第2話 女騎士を馬に乗せただけで、なぜか誘拐犯になりました
「私を処刑台に送ったのはあなたですよ」
助けたばかりの女騎士は、礼の代わりに俺の罪を突きつけてきた。
「……否定はしない。ちゃんと調べて、償う」
「言葉だけなら――」
「ただ、その話は逃げ切ってからにしてくれないか?」
「逃げる?」
広場の向こうで、軍法官が顔を真っ赤にしていた。
「門を閉じろ! 王国の罪人を一歩も外へ出すな!」
あいつ、俺のことまで罪人に数えてないか?
「ほら。大変なことになってる」
「あなたが処刑を妨害したからでしょう」
「今だけ正論を封印してくれ!」
俺はセリスに手を差し出した。
「一緒に来るかどうかは君が決めてくれ。ここに残れば軍に捕まる。俺と来れば、もっと面倒なことになるかもしれない」
セリスは俺の手ではなく、周囲の兵士を見た。
その目が、一瞬だけ苦しそうに細くなる。
「……まだ死ねません。あなたが何を見たというのか、聞くまでは」
「決まりだな」
「あなたを信用したわけではありません」
「知ってる。さっきから全身で伝わってくる」
俺たちは処刑台を降りた。
途端に、槍を構えた兵士が道を塞ぐ。
「投降しろ、ヴァルグレイヴ!」
「通してくれ。怪我人がいる」
「その女を盾にするつもりか!」
「話を聞け!」
……駄目だ。
この顔で何を言っても、悪い方へ解釈される。
「右です、閣下」
不意にセリスが言った。
「右の槍兵は、三歩下がると足を入れ替えます。その瞬間、列が開く」
「詳しいな」
「王国騎士団の第三中隊長でしたから」
元部下たちの癖まで覚えているらしい。
言われたとおり右へ踏み込む。
槍の穂先が一斉に突き出された。
「《影縛り》」
石畳を走った黒い影が、槍の柄だけをまとめて絡め取った。
十本の槍が、まるで一本の棒になったように動かなくなる。
「う、動かん!」
「悪いな。少し借りるぞ」
影を引くと、槍兵たちは横一列に転んだ。
セリスが目を見張る。
「……あれほどの精度で、全員を殺さずに?」
「殺す必要ないだろ」
「あなたが、それを言うのですか」
「本当に信用がないな、俺!」
そのとき、頭上に火炎の魔法陣が浮かんだ。
「魔術隊、撃て!」
「待ちなさい! この通りには民間人が――」
セリスの制止より早く、炎の矢が放たれる。
しかも三本。
俺たちの背後では、逃げ遅れた少年が転んでいた。
……おい。
それは駄目だろ。
「《影の障壁》!」
黒い幕を広場いっぱいに展開する。
炎が一滴も残さず闇へ消えた。
勢い余った魔力が地面を走り、兵士たちの足元まで影に沈める。
「ひっ! 街を丸ごと沈める気か!?」
「んなわけあるか!!」
だが誰も信じない。
俺は少年を抱き起こし、駆け寄ってきた母親のもとへ送り出した。
「行け。ここは危ない」
母親は青い顔で息子を抱きしめ、走っていく。
……せめてお礼くらい言われる人生がよかったな。
「閣下」
セリスの声がした。
「今のは、助かりました」
「……え?」
「民を巻き込ませなかったことです。礼を言っています」
処刑台で一度も緩まなかった彼女の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。
なんだ。
ちゃんと話せば分かる人じゃないか。
「だからといって、私を売った証言の件は忘れませんよ」
「分かってるよ!」
◇
西門まであと少し。
そこで、セリスの足が止まった。
「……っ」
囚人服の裾から、赤く腫れた足首が覗いている。
「その足で走ってたのか?」
「歩けます」
「さっきから顔が真っ白だけど」
「歩けます」
二歩。
セリスがぐらりと傾いた。
「ほら!」
慌てて肩を支える。
「……今のは、石畳が」
「動いたのか?」
「滑りやすかっただけです」
負けず嫌いにもほどがある。
「肩を貸す。嫌なら言ってくれ」
「……借ります」
「素直でよろしい」
「今、何か?」
「何も」
門の近くに預けていた馬へ向かう。
だが、門兵が俺たちを見つけた。
「門を閉じろ! 逃がすな!」
巨大な鉄格子が、頭上から降り始める。
「間に合わない……!」
セリスが歯噛みした。
俺は片手を上げた。
「問題ない」
影が地面から噴き上がった。
黒い帯が鉄格子の下へ潜り込み、轟音とともに落下を受け止める。
格子が宙で止まった。
「ば、馬鹿な! あの重さを……!」
門兵たちがひるんでいる間に、俺はセリスを馬へ乗せた。
「掴まってろ」
「何にですか」
「俺に」
短い沈黙。
「……必要なことだとは理解しています」
「なんでそんな重大決議みたいな顔するんだよ」
彼女は俺のコートを、指先で申し訳なさそうにつまんだ。
それでは落ちる。
「もう少ししっかり」
「……これ以上は」
「落馬したら大変だろ!」
結局、俺が彼女の手を取って自分の腰へ回した。
背後から、兵士の絶叫が聞こえた。
「見ろ! ヴァルグレイヴが女騎士を無理やり抱き寄せたぞ!」
「人質だ! 王国騎士団の中隊長をさらった!」
「どこ見てたらそうなるんだ!?」
反論は馬の蹄の音にかき消された。
しかもセリスまで、小さく呟く。
「……確かに、外から見ればそう見えますね」
「あんたまで言うのか!?」
背中で、かすかな笑い声がした。
初めて聞く、セリスの笑い声だった。
その瞬間、視界に黒い文字が浮かぶ。
『悪名――〈王国の処刑を踏みにじる暴君〉』
『畏怖の広がりを確認』
闇の魔力が、もう一段だけ増した。
さっきと同じ事件を、別の兵士たちも恐れ始めたらしい。
人を助けて、騎士を逃がして、怪我人を馬に乗せた。
なのに世間では、俺はますます凶悪な誘拐犯だ。
「……なんでだよ」
「何か?」
「いや。人生って難しいなと思って」
「まだ二十二歳でしょう」
「その二十二歳に、死刑まで三十日しか残ってないんだよ……」
「え?」
「こっちの話!」
◇
夕刻。
城へ戻ると、老執事が玄関で膝をついた。
「閣下! 王国軍から早くも『囚人を返還せよ』との文書が……!」
「分かった。後で読む」
「それで、連れ帰られた女騎士は地下牢へ?」
「客室へ」
「は?」
「客人だ。食事と寝床を用意してくれ」
執事の顔がみるみる青ざめる。
「か、かしこまりました。では、客室の窓に鉄格子を――」
「付けるな!」
横でセリスが呆れた顔をしていた。
「……あなたの城では、客人を閉じ込める習慣が?」
「あるなら俺が聞きたい」
俺は彼女へ向き直った。
「明日になったら、好きなところへ行っていい。もちろん追っ手には気をつけてほしいが」
「その前に、確かめたいことがあります」
「何を?」
「私が武器庫を開けたと書いた証言書。あなたの手元に控えがあるはずです」
執事の肩が跳ねた。
「分かった。今夜、俺も一緒に探す」
「逃げませんね?」
「逃げない」
セリスはようやく小さく頷いた。
「では、今夜はお世話になります」
初めて、彼女の方から頭を下げた。
「ただし」
来た。
「これであなたを許したと思わないでください」
「やっぱり!」
◇
同じ頃。領都の王国軍駐屯所。
「隊長が、さらわれた……?」
赤茶色の短髪をした女騎士、リゼット・フォルンが立ち上がった。
王国騎士団第三中隊の副隊長。セリスに剣を教わった、二十歳の若き騎士だ。
隊長が魔剣を盗んだ罪で捕らえられたとき、直属の彼女にも共犯の疑いがかけられた。
剣を取り上げられ、駐屯所から出ることさえ禁じられている。
だから今日、処刑場へ駆けつけることもできなかった。
「本当に、無事なのか!」
「そ、それが……ヴァルグレイヴ卿が力ずくで奪っていきました。王国軍は誰一人止められず……」
「隊長は抵抗したのか!」
「最後には、無理やりあの男に抱き寄せられて馬へ乗せられたと……」
リゼットの拳が震えた。
よりによって、あの悪名高い侯爵に。
「……待っていてください、隊長」
彼女は腰の、剣がない場所を握りしめた。
「謹慎が解けたら必ず迎えに行きます。あの悪役貴族から、絶対にあなたを取り戻してみせます!」
その決意が、次なる大騒動の始まりになることを。
まだ誰も知らなかった。




