第4話 証人を助けただけで、なぜか口封じに来たと思われました
破滅まで、あと二十八日。
日が沈む前に旧礼拝堂へ着いた。
扉の隙間から、祭壇が見える。男が一人、後ろ手に縛られ、喉元に剣を突きつけられていた。
「あれが見張りです」とリゼットがささやいた。
祭壇の脇では、別の男たちが長い木箱を荷車に積んでいる。
「馬車が着くまで生かしておけ。約束の時刻に来た奴も、まとめて始末する」
中から声が聞こえた。
リゼットが剣を抜きかける。セリスがその手を押さえた。
「入口から祭壇まで、十歩以上あります。いくらあなたでも届きません」
「五歩なら」
リゼットが俺を見た。
「昨日、お前の影を飛び越えたときと同じだ。横の窓からなら、五歩で届く」
割れた窓の下から、男の横顔が見えた。剣を向けたまま、正面の扉ばかり気にしている。
「じゃあ俺が、あと五歩ぶん引きつける。今日は味方だからな」
セリスが窓の先にある脇口を指した。
「見張りを連れて、あそこへ。私が外から開けておきます」
足をかばいながら、彼女は壁沿いに歩き出した。リゼットも音を立てずに窓の下へ回る。
俺は扉の脇で、セリスが壁の向こうへ消えるのを待った。
ゲームでは、礼拝堂の扉を開けるのは女勇者だ。そのときには床に血が溜まっていて、死んだ騎士がどこの誰かも分からなかった。
さっき祭壇の前にいた見張りには、ちゃんと顔がある。
リゼットが窓の下で、指を二本立てた。準備ができた合図らしい。
俺も二本立ててみた。なぜか「もう少し低く」と身振りで注意された。
……指を出す向きにも作法があるのか。あとで聞こう。三人そろって帰ったあとで。
俺は正面の扉を押した。
「こんばんは。剣を返してもらいに来た」
六人が振り向いた。
よし。俺なら、この状況であんな挨拶をする奴から目を離せない。
「……侯爵?」
一番手前の男が荷車から剣を引き抜いた。刃が青白く光る。
まずは一振り。数えるのは後でいい。
俺が影の壁を立てると、男は剣を横に振った。影の壁が音もなく裂け、刃が俺の目の前を通った。
「俺らに何を積ませたか、忘れたんですか。魔法を斬る剣ですよ」
「覚えてるなら助かる。盗んだ夜の話も聞かせてくれ」
男は答えず、もう一度振りかぶった。
さっき俺が壁を作った場所より、剣一本ぶん内側を狙っている。同じ場所で受ければ、その先にいる俺まで届く。
左へよけた。刃が石の床を擦り、白い粉が散る。
速さならリゼットのほうが上だ。だが、こいつは一発でも当てればいい。影で防いだところで、服の下は普通の人間だ。
「この剣を作った連中、もう少し使う相手を選んでくれよ」
「選んだのは、あんたですよ」
男が笑った。
売る相手を選んだのは昔の俺だ。返す言葉がない。剣の出来にまで感心するほど、反省が足りないらしい。
二振り目が木箱から抜かれた。左右から青い光が迫る。両方を受ければ、障壁ごと斬られる。
俺は椅子を影で引き寄せ、二人の間へ滑らせた。右の男が椅子を蹴り倒し、左の男が踏み越える。
奥の見張りに剣を向けていた男まで、こちらを見た。
窓の下で、小さく靴が石を擦った。
見張りのそばの男がそちらを向きかける。俺は引き寄せた椅子を、荷車の車輪へ叩きつけた。木箱が跳ね、蓋がずれる。
「荷を押さえろ!」
一人が箱へ走った。魔剣を持つ二人はこっちを離さない。少なくとも今、祭壇までの横道に立っているのは、見張りに剣を当てている男だけだ。
男が俺に叫んだ。
「それ以上動いたら、こいつから殺す!」
俺は動きを止めた。
「じゃあ聞かせろ。殺すって、お前の判断か。それとも誰かに言われたのか?」
答えを探した男の目が、つい俺へ向いた。
そこだ、リゼット。
窓の縁を、リゼットの手がつかんだ。
一歩目で窓を越える。二歩目で祭壇へ曲がる。男が気づいたときには、リゼットの剣がもうその刃を弾いていた。
五歩目は、縛られた男の縄を断つために使った。
「走って!」
脇口が開いた。セリスが見張りの腕を引き、外へ出す。すぐ後ろまで追ってきた男を、リゼットが剣の柄で打ち倒した。
見張りは外。二人も影を広げる範囲から出た。
見張りを追うつもりだった男が、足元の仲間を見て止まった。剣を握り直し、今度はこちらへ来る。
祭壇から正面扉までの距離は、最初にセリスが言ったとおり十歩以上ある。昨日の廊下なら、床ごと押さえられた。ここはその倍どころじゃない。
試しに足元の影を広げる。手前の椅子までは届いた。その先は魔剣の男が踏み込み、刃で切り払った。
「どうしました。もう一度やってみますか」
男が剣を水平に構えた。
右からはもう一人。今度は椅子を滑らせる暇もない。俺は祭壇の方を見た。
窓の外で、セリスが見張りをさらに遠ざけるのが見えた。リゼットの剣も窓の向こうにある。これで、遠慮が要るのは礼拝堂の壁くらいだ。
壁なら、直せばいい。
俺は床へ手を向けた。
「全員、剣を置け」
魔剣を持つ男が後ずさる。俺と、見張りが消えた脇口を見比べて、顔を引きつらせた。
「あんたが売れと言ったんだろう! 今度は俺たちまで口封じか!」
祭壇脇にいた男が木箱を放り出して逃げた。もう一人も扉へ向かう。
頭上に、あの気配がした。
《新たな悪名が刻まれました――〈共犯者を消しに来た暴君〉》
床へ伸ばした影が、一息で礼拝堂の奥まで届いた。
魔剣がまた黒い帯を断つ。その先から次の影が盛り上がり、剣を握る手まで包んだ。
逃げていた男の足が止まる。祭壇の陰に隠れた男が引きずり出される。剣を落とした音が、右から、左から、続けて響いた。
最初に剣を抜いた男が、影の中で片膝をついた。握った剣を捨てず、最後まで黒い帯を斬り続けている。
俺はもう一本、影を伸ばした。今度は剣を持つ手から離れたところへ。男の肘の下をくぐらせ、肩を押さえる。
刃先が床へ落ちた。影が重なるたびに青白い光が細くなり、とうとう消えた。
静かになった礼拝堂で、外から馬の音がした。魔剣を受け取りに来た馬車だろうか。御者が中をのぞき、縛られた男たちを見て、慌てて馬を返した。
追いかけようとしてやめた。俺たちが今日、ここへ来た理由は外にいる。逃げた御者のことは、まず話を聞いてからだ。
最後の一人の前で、俺は膝をついた。
「口封じする奴が、最初に『話を聞かせろ』って言うか?」
「言うんじゃないですか。あなたなら」
セリスだった。脇口から杖をついて戻ってきている。その後ろにリゼットと、縄の跡が残る見張りがいた。
セリスは男の前で足を止めた。
「今の『あんたが売れと言った』、もう一度。証人が二人います」
リゼットと見張りが、一歩前に出た。
見張りは俺の顔をまともに見られなかった。それでも、声を絞り出した。
「鍵は私が渡しました。侯爵の指示でした。隊長は、あの夜、武器庫には来ていません」
男は俺を見た。許しを待っているような顔だった。
「何で俺を見る。質問したのはセリスだ」
「そこの侯爵が、取引が済めば全部片づけると言ったからです」
「それは、私が処刑されることも含めてですか」
セリスは目を逸らさなかった。
「俺が聞いたのは、盗みの証人はいないことにする、ってとこまでです。誰を殺すかなんて、教えてくれる立場じゃなかった」
話し終えた男は、ようやく息を吸った。俺のほうは、返す言葉を探すうちに息が止まっていた。
処刑台でセリスに睨まれたときは、どうして礼も言わないんだと思った。目の前の男の口から聞くと、よくあれだけで済んだと思う。
「閣下」
セリスが俺を呼んだ。
「それでも、あのとき私を助けた理由は、まだ聞いていません」
「……死んでほしくなかった。それは今も同じだ」
彼女は短く頷いた。
セリスが目配せすると、リゼットが木箱を開けた。
二振りは床に落ちている。箱には四振り。
リゼットは箱の中の剣を一本ずつ持ち上げ、柄の数字を指でなぞった。最後に床から二本を拾うと、欠けた蓋の上に並べ直した。
「隊長。六番の剣、柄のすぐ上に傷があります」
「あなたが初めての点検で引っかけた傷ですね」
「……それは言わなくていいです」
そう言う声が少し震えていた。数字も傷も、二人には見覚えがある。ゲームの画面で同じ絵が六つ並んでいたときには、考えもしなかったことだ。
「六振り、全部あります」
リゼットが顔を上げた。昨日、俺を斬ったときと同じ目で、今度は捕らえた男たちを見ている。
「隊長。今度こそ、法廷に乗り込みましょう」
「乗り込む前に、証人を三人とも連れていかないと」
「三人?」
セリスが俺を見た。
「私に罪を着せた人が、まだ残っていますから」
「……俺、証人席に座るのか?」
「はい。今度はちゃんと、私のいる前で証言してください」
祭壇の前を見渡した。
あのゲームでここに来た騎士は、誰も立っていなかった。
「分かった。最初から話すよ」
リゼットが剣を納めた。
「ヴァルグレイヴ。法廷までは私がついていく。証言する前に死なれたら困る」
「昨日、俺の首を狙った人に?」
「今日は味方だって、お前が言ったんだろ。もう忘れたのか」




