4話
魔物の群れが押し寄せる。ウサギにイモムシ、ヘビにクマと多種多様な魔物がいるが、ゼンの見る限り一体一体は弱い。
ゼンは後ろにいるユリアに被害が及ばぬよう駆け出した。
ゼンは巨体に似合わぬ速度で走る。まるで一迅の風が吹き抜けたようだった。あまりの脚力と速度に草が紙吹雪のように舞う。
遂に一番先頭を走っていた体毛が針のようなクマの魔物と接触した。
クマの魔物はゼンを八つ裂きにしようと雄たけびを上げ腕を振りかぶろうとするが、しかしその時には既に首から上が宙を舞っていた。
死の危険を嗅ぎとった魔物たちは脅威となる人間を殺そうと飛びかかる。
しかしゼンは飛びかかってきた魔物に突撃し、素早く左右の二刀で切り伏せる。
「グルァアッ!」
いつの間にか背後に回っていた魔物が襲い掛かるも、ゼンは独楽のように回って攻撃の範囲外へと脱しそのまま魔物を半分に切り飛ばす。
魔物たちは気付いた。瞬く間に同朋を殺したこの人間の息の根をいち早く止めなければならないことに。さもなくば明日はない。
魔物たちは物量で嬲り殺しにするため、ゼンを取り囲んだ。その間にも二桁の魔物がゼンによって葬られる。
魔物たちはじりじりとゼンに近寄っていく。襲い掛かるタイミングを窺っているようだ。
(囲まれた、か……)
ゼンの周囲はどこを見ても魔物が目に映り、ユリアは見えなくなっていた。
「見ていろと言ったからな」
ゼンはそう呟くと、じりじり迫って来る魔物に構うことなく斬りかかった。心臓を一突きし、首を飛ばし、頭蓋を切断する。時に地を這うように疾走し双剣で足を切り落とし、時に魔物の頭を踏み潰し、踏み潰した反動で他の魔物へ襲い掛かる。
そうするとあっという間に魔物の集団に風穴が開き、ユリアの姿が見えた。どうやら魔物はゼンに集中しているようだ。
ゼンはユリアから見えるように立ち回りつつ、屍の山を築き続ける。
前、横、後ろのどこから襲い掛かられようが魔物の牙は服に掠りもしない。まるで攻撃される場所がわかるように、当たらない。ウサギの歯も、イモムシの吐く糸も、ヘビの毒液も、クマの爪も一切届くことはない。
そして魔物たちは一方的に殲滅される。
ゼンはそのまま流れるよう淀みなく殲滅し続け、あっという間に最後の人型の魔物に止めを刺した。
武骨な双剣には血糊がべっとりと付着していて、刃も少し欠けている。
(致し方ないか……)
ゼンはそう思い、返り血は浴びていないため及第点と言ったところかと自分を評した。
周囲にはごろごろと屍が転がっており、辺りには濃い血の臭いが立ちこめている。しかしそれも草原の風によって直に流されるだろう。
ゼンは周囲に魔物の気配がないことを確認すると戦闘は終了したと断じユリアの方へ歩いて行った。
「ブラスト」
「はいっ!? なんでしょう!?」
ゼンが声をかけると、ユリアは上ずった声で返事をした。どうやらゼンの戦う姿を見てゼンへの認識を改めたのか、随分緊張している。
「見ていたか?」
ゼンは相変わらず平坦に尋ねる。そこに戦闘の熱は感じられない。
「はい!」
「参考になったか?」
「はい!」
「……大丈夫か?」
「はい!」
これは駄目かもしれないとゼンは思った。がちがちに緊張して自分が何に対して返事しているのかもわかっていないかもしれない。
「聞けブラスト、……強くなりたいんだろう?」
「……はい」
ゼンの問いかけにユリアは目が覚めたようにハッとし、返事をした。そこに緊張の色は未だ見られるが、受け答えする余裕はできたようだ。
「俺のようになれとは言わん。 だが拾えるものは拾い強くなれ」
「……はい」
ユリアがどうして強くなりたいのかゼンは知らない。金か、名誉か、それとも他の何かか。しかし強さを求めるならば、貪欲にならなければならない。
「明日からはギルドの訓練場で稽古をつける」
「はい」
ゼンの言葉を聞いて、色々と考えることがあるようだ。顔色はあまり良くないが、しかし気付くことがあるのはいいことだろうとゼンは思った。
「それと」
「なんですか?」
「敬語でなくても構わない。 先程はそうだっただろう?」
それを聞くと、ユリアの顔から血の気が引いた。
「い、いえ! さっきのは混乱して、思わず素が出てしまって!?」
「では素で構わない。 ブラストが俺に気を遣う必要はない」
そう言うと、ユリアは顔を俯けて黙ってしまったが、しばらくすると顔を上げて、
「だ、だったら私のことはユリアでいいわ、ゼン」
「わかった」
いつの間にか呼び方もナハトさんからゼンに変わっていたが、これも良い兆候だろうとゼンは思った。親睦が深まるに越したことはない。
「ではユリア、仕事だ」
「何?」
「剥ぎ取りだ」
ゼンはそう言うとごろごろと転がっている大量の屍を見た。少し風も吹いて、臭いも先程よりはマシになっている。きっと作業もしやすいだろう。これが臭いの籠りやすい洞窟の中なんかだと何らかの対策を施さなければならない。
魔物の身体は普通の動植物のものよりも頑丈だったり耐熱に優れていたりして、何らかの特殊な効果があるものが多い。そのため魔物由来の素材の需要は絶えることなく、ハンターも仕事に炙れることが殆どない。この世の経済の約半分は狩猟採集によって回っている。
「手間賃は出す」
なので、大量の魔物の死体は多額の現金と結びつくのだが、その素材を剥ぎ取るのには当然ながら手間がかかる。しかも百体以上を二人で剥ぎ取るのだからなおさらだ。
ユリアの顔が引き攣ってしまったのは仕方のないことかもしれない。そう思いつつもゼンは前言を撤回するつもりは全くなかった。言うまでもなく一人で剥ぎ取るのは大変だからだ。
「や、やればいいんでしょ!? やれば!」
ユリアはそう言うと足を踏み鳴らしながら魔物の死骸へ向けて歩き出した。
やけくそとはああいう状態を言うのだろうかと思いつつ、ゼンはユリアにもう一言だけ言った。
「作業は丁寧に頼む」
「わかってるわよ!」
少し離れたにもかかわらず、ユリアの声は隣にいるのと変わらないぐらいよく聞こえた。
数十分を要した剥ぎ取りの甲斐あってか、収入は結構な額となった。一体一体がさほど強くないとはいえ数が数。慎ましく暮らせば二か月は仕事をしないでもよさそうな額だった。
ユリアの稽古は明日以降始めることになった。週に五回、昼過ぎに三時間ほど。残り二日は休暇とし、稽古に差支えなければ何をしても構わないことにした。
果たしてこれで伸び悩んでいたユリアがまた強くなり始めるのかゼンにはわからないが、しかしゼンとしてはこれが適当だろうと思っている。あまり長い時間稽古をつけても身体を壊すだけで、ユリアにはこれぐらいが丁度いいと判断した。あとはユリアの努力次第といったところか。
ユリアとは手間賃を渡した後別れ、ゼンは今から昼食を取ろうとしていた。
多くのハンターギルド支部には食堂兼居酒屋が併設されている。ゼンは自分で料理店を探すのも億劫なため普段ならそこで昼食を取るのだが。
(ジェイクに会ったら面倒だな……)
魔物の素材を売却する時には遭遇しなかったが、もし偶然にでも会ってまた面倒な絡み方でもされたら嫌なので、料理店を探すことにした。
しかし、とゼンは思う。これまでそういった店を探すことがなかったのでどこに店があるのかわからない。別れる前にユリアに聞けばよかったと後悔するも、すでに遅い。
いったいどうしたものかと思いつつ歩いていると、後ろからちょいちょいと服を引っ張られた。
ゼンは立ち止まって振り向くと、そこには十歳ぐらいの幼女がいた。
「お兄さん、お腹へってますか?」
ゼンの鋭い目線に捉われても全く気にした様子はなく、にこにこと話しかけてくる。なかなか胆の据わった幼女だ。
「ああ、そうだな」
ゼンは答える。幼女の笑顔にもゼンの表情は緩むことなく平常運転だった。
「私の家、料理屋さんなんです。 おいしいですよ?」
「そうか」
ゼンの返事を了承と受け取ったのか、幼女はゼンの手を引きちょこちょこと歩き出す。ゼンもそれに逆らうことなくついて行く。食事処に案内してくれる上、幼女の店は美味しいらしい。否はなかった。
長い黒髪を頭の後ろで団子にした幼女が、砂漠地帯特有の衣装を纏う大剣を背負った大男の手を引いて歩く。周囲から奇異の目が向けられたが、ゼンは言うまでもなく、幼女も気にした素振りは見せない。
(しかし、本当に胆の据わった幼女だ……)
ゼンはそこに感心することしきりだった。
歩くこと数分、賑やかな料理店が目に入ってきた。一階建ての建物はそこそこ大きく、店の屋根には看板が張り付けられている。
(『ゴンズーラ』か、やけにゴツイ名前だな……)
「お兄さん、こっちです」
ゼンが立ち止って看板を見ていると幼女は手を引っ張って促してくる。やはりこの店で間違いないようだった。
ゼンは幼女に手を引かれるがまま店に入る。中は満席とまではいかないが、多くの老若男女が楽しそうに食事をしている。
「お客さんです、お母さん!」
「はいよ!」
幼女が母を呼ぶと、厨房の方から威勢のいい女性の声が聞こえた。あれがこの幼女の母親の声だろう。落ち着いた幼女と違いエネルギーに満ち溢れていそうな印象だ。
幼女が手を引いてゼンをカウンター席まで案内していると、周囲の客が沸いた。
「おい、誰だあの男!」
「リリスちゃんの男か!? 許せねぇ!」
「そんなわけあるかよ」
「格好いいじゃない」
「いい筋肉だな!」
一部よくわからない声が聞こえたがゼンは聞き流した。しかし、今のでこの幼女、リリスが愛されているのはわかった。顔立ちは可愛らしく歳の割には落ち着いていて礼儀正しい。なるほど、愛される理由はゼンにもわかる気がした。
「お兄さん、ご注文をどうぞ」
「そうだな……」
カウンター席に腰かけたゼンは壁に掛けられているメニューの書かれた木版を見た。しかし、ゼンには特に好みと料理いったものはない。美味しければ何でもいい。いや、不味くても食べるができるだけ美味しいものの方がいいといった具合だった。
だから結局、
「お勧めがあればそれにしてくれ」
と言って注文するのだった。
「わかりました。 少々お待ちください」
リリスはそう言ってちょこちょこと歩いて行った。周りはそれを慈しむように見守っている。
そしてリリスが厨房に注文を伝えに行くと、客たちがこちらを見た。値踏みするような視線だ。リリスが連れてきたゼンのことが気になるようだ。ただリリスのことを信用しているのか、不思議と警戒するような眼差しは見受けられなかった。
「おい、アンタ、リリスちゃんといったいどういう関係なんだ?」
その中の一人、三十代であろう男が話しかけてきた。先程「許せねえ」とか言っていた男だ。
しかし、いったいどういう関係なんだと言われても困る。知り合ったのもつい先程だ。
故に、
「客と店員の関係だ」
と答えた。
「嘘つけ! リリスちゃんと手ぇ繋いでたじゃねえか!」
「引っ張られて店に案内されただけだ」
「リリスちゃんがそんなことするなんて聞いたことねぇぞ!」
そう言われても実際にそうだったのだから仕方がない。
この男は余程悔しかったのか「くそぅ……」と鼻を啜りながら零している。
ゼンはこの男がリリスに入れ込んでいるのは十分わかったが、果たしてそれは親が可愛い娘を見るようなものなのか、それとも恋愛的なものなのか判別つきかねた。もし恋愛的な意味なら犯罪の臭いがする。ゼンは前者であって欲しいと思った。
「お待たせしました、お兄さん」
男が未だに悔しがっているとリリスが料理を運んできた。如何ほどの値段がするのか知らないが、結構な量がある。料理からは湯気が立ち上っていて、食欲をそそられる匂いが漂ってきた。
机に置かれたのはサラダ、香辛料の香りがするパスタに野菜の入ったスープ、それに煮込まれた肉料理だった。どれも美味しそうに見える。
ゼンは冷めないうちに食べてしまおうと思ってまずはパスタから口に入れる。
(美味いな……)
料理のことなどほとんどわからないゼンでも美味しいと思えた。ギルドの中の店よりも美味しいだろう。
「どうですか?」
リリスは小首を傾げて尋ねてきた。
「美味いな」
ゼンは素直に感想を述べた。「おいしいですよ?」と言っていただけのことはあると思った。
そこへ乱入者が現れた。
「リリスちゃん、その男とはいったいどういう関係なんだ!?」
当然のように、三十代のあの男だった。ゼンに訊く時より声音が優しいが、勢いは隠しきれていない。少し目が血走っている。
しかしこれは他の客たちも気になっていたようで、皆リリスから真実を聞きたがっているように見えた。
だが、こうしてリリスに答えを求めたところでゼンとそれほど差異のある返答が聞けることはない。そしてその方がこの男にとっては幸せだろう。
そうゼンが思っていると、
「今は店員とお客さんの関係ですけど……、将来はお兄さんのお嫁さんになりたいかなって思ってます」
「なんだとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
(なんだと………!?)
リリスからは衝撃の答えが返ってきた。
「お兄さん強そうですし、お金も稼いでそうですし、格好いいです。 だから結婚しようかなって思いました」
お金を稼いでそうの辺りで現実的な部分もあるなと思ったゼンだが、しかし今はそれどころではなかった。
「この野郎! リリスちゃんを誑かしてんじゃねえぞ!」
三十代の男が泣きながら立ち上がってゼンの方へ向かってきた。顔は涙と鼻水で大変なことになっている。男は今にもゼンに飛びかかってきそうだ。
しかし、
「店内での暴力行為は禁止です、お客さま」
リリスの一言で男は立ち止まった。しかし、男はどうしてもゼンを殴りたいのかリリスに向かって「でも……」やら「アイツは……」など言い縋っている。
そんな男の態度にリリスも嫌になったのか。
「もしお兄さんを殴ったらお客さまのこと嫌いになります」
とふくれっ面で言った。如何にも不機嫌ですといった顔だ。
そしてその一言が止めになったようで、男は上を向いて裁きの決まった罪人のような悲痛な声で叫ぶと、床にへたり込んでしまった。周囲の客はそんな男を見て慰めたり、いつまでもねちねちうるさいと足蹴にしたりしているが、皆何かしらの方法で傷心中の男に構ってやっているようだった。
ゼンは刃傷沙汰にまで至らずに済み、一安心した。
そこへリリスがやってきた。
「お兄さん、ご迷惑をかけてしまってすみません」
「いや、大丈夫だ」
ゼンはリリスにそう返し、きっと結婚云々は少女特有の夢見がちなものだろうと思った。年上への憧れか、偶々ゼンの顔の造形がリリスの好みに一致したのか。本心はリリスしか与り知らぬところではあるが、恐らくそんなところだろうと当たりをつける。
「また、来てくれますか?」
「そうだな、また来るだろう」
そう答えるくらいには料理は美味しい。加えてジェイクに会うのが面倒なため頻繁に訪れるようになるだろう。
「よかったです。 お嫁さんにしてくれますか?」
「……それには応えかねる」
「そうですか……」
しかし少女の想いには応えてあげることはできない。リリスも大きくなれば戦いにしか能のない自分より他のいい男を見つけるだろう。ゼンはそう思った。
「でも、気が向いたらいつでも言ってください」
「……もしそうなったら、そうしよう」
「約束ですよ?」
「ああ」
妙な約束を取り付けられてしまったが、しかし気が変わることはないだろうとゼンは思う。何も問題はない。
ひとまず今は、この目の前の料理を堪能しようと思った。




