていたそうだし、相当な技術を持っている選手だろう。
練習に見に来ないかな?
「おぅお前らぁ! 中国大会優勝したらしいなぁ!」
練習の合間の休憩時間にやってきたのは小林さんと、その後ろに見知らぬ茶髪の人。
小林さんの方は顔見知りだ。彼は第一期黄金時代のOBであり、五番バッターを任されていたそうだ。
現在は山田駅東口そばの商店街にある小林精肉店の店長。
30過ぎてるのに、俺達高校球児よりも一回りも二回りも大きな体格をしており、顔つきはゴリラに似ており、どこか野生を感じさせる。
度々練習を見に来ては、ノックをしたりしてくれる。通称ゴリノック。マシンガンのように息を吐かせぬスピードでノックを打ってくる。しかも凄く上手い。佐和ちゃんには勝てないが、ノックの名手と言っても過言ではないだろう。
「ちわーっす! 相も変らずゴリラ面っすねぇ」
「佐倉かぁ…久しぶりにしごいても良いんだぞぅ」
不敵な笑みを浮かべて、俺の顔を見る小林さん。しごくなんて…誤解を招いちゃうじゃないですか。やめてくださいよ。
「大会前なのに、エースに地獄みたいなノックしたら、佐和ちゃんがぶん殴りますよ」
「がっはっは! 違いねぇ!」
大口を開けて、大雑把な笑い声を出す小林さん。
相変わらず見た目通り豪快な性格だ。
「そういや小林さん。後ろのお方は?」
「あぁこいつは池宗浩司って言うんだ。聞いたことあるだろう?」
ニヤリと小林さんは笑った。その笑顔を見て、茶髪の人は苦笑いを浮かべた。
…池宗浩司って、まさか…。
「池宗浩司って、去年までダイナソーズで四番打ってた人じゃなかったけ?」
「あぁそうだ! 山田高校初にして唯一のプロ野球選手だ!」
隣で哲也が呟き、それに小林さんが答えた。
やっぱりか。どうりで聞いたことがあると思った。
池宗浩司、プロ野球球団のダイナソーズの選手。去年まで四番を任されていた。
確か中国大学野球リーグで首位打者とか本塁打王とかタイトルを総なめにして、神宮大会とかでも活躍して、一位指名されて入団したはずだ。
プロ入りしてから数年後にスタメンに抜擢されて新人王獲得して、リーグ優勝や日本一に貢献したりして、過去にそれぞれ一度づつ首位打者と打点王を、二度ほど本塁打王も獲得しているはずだ。
ダイナソーズの四番、待望の和製大砲、現役選手で三冠王に一番近い男、球界の四番、全て彼を評価する際言われる言葉だ。
とにかくプロ野球屈指の四番バッターであることは間違いない。
だが、今年はキャンプ中の怪我で開幕絶望だったはずだ。
現在も二軍でリハビリが続けられていると聞いたが…。
しかし池宗さんって、山田高校出身なんだ。初めて知った。
いやまぁ池宗さんが活躍したのは大学野球でだ。高校時代は目立った活躍をしていなかったと聞いたけど。
「…もしかして池宗さんって、小林さんと同期っすか?」
「あぁそうだ! 良く分かったな!」
綺麗な歯並びをしている歯をグワッと見せて笑う小林さん。
いやだってあれでしょう。黄金時代の四番って池宗さんなんでしょう? それなら納得いくもん。
「だって池宗選手が当時の四番なんでしょう?」
思ったことを口にしていた。
その言葉を聞いて小林さんはニヤニヤと笑い、池宗さんは苦笑いを浮かべた。
「なんだ、言ってないのか?」
「まぁな。あいつに口止めされてるし…」
「別にいいだろう話しても」
小声でなんか話し合う二人。
そうして議論の結果が出たようで池宗さんがこっちを見てきた。
「俺は四番じゃない。当時の四番はあいつだ」
そう池宗選手は口を開き、ある人物に指をさした。
その指差す方向には、ベンチで佐伯っちと話す佐和ちゃんだった。
「…なるほど」
道理で佐和ちゃんがベタ褒めしてたわけだ。
ってかあの人、自分のことベタ褒めしてたのか、自画自賛にも程があんだろう。
ここで佐和ちゃんが小林さんと池宗さんに気づいたようで、笑顔でちかづてきた。
「おぉ浩司じゃねぇかぁ! シーズン中なのに遊びに来るんじゃねぇよ!」
親しげに池宗さんに声をかけてくる佐和ちゃん。普段は見せないぐらいの満面の笑み。
その笑顔は自然と池宗さんの表情を緩ませた。
「なに、後輩が中国大会優勝したって聞いてな、いてもたってもいられなくなった。どーせグラウンドに居ても、体は動かせないからな」
「…まだ左太ももは痛むのか?」
そう佐和ちゃんが、池宗さんの左太ももを見ながら聞いてくる。春のキャンプで怪我した箇所だ。
練習中のクロスプレーで、左ふととももの腱を切ってしまい、全治6ヶ月の大怪我をしていたはず。
なので、佐和ちゃんも心配しているのだろう。
「まぁな。でも少しづつリハビリを始めたからな。シーズン終盤には一軍で出られるんじゃないか?」
「だろうなぁ。お前が怪我するってたまじゃないもんな」
などと悪態をつく佐和ちゃんに、池宗さんも笑顔で「俺は化けもんか」と言いながら、軽く佐和ちゃんを叩く。すげぇ親しげだ。
それにしてもプロ野球選手が目の前にいるのに、我が野球部は誰も興味を示さない。正確には哲也と龍ヶ崎以外興味を示していない。
まぁ元々、野球とは無縁の連中だったからな。プロ野球選手なんて知らなくても当然か。
「俺はお前に感謝してるんだぞ。俺が大学時代打てなかったときに「怪物は一日して成らず」って言ってくれたろ?」
池宗さんが思い出を語る。
マジかよ。佐和ちゃん、当時から意味分かんねぇ造語作ってたのか。
「感謝すんなら物で示してくれ。そうだな、甲子園に出たら、たっぷりと後援金よろしく頼むわ」
佐和ちゃんと池宗さん、どちらも笑顔を浮かべている。
俺はその光景を見て、不思議な気分になった。
「…マジで佐和ちゃんが、黄金時代の四番なの?」
佐和ちゃんと池宗さんが話している間、小林さんに聞いてみる。
「あぁ! 慶太は、当時は結構有名だったんだぜ? 守備良し、打撃良し、リード良し、現役高校生ナンバー1キャッチャーなんて言われるぐらいだったからな。プロからも誘いがあったんだぞ」
「マジかよ…。あの池宗選手を差し置いて四番か…」
驚きの新事実だ。もう佐和ちゃんが凄い人にしか見えない。
「でもさ、なんで佐和ちゃんは、プロの誘いがあったのに断ったんだ?」
正直、誘いを断る理由が分からない。
いやでも、俺の親父なんかもプロ注目スラッガーのくせに、プロからの誘い蹴った挙句、野球からも遠のいたからな。
「高校野球の監督を当時から目指していたんだ。プロ野球選手だと遠征が多くて、…彼女に迷惑をかけるからと」
最後の方、言いづらそうに小林さんが答えた。
なに!? 佐和ちゃんに彼女が居ただとぉ!? 初耳だ。
「彼女ってマジかよ。可愛かったん?」
「…そうだな。どうだったかなぁ」
話をうやむやにするかのような曖昧な返答。
小林さんは視線を虚空へと向けた。まるで話題を逸らしたいかのような反応。
「可愛かったよ。最高にな」
っで佐和ちゃんが答えた。ノロケ話すんなや。
「っても、もう死んじまったけどな」
「え?」
佐和ちゃんは冗談交じりの声でかなり深刻な話題をぶっこんできた。
思わず聞き返していた。
「大学に入学してすぐだったか、帰りの駅のホームで列車待ってたら、線路に突き落とされて列車に轢かれてお陀仏。犯人は学生だったか。仲間とトランプゲームで負けて、誰かを線路に突き落とすって罰ゲームだったらしい」
軽い調子で彼女の死を克明に語る佐和ちゃん。
「馬鹿げた話だろう? 俺も当時はかなり怒ったなぁ。懐かしい」
…ちょっと待て。なんでこの人は、恋人が目の前で死んだのに、そんな軽い調子で平然と話をしているられるんだ?
佐和ちゃんを見る。いつもの飄々とした表情。だが今日だけは瞳の奥になにか寂しさや悲哀を感じ取った。無理している? いや、無理しているようには見えない。
達観していると言う言葉がもしかしたら一番しっくりとくるかも知れない。そんな表情をしていた。
「人は月日が経てばどうにかなるって言うが、あれは嘘だ。何もしない日々じゃ何も解決しない。何も救ってくれない。何かをし続ける日々だからこそ、解決する。救ってくれる」
佐和ちゃんは表情を変えた。
飄々とした顔から真剣なものとなり、俺を見つめてくる。
「俺は、あいつを忘れるように、ひたすら練習の理論を学んだ。様々な高校野球の監督に出会い、話を聞き、練習法を見て参考にし、時にはその練習法を真似た。高校卒業して8年間は、ひたすらそれを繰り返した。
んで、6年前に母校であるここ、山田高校の監督に就任した。3年前の夏の大会、俺の采配ミスで甲子園目前で敗れて心が折れた。だが英雄、お前と出会ったから、こうしてまた甲子園を目指してる」
これまでの自身の来歴を口にしていく佐和ちゃん。
最愛の人を失って空いた穴を埋めるように、この人はひたすら高校野球の監督を目指したのだろう。どういう思いで日々を過ごしたのだろうか?
そして今、彼の胸に空いた穴は埋まったのだろうか? 相変わらず佐和ちゃんの表情から、何かを読み取ろうとしても読み取れない。
「やっとここまで来た。やっと甲子園に手が届くところまで来たんだ」
少なくとも佐和ちゃんは甲子園を目指している。何かを掴むためにあの聖地を目指している。
俺達野球部員とは思いは若干違えど、共に同じ場所を目指している。
なら、俺は深く追求するつもりはないし、佐和ちゃんの気持ちを推察するつもりもない。
「…以上だ。先に言っておくが英雄、こんなつまらねぇ野郎の思い出話で、テンション下げんなよ。てめぇしか頼れるピッチャーは居ないんだからよ」
そう最後に言って思い出話を締めた佐和ちゃんは、苦い表情のまま口角だけをあげた。
初めて佐和ちゃんの心情を察せた気がする。
「そうっすね。確かにショッキングな話だったけど、テンション下がる程ではないっすよ」
軽い調子で俺は答えた。
変にテンションを合わせるつもりはない。俺はいつもどおり、いつもの反応をするだけ。きっと佐和ちゃんはそれを望んでいる。
「ようは佐和ちゃんも甲子園行きたいって事でしょ? ならそれで良いじゃないっすか。俺は佐和ちゃんを甲子園に連れてく。佐和ちゃんは俺を甲子園に連れてく。それで良いでしょう? ね?」
最後に俺はにやりと笑ったみせた。
その笑顔を見て、佐和ちゃんはやっと真剣な表情をとき、頬を緩ませた。
「頼りになるエースだな。俺達が果たせなかった甲子園、出場してくれよ」
池宗さんからも頼まれてしまった。
やれやれ、デキる男はつらいな。なんでもかんでも頼まれてしまう。だが良いだろう。なんて言ったって俺は…。
「怪物の俺なら余裕っすよ」
いつものように自信満々に答えた。
その一言に呆気にとられる池宗さん。小林さんは吹き出して笑い、佐和ちゃんは呆れ笑いを浮かべた。
「…大層な自信だな」
「もちろんです。佐和ちゃんから怪物ピッチャーになってくれと頼まれましたから」
そういって佐和ちゃんを見る。目があった。にやりと笑ってきたので、俺も不敵に笑ってみせた。
「…怪物は一日にして成らず」
思えば、この一言から今の俺が始まった気がする。
特に意味もない佐和ちゃんの造語だが、池宗選手を覚醒させ、俺という男も覚醒させた。この一言はなにか力があるのかもしれない。
なんにせよ、俺は怪物だ。県大会程度で敗れるつもりはない。
夏は刻一刻と近づいている。
俺にとって最後の大会はもう間近だ。




