121話
「ナイピー英雄!」
スタンドに礼をし終え、グラウンド整備も終わり、ダグアウトから出るなり、いきなり佐和ちゃんが俺の頭をはたいてきやがった。
油断していたのもあり、それを甘んじて受け止め、さらには「いたっ!」と情けない声すらあげてしまった。
この野郎、高野連に暴力監督だって密告するぞ。
「まさか150球も投げて、最終回の村中の打席で147キロを記録するとはな。恐れ入った」
「マジっすか?」
思わず佐和ちゃんに聞き返していた。
機嫌の良い佐和ちゃんは、満面の笑みで俺の顔を見る。
「あぁ、今日の最速は151キロだ」
「おぉ、さすが俺」
思わず自画自賛してしまう。
それぐらい嬉しい。150キロを記録したのは、県大会での荒城館戦以来2度目だ。
「こりゃあ、スカウトもお前の名前を完全に覚えたな。どんどんお前の知名度が上がって監督冥利につきると言うものだ」
「まぁ俺は怪物ですからね。むしろもうちょい早く頭角を表したかったですよ」
大輔みたいにな。
「文句一つ言いたいところだが、今日はよく頑張ってくれた。明日も頼むぜエース君」
「まぁ任せておけ!」
正直明日の試合は何失点かは確実にするだろう。今日疲労を持ち越さず迎えるなんて人間の身体的に無理だろうし。
だが負けるつもりはない。明日、宇部水産と当たろうと、浜野と当たろうと、絶対に負けないんだから!
「英雄!」
部員たちと雑談していると、高野の声。
高野の他に村中と末国も来ていた。
「ナイスピッチ! 今日は完敗だった!」
「完敗とかいいつつ2点も取りやがって、さすが選抜出場校だな」
試合をした相手をお互いの健闘をたたえ合う。
「佐倉だっけ、最後の一球は凄かった」
俺と高野に割って入るように村中が握手を求めてきた。
間近でみると、改めてその巨躯の体格に圧倒されてしまう。
「こちらこそ、最後まで打たれんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
村中の握手に応じて、彼の手を握る。
自然と笑みを浮かべて見せた。それを見て強面の村中の表情もやっと緩んだ。
「次会うときは甲子園だ。今度は絶対打ってやるからな」
「おぅ、上等だ!」
承徳の戦力なら夏の甲子園も十分狙えるだろう。
次戦うときは甲子園。そう約束してみせた。
末国は大輔と話をしているようだ。
大輔はすげぇ敵意むき出しにしている。
「甲子園で戦ったら全打席ヒットにするからな!」
「あぁ、今度も抑えてやるよ!」
敵意むき出しの大輔に対し、末国は余裕の表情。
しばらく村中、末国、高野と試合後の雑談をしたあと、高野たちが相手キャプテンに呼び出しをくらったので、別れることに。
「そんじゃあ英雄、明日も頑張れよ!」
高野が笑顔で、俺にエールを送る。
俺は「おぅ」と笑顔で返事をする。
そして承徳の三人と別れを告げた。
俺のスマートフォンの連絡先に新たに2人の名前が追加されたのは、ここだけの話だ。
さて、明日の決勝の相手が決まる試合を観戦する。
浜野対宇部水産の試合だ。
試合が始まる前のシートノック中に、さっきの試合中に届いたメールを開く。
沙希、百合、美咲ちゃん、鵡川…男友達からも結構来ているな。
それを簡素な内容で素早く返信していく。
「佐倉先輩って、いつも誰とメールしてるんですか?」
俺がメールをしていると、志田後輩が聞いてくる。
正直、俺が誰とメールをしようが、こいつには関係ないだろう。
「別に、男友達の時もあれば、女友達の時もあるよ」
「へぇ~。佐倉先輩の女友達って何人ぐらい居るんですかぁ?」
なんだそのちょっと嘲笑ってるような声は?
俺に女友達がいないとでも思ってるのか?
「はぁ? それ聞いてどうするつもりだよ」
俺は携帯電話から顔を上げて、志田の顔を見ながら聞く。
「いやぁ、佐倉先輩にも女友達って居るんだなぁ。って思いまして」
本当に志田の野郎思ってやがった。
クソが、女だろうと容赦しねぇぞ?
「あ! それ分かる!」
志田の隣に座っていた松見が声をあげる。
はい、お前はあとで関節技の刑だ。覚悟しとけよ松見。
「ねー!」
ねー! じゃねーよ志田。てめぇも関節技かけるぞオラァン!
「俺を馬鹿にするな。そうだなぁ。沙希だろう。百合だろう…。それから……」
頭の中で、女友達を数えていく。
結構、女子の知り合いは多い。交友は広げろと親父から言われてるし、男女問わず知り合いは増やしている。とはいえ、ここから友人と言えるのは少ないかもしれん。
まぁ女友達のほとんどが、野球を始めてから仲良くなった奴らだがな。それまでは女子に敬遠されていた。一年の時に色々とやらかしたせいでだ。主に恭平関連だが。
「あと鵡川ぐらいか」
「えっ! 鵡川って、あの鵡川梓先輩ですか!?」
「あぁ、そうだけど」
鵡川の名前を出すなり、志田は驚いた表情を浮かべて、聞き返してきたので返答する。
おいおい既に一年生の間にまで鵡川の名前広がってるのか。あいつ凄すぎだろう。
「凄いですね先輩」
「なにが?」
「だって鵡川先輩って、一年の男子からは凄い人気あるんですよ。しかも男の人と話している姿を見たことがないって言われてるくらいですからね。そんな人と友人なんて凄いですよ先輩!」
いや、俺よりも鵡川のほうが凄すぎるだろう。
あいつ、同学年、一つ後輩のみならず、二つ下の後輩の男子からも憧れの的とか。
ミスパーフェクトの名は伊達じゃないな。
「さすが佐倉先輩です」
「なにがさすがだ。皮肉か?」
さっきの志田の女友達いなさそう発言を根に持っている俺は、志田に対してそんな返答した。
「なっ! 皮肉じゃないですよ! 本当に凄いです! これは佐倉先輩の魅力ですね」
「はいはい、もうすぐで試合始まるから、おとなしく見てなさい」
「うわっ、そうやって流すの最低です!」
頬を膨らませてムッとさせている志田は無視だ。
そんなあざとい行動など、既に岡倉の奴がやりつくしているわ。
「わはは、佐倉先輩に嫌われてやんのー!」
松見はガキのように笑っている。
言っとくがお前も俺から嫌われてるからな? 関節技かけるリストに名前が載ってるんだからな? あとで覚えとけよ?
グラウンドへと視線を向ける。
どうやら、今日の浜野高校の先発ピッチャーは神田じゃないようだ。背番号13番をつけている堂島と言う投手。
右投げの投手で球の切れや伸び、制球力など、全てにおいて神田に劣っているように見える。こればかりは試合が始まらないと分からないが、神田以下なのは間違いない。
「なんで神田で行かないんだろう」
隣で呟く哲也。
確かに相手は山口県の優勝校である宇部水産だ。そんな相手に神田をぶつけないでどうするんだ? って話だろう。
「おそらく、神田の後釜作りだろうなぁ」
「あぁ? おぉ佐和ちゃん」
後ろから声がしたので、振り向くと、佐和ちゃんが通路に立って試合を観戦していた。
「後釜作りですか?」
佐和ちゃんに気づいた哲也が聞き返す。
「あぁ、神田は三年生だろう? あの堂島は二年生、神田が引退した後のエース候補だな。まぁ俺らで言うところの亮輔だな。全国区のチームと真剣勝負できる機会は少ない。だから、ここで試してるんだろう」
「なるほど」
佐和ちゃんの説明に、哲也は頷いていた。
佐和ちゃん言うとおり、全国レベルのチームと真剣勝負できる機会なんて、滅多に無い。将来の後釜作りか。
こっちは三年間に全てをかけてるのに、監督は三年後も見据えていかないといけないわけか。監督も大変だな。
試合が始まり、早速、宇部水産が先制した。
一番から三番まで、連続ツーベースヒットで2点先制。さらに四番のスリーベース、五番の犠牲フライで初回から4点を奪う。
残念ながら、堂島は全国に通用するピッチャーではないようだ。それもそのはず、浜野高校が全国大会に出場できているのも9割は神田のおかげとも言える。
その神田が登板しないなら、容易に攻略できると言う話だ。
二回に3点、三回に2点で、ついに堂島は降板し、神田が登板。
しかしその神田に、勢いに乗った宇部水産が襲い掛かる。
神田は四回に1点、五回に2点、七回に1点を奪われてしまう。
宇部水産は七回までに13点を挙げる猛攻を見せる。
浜野もなんとか追いつきたいが、あの打線では守備の堅い宇部水産を攻略するのは無理だろう。
五回に1点返したが、13対1で大幅リードで負けている。
昨日の広島東商業との試合を見た限りでは考えられないような試合展開だな。
そうして最後までリードを保った宇部水産が13対1で勝利した。
勢いのある宇部水産打線を抑え切れなかった神田。
あの神田ですら抑えきれない打線か。
「神田が先発していたら、こんなワンサイドゲームにはならなかっただろうし、下手すれば浜野が勝っていただろうな」
試合終了のサイレンが鳴り響く中で、佐和ちゃんはそんな事を呟いていた。
「宇部水産の打線は勢いに乗った時が怖い。逆に勢いに乗らせなければ怖くない。ピッチャーも浜野の神田に比べればイマイチだ。元々守備の堅さが売りのチームだしな。今年は、守備が良いうえに打撃力もあるってだけだ」
佐和ちゃんの言葉を選手たちが黙って聞く。
「浜野が来ていたら、最悪投げ負けていたかもしれんが、宇部水産ならまだ勝ち目がある。優勝は近くなったな」
佐和ちゃんの言葉に、俺の心臓が高鳴った。
優勝と言う言葉を聞いたせいだ。明日勝てば、中国地方大会優勝。
やべぇ、早く試合がしたい。
もう疲労とか関係なく投げたい。
神田と投げ合えなかったのは残念だが、それでも宇部水産の勢いに乗ったら怖い打線と戦えるならまぁ良いか。
明日が楽しみだ。




