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怪物は一日にして成らず  作者: ランナー
5章 春眠、怪物は目覚める
123/324

122話

 私、山口沙希が通う山田高校では、現在野球部ブームが起きている。

 それは簡単な理由なもので、春の県大会を優勝し、そして中国地方大会に出場したからだ。

 しかも今日勝てば、中国大会も優勝する。そのせいか余計にブームに熱を帯びている。


 特に二人の部員の人気は急上昇中だ。

 一人はA組の三村君。地方大会で2戦連続ホームランを放っているチームの四番。前々から男らしいイケメンとして人気はあったそうだが、今回のことで、余計に人気が上昇した。

 しかし彼には彼女が居るので、諦める女子生徒も多い。


 そしてもう一人は、私の中学からの友人である佐倉英雄。チームのエースを務めている。

 まぁ英雄は、投げている時の姿は、普段の状態では分からない隠れイケメンと言ったところだ。投げている時の英雄は、とても凛々しくて、ハンサムで、普段見せるだらしない表情はなく、爽やかな笑顔を浮かべたりして、普通に格好いい。


 私的には、英雄にはこれ以上活躍して欲しくない。

 活躍すればするほど、英雄が遠い存在になっていくから…。


 「なぁなぁ! 知ってるかぁ! 新聞のスポーツ欄に英雄の写真が載ってるぞ」

 「マジかよ! あいつ、めっちゃ有名人じゃん! 今のうちにサインもらっとくかぁ?」

 「いや英雄のサインはさすがにいらねぇよ!」

 クラスの男子が、新聞を見て大騒ぎをする。

 そう、今日の地方新聞にも英雄の名前が載った。まだ全国紙に取り上げられるほどではないが、確実に英雄は有名人になってきている。

 

 それに、インターネットでも「佐倉英雄」と打ち込んで検索すれば、たくさんのサイトが出てくる。

 野球好きの人が作ったブログや、アマチュア選手の評価をするサイト、ネット内の新聞記事など、様々なサイトが出てくる。


 高校屈指のサウスポーで、ストレートの最速が150キロを越すピッチャーとして、英雄はこの春から一躍有名人になったのだ。


 …今日は地方大会決勝。

 英雄は、活躍するのだろうか? もっと遠い存在になってしまうのだろうか?

 学校が勝ち進んでいるのに、私はまったく嬉しくない。


 「沙希ちゃん!」

 一人仏頂面を浮かべる私に話しかけてきたのは鵡川梓。

 元々は英雄が好き同士で知り合ったのだが、ここ最近、お互い下の名前で呼び合うぐらい仲良くなっていた。


 「どうしたの梓?」

 「今日佐倉君決勝戦だね!」

 私とは対照的に嬉しそうに笑う梓。

 その笑顔に私はぎこちない笑顔を浮かべた。


 「そうだね」

 「あれ? 嬉しくないの?」

 私のぎこちない笑顔を見て、梓は首をかしげた。


 「そうじゃないよ。心配だなって」

 「あー確かに、佐倉君怪我とかしなきゃ良いけどね」

 なんて心配をする梓。

 私はそこまで頭が回らなかった。確かに英雄といえど怪我すれば投げられない。

 だけど、英雄の事だ。きっと難なく回避するだろう。


 「…梓はさ、英雄が遠い存在になっちゃうかもって思ったりしない?」

 思わず本音をつぶやき、梓にぶつけた。

 彼女はどう答えるのだろうか。それが少し気になった。


 「確かに佐倉君、どんどんどんどん凄い結果残して、なんか有名人みたいになっちゃってるけど、佐倉君なら、きっと今までどおり私たちと接してくれるでしょ」

 そう自信満々に言って梓はニコッと笑ってみせた。

 彼女の笑顔が眩しかった。まるで私の中にある悪心を照らすような笑顔で、思わず視線を逸らしてしまった。

 梓は純粋に、そして本気で英雄のことが好きで、英雄を信じているのだろう。

 じゃあ私は? 英雄が遠い存在になると思っている私は、本当に英雄を信じているのだろうか?

 そんな悩みが浮かんできて、また私はモヤモヤし始めるのだった。



 「それじゃあ沙希ちゃん、私もう行くね」

 「あぁうん、またね梓」

 悩み事を抱えている沙希ちゃんと別れを告げて、私は百合ちゃん達と昼食をとる。

 学校中は野球部の話題ばかり、校長先生が率先して野球部の結果を伝えているのもあるけど、地方新聞とはいえ野球部の名前が載ったのがやはり大きかった。

 去年までは考えられないぐらい、学校中が野球部一色に染まっている。


 「しっかし、野球部すごいねー」

 野球に興味がない友達の帆波でも話題にあげるぐらい野球部の話題で学校は盛り上がっている。


 「そうだね」

 「おかげで佐倉の評価も爆上がりでしょ? 大変だねー」

 ニヤニヤ笑いながら私を見てくる。私は思わず苦笑いを浮かべた。

 帆波は続いて百合へと向ける。私も百合へと視線を向けた。

 百合は自身の携帯電話を見ながら、嬉しそうに笑っている。朝からずっとこんな感じだ。


 「どしたの百合? そんな顔して」

 「いや、英雄がさぁ」

 そういって嬉しそうな顔を浮かべたまま、携帯電話の画面を私たちに見せてくれた。


 ≪百合からもらったお守りのおかげで決勝戦進出できたぜ! ありがとう!≫

 短く書かれたその文。

 絵文字などの装飾はないが、佐倉君の性格の良さがにじみ出ている文面だ。


 「百合、佐倉にお守り渡したの?」

 「まぁね。手作りの奴」

 そういって再び画面を見て、ニヤニヤと笑う百合。

 手作りのお守りかぁ。私も毎年、弟の良平に作ってたけど、今年は佐倉君にも作ろうかな?


 「良かったじゃん百合! 佐倉今頃喜んでるよ!」

 「そうかなぁ? そうだといいなぁ」

 すごく嬉しそうにそして照れたように笑う百合。

 彼女のこんな表情初めて見た気がする。


 「英雄、まだ試合前なんだよね?」

 「そうだね」

 試合開始時刻は確かもうそろそろだったはず。


 「うー、応援メール送ろうかな…」

 そういって一人悩む百合。


 「悩むのも良いけど、そろそろ昼ごはん食べないと、時間なくなっちゃうよ?」

 悩む百合に私は苦笑いを浮かべながら諭す。

 ふと帆波へと視線を向けた。彼女はニヤニヤと笑いながら私を見ている。まるで「梓は応援メールしないのか?」と言われているような気分になった。

 その視線から逸らすように、私は窓へと視線を向けた。


 私はメールとかは送らない。佐倉君は今頃、試合前の集中とかしてるだろうし、そんな時にメールが来たら気分を悪くするかもしれない。何より、試合前は携帯電話の電源ぐらい切ってると思う。

 試合が終わってから応援メールを見ても苦笑いしか出ないだろうし、私は試合が終わって、しっかりと勝利してることが分かったらメールするつもりだ。


 空は今日も曇天。下手すれば雨が降ってくるだろう。

 広島の方は大丈夫なのだろうか? 少し心配なんかしてしまう。

 …やっぱり私も佐倉君に応援メール送ろうかな…。

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