126話
放課後を迎えた。
地区大会終了後、初となる練習。
部室でユニフォームに着替えて、部室を後にする。
最初に目に入ったのは、グラウンドの端にいる生徒たちの姿。一人や二人の話ではない。まず両手両足の指では数えられないぐらいの人。
さすが幽霊部員が多い山田高校だ。放課後暇してる学生が多すぎる。
そんなギャラリーの中に、学生ではない人もチラホラ見られた。おそらくプロ野球、あるいは大学や社会人のアマチュア野球のスカウトだろう。俺らもだいぶ有名人になったものだな。
俺らがグラウンドに登場するなり、ギャラリーの生徒どもが歓声や拍手をあげた。
これじゃあ、まんま有名人じゃないか。今のうちにサインの練習でもするか?
自然と部員たちから笑顔が生まれた。恭平なんかは普段以上にハイテンション。さすがに浮かれすぎだ。
だが、このブームに浮かれている余裕はない。
今月25日には、夏の県大会の抽選会が行われ、来月の13日には甲子園をかけ県大会の開会式が行われ、熱戦の火ぶたが切られる。
もう俺たちに残された時間はない。うかうかとしてられないのである。
普段通りアップを終えてから、いつも通りの各自の練習メニューに移る。
春の大会優勝したからといって練習メニューを変えることもないし、夏前という事で練習量の変化はない。
そらもっと夏の大会が近づけば練習メニューが変わるかもしれんが、当面は普段通りの練習が続くだろう。
レギュラーの九人は、トス用のバッティングゲージを使ったトスバッティングをおこなう。その間に松見は、里田を座らせての投げ込みを行い、肩を作っておく。
残った選手はピッチャーとキャッチャーを除く各ポジションに1人づつ付き、佐伯っちのノックを受ける。
松見の肩が出来上がると、ゲームバッティングのスタート。
レギュラー九名が、オーダー順に打席につき、打順を一回りする。
一回りで5点取れない場合は、一回り終了後、レギュラー陣は800メートルほどの外周を全力ダッシュだ。
なお、俺達レギュラー陣が5点とった場合は、相手側が外周全力ダッシュを行う。
この間に亮輔と誉は、一回り目の間に肩を作っておく。
んで二回り目は、亮輔と誉のバッテリー。
この間に、田中君と里田君のバッテリーがブルペンで肩を作る。
田中君は入部してから野手もやる傍ら、ピッチャーの練習もしている。小学校まで野球をやっていた彼は、ピッチャーも経験していたらしい。なので、ピッチングもやっている。
ちなみに二回り目、三回り目も、一回り目と同じルールが採用されている。
この練習、効率面は非常に悪い。
普通にフリーバッティングとかシートノックしたほうが、効率的には優れているだろう。
だが佐和ちゃん曰く「今は効率よりも経験。シートノックやゲームノックでは味わえない試合の緊張感を身体で覚えて欲しい」との事だ。
そして三投手を相手にしたゲームバッティングが終わると、今度はこっちが守る番となる。
ピッチャーは再び松見、キャッチャーは哲也。
こっちの守りでは1失点で負けとなる。明らかさっきよりも厳しい。まぁレギュラー陣だし厳しいのは当然だけど。
ちなみに俺は、里田相手にボールを投げ込んでいる。
って、これが終わると、本格的な守備練習が始まる。
俺はゲームバッティングでは投げない。俺の球を打てるバッターはレギュラー格でも屈指の奴しかいなので、休日練習みたいに時間が無い時じゃないとやらない。
まずはゲームノックが行われる。
各ポジションに1人づつの9人1組。残りの選手はランナーにつとめる。
さっきのゲームバッティングでの守備で出た問題点を、佐和ちゃんが指摘し、どうすれば良いかを説明。それを重点的に練習する。1組30分の3組で、計1時間半だ。
ゲームノックが終わる頃、空も暗くなり始めた。
もうこの時間になると、ギャラリーも居ない。それを待っていたかのように佐和ちゃんの本性が現れ始める。そう、ここから地獄の始まりだ。
まず照明が付けられ、俺を除いたレギュラー陣8名と里田、西岡は、トスのティーバッティング50球2セットと、早打ち20球5セットをハイスピードでおこなっていく。
そして俺は、松見、亮輔、田中の3人と、野手陣のバッティング練習が終わるまで外周走。
それぞれに監視役が付いており、俺が佐和ちゃん。亮輔が岡倉。松見が志田。田中が清一郎となっている。
ちなみに残りの選手は、佐伯っち監視の下、地獄の筋トレ練習が行われている。
通常の筋肉トレーニングのみならず、股関節を鍛える練習、体幹トレーニングなど、多方面の練習が組まれており、どれも佐伯っちが考案しているそうだ。
バッティング練習終了後、全員で集まり、ひたすら走る練習が始まる。
恭平や大輔、龍ヶ崎すらも「吐かないとやってられない」と言っちゃう程、ひたすら走る。
ベースランニングに始まり、塁間30本、20mシャトルラン、50mインターバル走、100m走、200m走とおこなっていき、ひたすら佐和ちゃんから叱咤激励される中、早いペースでこなしていく。
途中離脱も可能だが、途中離脱した奴はみんなが終わるまで佐伯っち監視の下ひたすら筋トレだ。行くも地獄、戻るも地獄とはこのことか。
時刻が8時を迎える頃、最後の締めで、伝統の近距離ノックが行われる。
ってか前よりもグレードアップしている。20本キャッチが、25本に増えた。マジ勘弁だ。
レギュラー9名と、里田、誉、西岡の12名が受けているので、他の部員達はグラウンド整備を行われている。
んで、12名全員が終わる頃、グラウンド整備も終わり、最後に一同でダウンを行って練習は終了となる。
こんな感じが続くのか…。
最後の大会に向けて、追い込みが始まっている感じだな。
スゲェ辛いが、憧れの聖地に行くためだ。強豪校はこれよりももっと厳しい練習しているのだろうと思うと、こんな練習じゃ不安になってくる。
練習は嘘をつかないと言うし、とにかく練習しないとな。
「英雄、あまり気負うなよ」
そんな事を考えていると佐和ちゃんに一言言われた。
我に返り、佐和ちゃんへと視線を向けた。
「なにがです?」
「スゲェ不満そうな顔してたから言ったんだよ。お前今、練習が物足りないとか考えてただろう」
この人はサトリかなにかか?
何故俺の心を読み取れたし。
「自主練習は軽めにしとけよ。夏前に怪我されたらたまったもんじゃないからな。夏の大会は厳しい戦いになるだろう。体を痛めつけるのも程々にしとけよ」
さらに佐和ちゃんはそう俺に忠告した。
確かにそうだが、やはり不安は残っている。
春の県大会を優勝したとはいえ、夏も県大会を優勝できる保証はない。何より…俺はまだ一度も斎京学館と対戦していない。
斎京学館の実力は本物だ。春の大会こそ負けたが、斎京学館は毎年春に弱く夏に強い学校だ。例年通りなら、今年の夏までに欠点を修正し、夏の大会で俺たちの大きな壁となるだろう。
何より、斎京学館にとっては初めてとなる、夏の県大会三連覇がかかっている。今年の夏にかける思いは相当だろう。
俺ははたして斎京学館を抑えられるのだろうか? 川端と投げ合って投げ勝てるのだろうか? 鵡川良平と戦って抑え切れるのだろうか?
そんな不安がふつふつと生まれ始める。
「英雄、あまり考えるな」
そんな俺を見透かしたように佐和ちゃんが声をかけた。
「もう夏の大会まで一ヶ月だ。一ヶ月程度じゃ、どうあがいても急に上手くなる事はない。あとはこの一年間で鍛えた力を本番で発揮できるように調整するだけだ。だから、あまり考えるな」
佐和ちゃんの言葉が、すっと胸に入ってきて、モヤモヤしていた不安や悩みと言った感情に突き刺さり、霧散させていく。
…そうだな。あまり考えても時間はない。今はレベルアップよりも、持っている力を発揮できるように調子を維持する事だけ考えれば良いか。
「…確かに、そうっすね」
「そういうことだ。自分を信じろ英雄。お前は春の中国大会を優勝した怪物様だろ?」
俺の悩みや不安を一言で消してみせた佐和ちゃんは笑いながら冗談ぽく言った。その表情は三十路過ぎてるおっさんとは思えないぐらい、子供っぽい笑顔で、自然と俺も笑みを浮かべていた。
「佐和ちゃん、甲子園連れてってやるよ」
「あぁ、その為に一年間お前を鍛え上げたからな。最低限甲子園に連れてってくれなきゃ割に合わねーよ」
お互い軽口を叩いて笑みを浮かべた。
チームを信じて、残りの一ヶ月、しっかりと練習していかないとな。
そんな感じで、残り少ない野球を堪能する日々は続く。




