123話
中国地方大会決勝戦、山田高校と宇部水産高校の試合が始まったから数時間、現在八回の裏、宇部水産高校の攻撃。
「ありえねぇ…」
マウンド上で俺はぼやいた。
この回もツーアウトを迎えて、次のバッターが打席に入る間、何気なくセンターにあるスコアボードへと目を向けた。
試合は我が校が4点リードしている。もう一度言う4点リードだ。
現在、6対2で我が校が大幅の得点差で勝っているんだ。
正直、もっと厳しい戦いになると予想していたし、俺もポコポコ打たれるんだろうなと覚悟だってしていた。
体には昨日の承徳戦からの疲労が残っており、ボールの切れは普段に比べ悪く、球速も言うほど出ていない。だというのにわずか2失点だ。
確かに宇部水産は打撃よりも守備特化のチームだ。それでも一度波に乗らせれば、あの好投手神田からも大量得点を取るような打線。
だが、波に乗らなければ所詮は守り勝つ野球がモットーのチームに過ぎない。
「…つまらん」
ポツリと口から不満がこぼれてしまった。
今日の宇部水産ナインはどこか気が抜けているようにも見えた。
そりゃ秋の中国大会決勝戦で敗れた浜野高校を倒してリベンジを果たしたんだ。気が抜けるのも仕方がないのかもしれないが、もうちょい俺を楽しませてくれよ。
ラストバッターを今日11個目の奪三振に打ち取りチェンジ。
俺はつまらなさすぎて、溜息を吐いてからマウンドを降りる。
「英雄! ナイスピッチ!」
哲也が笑顔を浮かべているが、俺は素直に笑えない。
中国地方大会の決勝戦。もうちょい厳しい戦いとか、楽しめる戦いを期待していたんだがな…。
「ナイスピッチ英雄!」
「英ちゃんナイス!」
ベンチに戻ったあとも、岡倉やら控え選手やらから、称賛を浴びるが、俺は作り笑いで応える。
見るからに作り笑いを浮かべてる俺だが、誰も俺の感情に気づいてくれない。きっと皆、疲れてるから作り笑いなんだろうとか、勝手に察してるのだろう。
「英雄、最終回も任せたぞ。言っとくが、つまらなくても亮輔とは代えないからな」
そんな中、佐和ちゃんだけが称賛を送ることなく、俺の心情を察して、そう小言を加えた。
分かってるよ。さすがに優勝マウンドは味わいたい。
「了解っす」
という事で、最終回も俺がマウンドへ。
体はだいぶ疲弊しているが、今日は面白いように三振を取れている。
哲也のリードのおかげでもあるし、相手打線のレベルが低いというのもあるが、やっぱり俺の実力のおかげだろう。やっぱり俺ってば怪物だな。
九回の表、我が校の攻撃。
早速、九番の石村がセンター前ヒットで出塁。続く一番恭平が初球のストレートを打ち返して右中間を破るツーベースヒット。その間に石村は本塁まで走りセーフ。あっという間の7点目。
今日は打線が好調だ。
初回から恭平、耕平君の連打でチャンスを作り、続く三番龍ヶ崎がライトスタンドにホームランぶっこんで3点先制。
三回には、ツーアウトから大輔のフォアボール、俺のライトへのツーベースヒットで二三塁のチャンスを作り、六番中村っちのセンターオーバーの走者一掃のツーベースヒットで2点。
六回にも、先頭七番秀平のセンター前ヒットから八番哲也の送りバント後、九番石村のライト前ヒットで、秀平がホームに返り1点を上げている。
四番大輔は初回のスリーベースヒットの後、三打席連続フォアボール。完璧に勝負を避けられている。
やはり大輔の怖さは、相手に十分伝わっているようだ。
もし相手が浜野だったら、もし神田に大輔との勝負を避けられていたら、今頃俺達は完璧に抑え込まれていたのだろうな。相手が宇部水産で良かった。
スリーアウトとなり、最後のマウンドへ。
「英ちゃん! ファイト!」
「英雄! 最後まで集中切らすなよ!」
「最後まで投げきれよ英雄!」
「佐倉先輩! 頑張ってください!」
岡倉、佐和ちゃん、佐伯っち、控え選手、そしてスタンド組からも俺へと声援が送られる。
最終回のマウンド。俺は気持ちを切り替えるように、一つ大きく深呼吸をしてから、三塁線のラインをまたぎ、マウンドへと走る。
最終回、あっという間にツーアウトを迎えた。
先頭バッターは代打が出されたが、これを空振り三振に打ち取り、続くバッターは初球打ちしてショートゴロ。
そしてラストバッター。
一つ、二つと空振りを奪いツーストライク。
「バッチ打ってこうぜ!」
「まだまだこれから!」
相手ベンチからの必死の声援。
それを耳にしながら、俺は哲也のサインを確認する。
インコースへのストレート。
頷き、俺は大きく振りかぶった。
相手バッターの顔は、すでに戦意喪失していた。
この様子じゃ、打てないだろう。ちゃちゃっと試合に蹴りをつけてやる。
左腕から放たれる、一筋の白い矢。
その矢は真っ直ぐに的ともいえる哲也のミットに突き刺さった。
乾いたミットの音がこだまする。バッターは手を出せず見逃した。
「ストライク! バッターアウトォ!」
ラストバッターを三振に打ち取り、今日13個目の奪三振。そして27個目のアウト。
つまりゲームセットだ。
スタンドから歓声が漏れた。バックネット裏スタンドに陣取る高校野球ファンのおじ様たちが俺たち山田高校を祝福する。
山田高校にとって春秋通じて初めてとなる中国地方大会優勝。
そう考えると、なんか嬉しくなってきて、試合中あんなにつまらなかったのに頬は自然と緩み、柔らかい笑顔を浮かべていた。
俺だけじゃない。選手たちは一様に笑みを浮かべながら、一列に整列する。
「7対2で、山田高校の勝利です。両者…礼!」
球審の声に俺達は深く頭を下げた。そして頭を上げて、大きな声で挨拶をする。
それからスタンドまで向かい、スタンドに一礼した所で、俺達は感極まって抱き合った。
初めてとなる大会優勝。
全国優勝ではないが、今の今まで厳しく辛い練習を乗り越えた俺達には十分すぎるご褒美だ。
俺にとっても久しぶりの優勝経験。中学三年生の最後の学総体の地区予選優勝以来か? あの時よりも嬉しいのは確かだ。
「良くやったお前ら! 正直感動したぞ!」
ベンチに戻り、佐和ちゃんの祝福。その声に俺達は余計に表情を崩す。今の俺たち、最高にキモイ顔してやがるぜ。
だが今日ぐらい良いだろう! 俺達はニヤけた顔のまま、球場を後にした。
球場の外へに出て、軽い反省会をおこなう。
と言っても、今日は文句なしだったようで、佐和ちゃんは珍しく問題点を指摘することなく俺たちをほめたたえた。
反省会後、整理体操をおこなったあと、俺達は一息を付き、それぞれが飲み物を飲んだり、談笑をする。
「英ちゃん! 凄い格好よかったよ!」
そんな中で、岡倉が猪のように俺に飛び掛り、そのまま抱きついてくる。
数名が飲み物を噴き出す音が聞こえた。
「放せ岡倉! 抱きつくんじゃねぇ! 暑苦しい!」
ブンブン体を振らして叩き落とそうとするが、岡倉は落ちない。なんだこいつ、子泣き爺か!?
ふと龍ヶ崎に睨まれてるのに気づいた。やめろ、そんな目で俺を睨むな。俺は悪くない。悪いのは全て岡倉だ。
「おぅお前ら! 俺は恋愛禁止するつもりはないが、もうちょい節度を守れよ!」
俺と岡倉の様子を見て、佐和ちゃんが嫌な笑みを浮かべながら、そんなことを発する。
「別に岡倉と恋愛なんかしてねぇっすよ! ってか、いい加減離れろ岡倉!」
「やだもーん! 英ちゃん大好きー!」
耳元に岡倉の嬉しそうな声。
面倒くせぇ。もういいや。じきに腕が疲れて下りるだろう。
「へぇ! 佐倉先輩と岡倉先輩って付き合ってるんですか!?」
目をキラキラさせながら聞いてくる志田。
「だってさ英ちゃん! 私たちカップルに見られてるんだって! これもう本当に付き合うしかないね!」
子供のようにはしゃぐ岡倉の声。
「志田、俺はこいつとは付き合ってない。俺はあくまでフリーだ」
岡倉から愛の告白っぽいこと言われたが、無視して志田の対応をしておく。
「えーそうなんですかー!」
「そうなんだ志田。という事で志田、俺と付き合わないか?」
「え!?」
後ろから驚く岡倉の声。すげぇ苦笑いを浮かべてる志田。
「あ、ごめんなさい。佐倉先輩はちょっと…」
そしてすげぇ嫌そうな声で断られる俺。
いや別に志田のこと好きじゃねぇから良いんだけど、今の声で地味に傷ついた。
なるほど、女子にフラれるってこういう感情になるのか…少し学習した。
「英ちゃん…」
後ろから岡倉のしょんぼり声が聞こえるが無視だ。
「英雄、そういう発言を恥ずかしげもなく言うから、英雄は女たらしになるんだよ?」
俺と志田の一見を見て哲也が呆れたように言ってきた。
女たらしってなんぞ? あとで調べておこう。
「まぁな。俺は女たらしの天才だからな!」
とりあえず女たらしの意味わからないので、天才ということにしておこう。
哲也が頭を抱えて深い溜息をついている。
帰りのバスの中で、俺はスマートフォンで女たらしの意味を調べる。
「えーっと…女たらしとは、うまいことを言って女をだましもてあそぶこと、また、そういう男をいう…」
ネットの辞書に書かれた言葉を一字一句間違えず呟いてから、俺は黙る。
「…いや、違うだろう」
ボソリとした声で否定。
俺、女たらしちゃうやろ。なんで哲也のやつ、俺のこと女たらしなんて言ったんだ。
俺は女を騙したりしないし、弄んだりしない。哲也の野郎、俺が頭悪いからってこんな悪口言いやがって。
溜息を吐いて、背もたれに体を預けた。
窓から見える景色は壁。先ほど高速道路に入った影響だろう。
明日の学校、楽しみだな。野球部話題になってるかな? ちょっと楽しみだ。




