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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
128/324

127話

 ある日の放課後、俺は部活に行けず、委員会の仕事をやらされていた。

 本来なら、野球に集中したいため、委員会など入るつもりは無かった。


 しかしだ。係り決めの際に、クラスの担任の佐和ちゃんが「恭平と英雄は、委員会に入らなかったら3試合の出場停止にするから」等と笑顔で言われたので、仕方なく委員会に入る事となった。

 恭平は体育委員。俺は広報委員となった。


 いや聞いてくださいよ。

 本来なら、俺も体育委員が良かったんですよ。それなのに、恭平とジャンケンに敗れましてね、俺は仕方なく唯一委員で空いていた広報委員に滑り込んだ訳だ。


 それでな。本来なら広報委員ってのは集まりとか多いんだが、俺はもう一人の広報委員に任せきりだった。

 さすがに俺も何度か出ようとしたが、その度にもう一人の委員さんが「大丈夫! 佐倉君は部の方に行っていいよ!」と笑顔で言ってきたので、その好意に甘えていたわけですよ。


 んで本日は、月に一度の校内新聞の記事の作成を任された。

 当然面倒なのだが、広報委員の担当の先生に「今回やらないと、単位をやらない」なんて脅されたので、仕方なくやっている。

 ぶっちゃけ、この新聞…山田高校新聞と言うのだが、こっちよりも新聞部がやっている山高新聞のほうが読まれているんだよなぁ。

 なんで不人気の新聞を書く為に、残らないといけないんだよ。



 新聞を書いているのはもう一人の委員。俺もやると言ったのだが「大丈夫! 佐倉君は野球部の方にいっていいよ!」と言われる。

 だが、その好意に甘えると、最悪単位が取れないので、とりあえず作業が終わるまで、そばに座って作業をぼんやりと見ている。


 もう一人の委員の横顔を見る。

 第一印象は美人と言う感想。一つ一つのパーツが完成されていて、完璧な位置にある。

 普通にアイドルや女優に負けないぐらい美人だ。

 鵡川梓。改めて見て、こいつが学校中の多くの男子から片思いをいだかれているのが頷ける。


 「…本当、綺麗だな」

 ぽつりと呟いた。

 俺の言葉を聞いたのか、鵡川は顔をあげた。


 「どうしたの佐倉君?」

 「いや、鵡川の文字綺麗だなって」

 「あ、そっちか…」

 どこか残念そうに呟いて、鵡川は再び視線を机のほうに下ろした。

 どうしよう鵡川が終わるまで、暇だ。…いや、さすがに鵡川に全てを任せるわけにはいかないか。


 「なぁ鵡川。俺も手伝うぞ?」

 「ううん平気。佐倉君は部活に行って大丈夫」

 俺の問いかけに、鵡川は顔を上げ、俺の顔をやんわりとした笑顔を見せながら、俺の誘いを断った。


 さっきからずっとこれだ。

 俺が手伝おうと言っても、鵡川が断って「部活に行け」と言うのだ。

 部活に行きたくても、委員担当の教師に「今度も委員会の仕事さぼったら補習の旅だぞ」なんて言われてるので、行くに行けないのだ。


 「お前が終わるまで、部活には行かねぇよ」

 「…そっか、じゃあすぐに終わりにさせないとね」

 そう微笑んだ鵡川は、すぐさま作業に入る。


 「なんで佐倉君は部活に行かないの? 今は部活に行かないとマズいじゃない?」

 鵡川は顔を上げず、作業しながら聞いてくる。


 「川島ティーチャーに、やらないと補習トラベルにするぞって脅されたからな」

 「…そっか」

 鵡川はそっけなく答えた。

 川島ティーチャーとは広報委員の担当の教師。

 野球部の活躍に対してなんの興味も示さず、あろう事か、野球部快進撃の立役者である俺をこうして拘束し、部活の練習に行かせない奴だ。

 現二学年をメインに担当しており、妹千春は「生真面目なのに、唐突に面白くもないジョーク言うから面倒くさい」と嫌われている。


 俺は窓の外から見えるグラウンドへと目を向ける。

 夕日に染まったグラウンドでは野球部員どもが、必死こいて練習しているようだ。

 俺と鵡川しか残っていない教室には、彼女の字を書く音だけが響く。

 二人の間に会話はない。俺は鵡川の作業を邪魔しないように黙っているし、鵡川は作業に集中している。

 静かで、どことなく落ち着く雰囲気だった。



 鵡川が作業を終えて、二人で職員室へと向かう。

 そうして川島の奴に完成品をみせた。


 「うむ…良いだろう」

 軽く目を通した川島は、そう頷いて俺を見てきた。


 「オーケー? んじゃ、俺は部活に行って良い?」

 「うむ、良いだろう。だが佐倉、これからはしっかりと仕事しろよ。お前も一人の広報委員なんだからな?」

 「はいはい」

 川島の言葉を聞き流し、なんとか広報委員の仕事は終わった。

 その後、鵡川と一緒に昇降口まで歩く。


 「悪いな最後まで任せちゃって」

 「ううん平気。佐倉君は今野球で忙しいし、私が頑張らないと」

 そういって笑う鵡川。

 優しい、なんて優しい子なんだこの子。

 さすがミスパーフェクト、完璧超人と呼ばれるだけある。


 「ありがとな。頑張って県大会優勝しないと」

 「うん! 期待してる!」

 笑顔を浮かべながら応援してくれる鵡川。

 よしよし、こういう美人さんに応援されてこそ、気合が入るというものだ。


 「…ねぇ佐倉君」

 「どうした?」

 一階まで階段を降りてきた所で、鵡川が気まずそうに声をかけてきた。

 彼女の表情を伺う。言いづらそうに表情を歪ませている。


 「その…野球で忙しいのは分かってるんだけど…今週の日曜日って、予定ある?」

 そうして言いづらそうに鵡川が聞いてきた。

 今週の日曜日か。毎週日曜日は休みだ。だが来週からは日曜日にも練習が入るため、おそらく暇なのは今週までだろう。


 「今週の日曜に予定は無いな」

 「そうなんだ。その…もし良かったらいいんだけど…一緒にどこかで遊ばない?」

 気まずそうな顔を浮かべながら鵡川が聞いてきた。彼女からの誘いなんて珍しい。

 だが、今の俺は野球に集中したい。

 申し訳ないが断ろう。


 「そうだな…」

 だが、ここで迷いが生じた。

 何故かは知らない。だが彼女と遊ぶのも悪くないと思った俺がいた。


 「良いよ」

 っで結局頷いてしまった。

 まぁ一日ぐらい遊んでも問題はないだろう。むしろ夏前だからと野球ばっかしてると、熱が入りすぎて怪我に繋がりかねん。こういう気持ちをリフレッシュする日は設けないとな。


 「本当! じゃあさ…動物園に行かない?」

 「動物園か」

 動物園といえば、県庁所在地の市にあったな。

 おそらくあそこか。小学生の時に一回行ったぐらいだ。


 「了解した」

 って事で、今週末に鵡川と動物園に行く事になった。

 鵡川はスゲェ嬉しそうに笑っていて、その笑顔をみて自然と俺の頬も緩む。


 「ありがとう! …正直、断られると思ってたから、凄い嬉しい!」

 こんな鵡川の笑顔を見たのは初めてだ。

 普段の笑顔よりも、さらに表情が崩れている。おかげで彼女の嬉しさが凄く伝わってくる。

 そんなに嬉しかったのか。鵡川は動物とか好きなのかもしれんな。

 それとも俺に気があるのか? …いや、それは無いか。彼女が俺を好きになる理由が見当たらん。一目惚れとか、俺の顔じゃまず無いだろう。


 「佐倉君! ありがとう!」

 鵡川が俺の顔を見ながら笑顔を見せてきた。

 その笑顔にガツンとした衝撃を受けて、よろめきかけた。

 なんだその笑顔、可愛すぎんだろ! 俺を見ながらその笑顔を浮かべるな! 惚れちゃうだろうが! マジで鵡川め、あざとい。あざとすぎる。

 こういう笑顔を見せて、男を落とすんだな。さすが男キラー。男を落とす手段を無意識に発動させるとは、鵡川…恐ろしい。


 「どういたしまして」

 いつもの調子で返しているつもりだが、ちょっと顔が熱い。

 今めっちゃ照れてるぞ俺。情けないぞ俺。


 ともあれ、日曜に鵡川と動物園に遊びに行くことが決まった。

 だがその前日となる土曜日は兵庫県に遠征し練習試合をおこなう。

 とりあえずは練習試合の方に集中しよう。

 その後、鵡川と遊んで気持ちをリフレッシュすればいいさ。

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