3話
ジェイクから頼みを聞いた翌日、ゼンは約束の時間にハンターギルドに来ていた。
人が動き出してしばらく経った時間、ギルドの中には仕事がなかなか見つからないハンター、朝が苦手なハンター、意味もなくうろうろしているハンターなどがいるが、それもまばらだった。
あの後、ゼンはジェイクになぜ自分に頼むのかと聞いた。どう考えても自分よりも相応しい人間がいるはずだ。不愛想でコミュニケーションも苦手、自分に頼む理由がわからなかった。が、
「後進育成期間があるだろ、忘れたのか?」
ジェイクの一言ですんなりとはいかないものの納得した。
後進育成期間。それは高ランクハンターに課せられた義務だ。ハンターはギルドに対する貢献度等によってランク分けされる。下からE、D、C、B、A、Sと上がっていく。後進育成期間が設けられているのはAランクで、一定期間ギルドから推薦されたハンターの実力向上のために努めなければならない。
ゼンはAランクになってからしばらく経つ。しかし、今までギルドからその話はなかったのですっかり忘れていた。
義務ならば致し方ない。ゼンはそう思い、その話を受けた。
ギルドに幾つかある椅子にジェイクが腰かけていた。テーブルを挟んだ向かい側にもう一人座っている。
「よう、来たかゼン」
ゼンに気付いたジェイクが声をかけてきた。
「ああ。 ……彼女が?」
「ああそうだ。 紹介しよう、ユリア・ブラストだ」
ゼンは紹介されたユリア・ブラストの方を見た。褐色の肌に銀色の長髪。目は切れ長の美しい女性だった。腰には二振りの剣が差さっている。
ユリアは椅子から立ち上がり、ゼンに向き直った。
「初めまして、ユリア・ブラストです。 これからしばらくの間よろしくお願いします」
「……ああ、ゼン・ナハトだ。 よろしく」
ゼンは驚いていた。一つはユリアの美しさだ。どうして命を賭して金を稼ぐようなハンターという仕事をしているのか。ユリアほどの美人ならばハンターより稼げなくとも安全で安定して稼ぐことのできる仕事があるはずだろう。
もう一つは女性だと言うことだった。ゼンは昨日の内にハンターの面倒を見てくれとは言われたがそれが女性だとは聞いていなかった。
そもそも後進のハンターにつくAランクハンターは同性だ。異性間だとトラブルが起きやすいため、暗黙の了解としてそうなっている。
しかし実際目の前にいるのはユリア・ブラストという女性だった。
「ジェイク、どういうことだ?」
「別に、同性でないといけないっていう決まりはねえだろ?」
「確かにそうだが……」
問題を起こす気はさらさらない。だが、人の感情の機微に疎い自分が、同性よりも更にわかり難い異性の感情の機微を察して面倒をみることができるのか。ゼンには甚だ疑問だった。
「あの、いいですか?」
ゼンが悩ましく思っていると、ユリアがおずおずといった様子でジェイクに尋ねた。
「どうした?」
「ナハトさんは背中に背負われている大剣を使われるんですよね?」
「そうだ、ゼンはあの馬鹿みたいにでかい剣を棒切れみたいに振り回すぞ」
「ぼ、棒切れって……、あの、私が使うのは双剣なんですが、大丈夫なんでしょうか……?」
「ああ、そういうことか」
今の話を聞いていて、ゼンはユリアの心配事は最もだと思った。この大剣を振り回して戦うような男が双剣の使い方に精通しているとはとても思えないのだろう。
勿論、双剣を教えることができなかろうが高ランクハンターとして教えられることは多くある。また、使っている武器の種類が違おうと、ユリアがそこから足りないものを得ることができる可能性は大いにある。
しかし、今回に限ってそれは無用な心配だった。
「大丈夫だ、こいつは双剣も使えるから。 な?」
「ああ、問題ないだろう」
その答えにユリアは驚いた後、どこか疑わしそうにゼンを見ている。信用されていないようだった。
ゼンはユリアのそんな様子を見て内心で溜息をついた。
「……一度請け負ったことだ、完遂させよう」
「おう、頼んだぜ」
涼しい風が吹き通り、草の香りが舞う。ゼンとユリアは広い草原の中にいた。空は青々と澄み渡り、眠気を誘うような気持ちの良い陽気だった。
ユリアの力を把握するのに手ごろそうな依頼を受けたゼンは、昼食を各自取った後、ギルドに集合して依頼に赴いた。
ハンターのこなす依頼は様々ある。猪などの野生動物を狩るもの、薬草、鉱石などの採集・採掘、凶悪犯罪者等の賞金首を狩るもの、それぞれ専門に分かれている。そしてその中でも花形だと言われているのが魔物を狩るものだ。ゼンやユリアはこの専門となる。
この草原は王都オルフェの東側から南側に広がる広大な草原で、あまり強い魔物は出ない。まずはここに出現する魔物相手にどれだけ戦えるのか見る。育成方針はその後決めていこうとゼンは思っている。
「俺は特に指示は出さない。 メガ・ラビットを発見したらいつも通り対処してくれ」
「わかりました」
ゼンが双剣を使えることは信用していないようだったが、指示には一応従ってくれるらしい。ここで反抗されたら話し合いによる説得、不可能なら速やかに気絶させることしかゼンにはできないため一安心した。なお、話し合いによる説得の効果は期待できそうにはない。
ユリアは周囲の気配を探りながらメガ・ラビットを探す。その足取りは慎重で、足音をさせまいとしているのがよくわかる。
メガ・ラビットは体長二メートルのウサギの魔物だ。体は筋肉質であまり柔らかくなく焦げ茶色の体毛は薄い。それ故、逞しい筋肉がよく見え、普通の愛らしいウサギとは比べるのもおこがましいほど可愛くない。顔も少し厳つくやはり可愛くない。
だが、見た目通りメガ・ラビットは力が強く、前歯も爪も非常に鋭いので馬鹿にして挑むと返り討ちにあってしまう。
そんなメガ・ラビットだが、その巨体から非常によく目立つ。見晴らしの良い草原にいたら目に留まらないはずはない。なので、そこまで慎重になって探さなくてもとゼンは思ってしまう。
他の魔物も警戒しないといけないため慎重になるのは悪いことではないが、この辺りの魔物はたいして強いわけでもなく、ずっと警戒し通しというのも疲れやすい。
「……!」
どうやらユリアはメガ・ラビットを見つけたようだ。メガ・ラビットの方もユリアが目に入ったらしい。ユリアとゼンがいる方に向かって強靭な足腰で跳ねるようにして疾走してきた。
対するユリアも迎え撃つために即座に二本の剣を抜き放ち疾駆する。
ユリアの持つ双剣は一般的なロングソードに比べると短い。透き通る赤い装飾をなされた曲刀で、左手の一振りにはガードがついている。
ユリアはメガ・ラットの突進を右に跳ぶことで躱し、体勢を立て直す。
しかしメガ・ラビットも巨体を翻しユリアに向かい直った。
両者はそのまま睨みあい、じりじりと距離を詰めていく。両者とも敵の隙を伺っているようだ。まるで瞬き一つすれば負けてしまうと言うようにじっと視線を相手に突き刺している。
先に動いたのはメガ・ラビットの方だった。強靭な脚力を利用して鋭く踏み込み、左前足の刃物のような爪を振り下ろした。
血だるまの憐れな死体にあわやなりそうなところでユリアは動いた。バックステップで恐ろしい凶器を避け、振り下ろされた左前足を二対の剣で斬りつける。
メガ・ラットの体毛、筋肉を切り裂き、血が薄く散る。骨までは達していないようだが深く刃が通ったようだ。メガ・ラビットは痛みから声を上げ、元凶を排除しようと左前脚を横に振るった。
ユリアはそれを横に跳びつつ左の剣のガードで防ぐことで凌ぐ。
「くっ……!」
しかし勢いを殺しきれなかったのか、ユリアは僅かに呻く。
メガ・ラビットはそれを好機と捉えたのか、目をギラギラ輝かせて猛然とユリアに迫る。口を大きく開け、ギロチンのような前歯が露わになった。あれに噛まれたらひとたまりもないだろう。
「ハァアッ……!」
だが、現実はそうはならなかった。ユリアの身体が薄い光の粒子に覆われた瞬間、ユリアは先程までとは比べ物にならない速度で疾駆しメガ・ラビットに肉薄する。
「疾ッ!」
ユリアは驚いているメガ・ラビットとのすれ違いざま、喉元に銀色の軌跡を走らせる。
ユリアの一閃は深々と喉を切り裂き赤い飛沫が上がる。メガ・ラビットは声にならない声を上げ、よろよろとユリアに反撃しようと振り向いたが、そこで力尽き血溜まりの中へ沈んでいった。
「ふう……」
ユリアは緊張を解き息を吐いて、双剣に付いた血糊を振るって払うと、チンッと鞘にしまった。
「どうでした?」
ユリアは振り向き、一部始終を見ていたゼンに問うた。
「そうだな……」
ゼンは今しがた行われた戦闘を思い出す。悪くはなかったように思う。ジェイクに聞いたところユリアのランクはD。それを考えれば今の実力はDランクにしては高い方ではある。特に最後の薄い光を纏った姿。あれは身体強化の魔法だった。習得は難しくはないが実戦で使おうと思ったらかなり難儀な魔法だ。それを数秒とは言え使ってみせたのは素直に拍手を送りたい気持ちだった。
だが、それもDランクにおける話。Cランクにはユリアほどの者はごろごろいる。更に上のランクは言わずもがな。更なる高みを目指すなら今の実力では夢のまた夢だ。
「動きが雑で筋力も足りていない。 身体強化の魔法で筋力を補うのは悪くないがもう少し持続できるようになった方がいい」
予想よりも指摘が多かったためかユリアはえ、と固まっている。
「そもそも――」
ゼンはそんなユリアに構わず言った。
「あの程度、身体強化なしで勝てるようになれ」
それがトドメになったのか、ユリアはプルプルと震えだし、キッとゼンを睨んだ。
「それができないから申請したのよーーーーーーッ!」
ユリアは敬語も忘れ、キレた。
しかし魔物に警戒し大声を出さなかったところは流石ハンターだと言ったところか。
「ふむ、それもそうか」
ゼンは納得した。この後進育成期間は、行き詰った低ランクハンターがハンターギルドに申請を出すことで発生する。つまり申請件数がゼロならば、実質上Aランクハンターにこの義務はなくなる。
だが、この申請はなくなることはない。それどころか増える一方だ。Aランクハンターという一種の成功者の指導が受けられるのだから当然と言えば当然なのだが。申請が通った際安くない料金を取られるにもかかわらず減る傾向は今のところない。
そしてこの申請は伸びしろのあると思われる低ランクハンターから優先して受理される。Aランクハンターの数は多くない以上、今後難易度の高い依頼をこなしてくれそうな将来有望な低ランクハンターを育てたいというハンターギルドの思惑が反映されている。
申請が通ったと言うことは、ユリアは将来有望なハンターなのだろう。いったいどうやって審査しているのかは知らないが、ハンターギルドの予想はおおよそ外れない。
ユリアの様子を見るに、長らく順調に成長してきたが急に伸びづらくなったとかいう理由ではなかろうか、とゼンは考える。別に予想が当たっていようと外れていようと構わないが、扱いづらそうだというのがゼンの本音だった。
内心でそんなことを考えていると、ゼンは遠くに気配を感じた。数は百以上だろう。それらは馬ほどの速度でこちらに向かってきている。
(なるほど、確かに多いな)
ゼンはジェイクとの会話を思い出した。以前ここに訪れたときはこんなに多くの魔物が一度にやってくることはなかったように思った。
「ブラスト、敵だ」
ゼンはそう言ってユリアの注意を促した。
ユリアはゼンの言葉を聞き、即座に気配を探ろうとする。するとすぐに、遠くから迫って来る魔物の群れが見えた。
ユリアはその数に陽ヒッと小さく悲鳴を上げた。
「お、応援を呼びましょう!?」
ユリアは今すぐにでも王都に戻ってハンターギルドに応援を要請したいようだ。褐色の顔はいくらか青ざめているように見える。
しかし、応援を呼ぶ?とゼンは疑問に思った。何故応援を呼ばなければならないのか。
(ああ、そうか……)
ユリアはゼンが負けると思っているのだ。例えAランクであろうと多勢に無勢、数の力の前には為す術もないのだと。
「丁度いい」
「何が!?」
ゼンは答えない。その代わり肩にかけていた麻袋からあるものを取り出す。それはユリアが昼食を取っている合間に購入したものだった。
「それは……」
ユリアはゼンの取り出したものに目を見開く。それはロングソードよりいくらか短い二振り、曲刀の双剣だった。一つにはガードがついている。ユリアのものとは違い、装飾もなにもされておらず、武骨なものだ。しかし質自体は悪くない。
ゼンは魔物の来る方向に向かってユリアが後ろに来るように立ち、双剣を構えた。
ゼンは振り向きもせず後ろにいるユリアに向けてただ一言だけ言った。
「見ていろ」




