2話
ゼンとジェイクの二人はギルドの訓練場へ向かっていた。訓練場はハンターたちが思い思いに訓練をしている。真剣に自身を鍛えようとする者、暇を持て余した挙句身体を動かしたくなった者など、理由は違えど、皆汗を垂らしながら研鑽を積んでいる。
その訓練場の中には試合場という施設があり、ギルドの受付に申請することで使用が可能だ。
試合場では血の気の多いハンターたちが実戦形式で鍛えようとする時、もしくは争いの決着を腕っ節で決める時に活用している。武器は刃の潰された剣、槍、木刀などが貸し出されているが、壊したら弁償になる。また模擬線を行うもの同士の了承とギルド職員の了承があれば己の獲物も使用可能になっている。
ただ、ギルド職員の立会が必須で、殺人は御法度となっている。
試合場は砂地で、動き回るのに十二分な広さがあった。
被害の及ばない離れたところには観客が多数いる。あの場にいた者たちだけではないようで、噂を聞きつけたハンターたちも群がっている。
恐らく副ギルド長と《鬼剣》の大立ち回りが見たいのだろう。なんだかんだと予想しあってどちらが勝つか賭けている声も聞こえる。
まるで見世物小屋の珍獣だな、とゼンはげんなりした。
そしてこの状況を作り出した張本人であるジェイクはゼンとは対照的に現状を楽しんでいるようだ。ニヤニヤしてゼンを見ている。ゼンが断れない状況を嬉しがっているようだ。
「お前がここを去って四年、俺は次お前に会った時はぎゃふんと言わせてやろうと思い、日夜鍛練に励んだ」
「……そうか」
何故か始まるジェイクの語り。ジェイクは四年間の軌跡を目を瞑って口にする。
「来る日も来る日も汗を流し、戦いに身を置いて――」
ただ、毎日ほぼ同じことを繰り返しているだけなのでほとんど同じような台詞の繰り返しだった。
(もう帰ってもいいだろうか……)
ゼンが飽き飽きして帰ろうかと思いだした頃、ようやくジェイクの口上が終わった。ジェイクは言ってやったという顔をしており、流されやすい一部のハンターはジェイクの起伏のない苦労話に感銘を受けているようだった。
「さて、お喋りはこのぐらいにしとくか。 やっぱハンターは腕っ節で語らないとなあ!」
「……そうだな」
「この後俺は仕事があるからそれに支障が出ないよう重症になるような攻撃はなしだ。 じゃあ、合図を頼む!」
ジェイクが立会人のギルド職員に合図を送る。
それを受け、ギルド職員は開始の号令をかけた。
「では、試合始め!」
合図があると同時、ジェイクはゼンへ向けて駆け出した。
ジェイクは武器を持たない。ジェイクはハンターには珍しい、徒手空拳で戦うハンターだった。
唯一武器と呼べるのは拳を覆う手甲だ。拳の部分は金属で覆われている。
ジェイクは弾丸のようにゼンに突っ込むと、勢いそのままに未だ剣も抜いていないゼンに向かってアッパーを放った。
「疾ッ!」
拳はゼンの顎に吸い込まれるように放たれた。しかし、
「遅い」
拳はゼンの大きな掌で、威力を発揮する前に受け止められていた。
ゼンは握ったジェイクの拳をそのままクイッと捻る。
「うおっ!?」
ジェイクの腕はあらぬ方向に曲がりそうになるが、
「こなくそっ!」
ジェイクは身体を同じ方向に回すことで大事を逃れ、その勢いのままゼンの手から逃れ、上段から鋭い蹴りを放つ。
が、そこにゼンの身体は既になく掠ることすら叶わない。ゼンは斜め前に進むことで蹴撃を逃れ、ジェイクが次の動作に入る前に腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
ジェイクは腹筋に力を込めることで内臓に通るダメージを減少させたが、それでも動きが鈍くなる。
そして《鬼剣》はその僅かな隙を見逃したりはしない。
「気張れ」
二メートルほど吹き飛んだジェイクに一足で接近し、掌底を左胸に叩き込む。
「ごふっ!」
ジェイクは上体を大きくのけ反らせるが、しかし後ろに倒れ込むことはなく後ろに出した右足で踏ん張りきった。
ゼンはその間は追撃することなく、ジェイクが踏ん張るところを黙って見ていた。
(今ので終わりだと思ったが……)
前のジェイクだったなら先程の掌底で沈んでいたはずだが、本人の言うように日々鍛えていたのだろう、なかなかどうして強くなっている。
「はあ、はあ、はあ………な、なんだか、前より差が開いている気が、するんだが……」
「確かにジェイクは前より強くなっていた」
それはゼンも認めるところであった。しかし、
「だが、俺も強くなった。 そういうことだろう」
ゼンの成長速度の方が速かった。ただ、それだけだった。
それを聞いたジェイクはポカンとした後、苦い顔で笑った。
「そりゃあ……そうか」
ジェイクは「ハハハ……」としばらく乾いた笑いをしていたが、正気に戻るとジェイクに向けて一言、
「参った」
と言ったのだった。
その瞬間、わっと歓声が沸いた。いつの間にか観客は膨れ上がっていて、特に男の野太い歓声は凄まじい。ここがハンターギルドの訓練場でなければ騒音公害で訴えられかねないほどだった。
「おい、お前見えたかよ!?」
「いやー、見えねえな!」
「おいおい、いい筋肉だな!」
様々な歓声が飛び交う中、ジェイクはゼンに近づいてきた。
「よかったな、これでお前も今日から人気者だ」
ジェイクはニヤニヤしながらゼンに言うのだった。
「ジェイク、お前――」
「まあ、力じゃ勝てねえからな、ちょっとした反撃だ」
ゼンは悟った。ジェイクの狙いは初めからこれだったのだ。ゼンが周りから騒がれることを苦手としていることを知っていて、わざとゼンの実力の一端を見ることができる試合場での模擬戦を行ったのだ。ジェイクは模擬戦では負けたが、模擬線をゼンに了承させた時点でジェイクとしては勝ちだった。
仕事に支障が出るかというと、そうでもない。しかし周りのハンターたちは密かに、もしくは騒々しくゼンの話題で盛り上がる。
虫唾が走るほど嫌だと言うわけではなく、苦手という程度で仕事に支障はほとんどない。
なるほど、嫌がらせとしてはなかなか適切なものかもしれない。
(しかし、小賢しいというか狡いというか……)
よく悪知恵が働く奴だとゼンは思ったが、こういったことに頭を使えるからこそ副ギルド長という立場に立っているのかもしれない。
ただ力を振るってさえすればいい自分とは違う戦場で戦っているジェイクの一端を垣間見た気がした。
まだ興奮冷めやらぬハンターたちの間を縫ってゼンとジェイクは屋内まで戻ってきた。
ジェイクは顎にある刀傷を撫でながらゼンに言った。
「ところで、まだお前は一人なのか?」
「ああ」
四年前から、いやもっと前からゼンはハンターとしての仕事を一人で行ってきた。
別に一人で仕事をすることに特別なこだわりがあるわけではない。ただ、誰かと一緒に仕事をしても、向こうからもう一緒に仕事をすることができないと言われる。誰もかれもゼンの強さに追いつけない。それが理由だった。
同じ力量のハンターと一緒に仕事をしても次の日には僅かな差ができる。そして日にちが経つごとにその差は広がってしまい大きな溝へと変わってしまう。成長する速さが誰よりも速いせいだった。
だったら自分より強いものと組めばと思っても組んでみても、やはり結果は同じ。後ろから速く、確実に迫って来る自分より遥かに若いゼン。しかも追い越されるのはそう遠くない未来。それが嫌なのだろうと、ゼンは思っている。
だからと言って、だったら誰でもいいと言う話にはならない。寄生してくるだけで、強くなる気概のないハンターとは一緒に仕事をしたくなかった。
故に一人。誰とも組まず依頼をこなす。
しかしゼンはこれを寂しいと思うことはなかった。野宿をする時の見張りを一人でやらないといけなかったりと不便もあるが、慣れてしまえばどうということはない。むしろ余計なことに煩わされないだけマシであるとさえ思える。
ジェイクにこの話をしたかどうかゼンは覚えていなかったが、話の振り方からして知っているのだろう。
だが、それならなぜそんなことを訊いてくるのだろうか。
「まあそうだろうな。 で、そんなお前に話がある」
「何だ?」
ジェイクは、やはり顎の刀傷を撫でながら言った。
「面倒を見てやって欲しい奴がいるんだ」




