今宵、ソートレイン亭で⑨
宣言通り1杯ずつの試飲で終わるはずがない。
勝負が始まる前にトーリの酒量はかなりのものとなっていた。
かなり自制したフィルでも軽くボトル数本分は腹におさめている。
酒の品揃えが多いことなど気にかけず、とりあえず全部試していくトーリの陽気な飲みっぷりは客からも喝采を浴びていた。
年齢的に飲酒の機会が少ないだろうと危惧したトワは、酒への耐性がそれなりにあるようだった。
飲み比べの序盤は状況をよく見ていたが、途中からは蘊蓄を語る余裕さえ出てきた。
トーリやフィルとは身体の構造が違うので、水分を排出するサイクルが短く離席することも度々ある。それでも、予想よりずっと善戦していた。
外の空気を吸ってくると言って、席を外したトワを待たず、トーリは自分のペースを貫き飲み続ける。
酒を飲む口はひとつだが、流し込む胃袋は八つあるのかもしれない。大蛇のようだと感心しながら、フィルは焼き青豆を食べる手を止めなかった。
鞘ごと焼いて焦げ目をつけた青豆は、酒との相性が抜群だった。
空きっ腹に酒だけ入れてもフィルは悪酔いすることがないのだが、飲んでばかりじゃ物足りない。
飲むこと優先のトーリとは、店を選ぶ視点がそもそも違うのだ。
ソートレイン亭ほど名は知られていないが、この店には客を通わせる魅力的なメニューが色々ある。
せっかくなら気になったものは食べておきたいので、いくつか注文させてもらった。
数品増えたくらいで、支払いの総額はそれほど変わらない。
勝てばトーリが払うのだし、こちらが負けても料金は半分になる。
もう少しボリュームのある肉料理が欲しいところだ。
追加をどれにするか迷いながら、メニューをめくっていたフィルにトーリが酒臭い息を吹きかけてくる。
「ヤバそうなら、あの坊やは早めにストップかけてやろうと思ってたんだが、さすが王族というべきか」
「お前、……気づいていたのか?」
「オレたちとやり合える資質のないヤツに、ムチャ振りしたとでも思ってたのか?」
そうだと返せず、むせたふりをしてごまかすフィルの酒杯をトーリが指で弾いた。
「ま、及第点ではあるな。酒が入っても警戒心バチバチだったお前が、傍にいるのを許す相手は希少だしなぁ」
兄貴分としての見立てを口にするトーリの声は穏やかで優しい。
「オレたちは神が有り余る力を吹き込んだ存在なんだと。たとえエリダの血縁であっても聖獣を従わせる権利などない。とどまってやるのも逃げんのもお前さんの気持ちひとつだ」
鞘を手に持ったまま、フィルはうつむく。
トワのことをすべて知ってるわけではない。
何も話していないのだから、向こうだって理解の及ばない部分が大きいはずだ。
共に人生を歩むなら、互いの目指す先が同じ方向でなくては道に迷う。
旅先で関わった人間に知恵や力を貸すことはあったけれど、ゆったり気ままに過ごしたいと願っているフィルの本質は怠惰で我儘なのだ。
誠実な王の伴侶になんてふさわしくない。
つかまってやらないのは、トワのためでもある。
「オレと個人的な賭けをしようぜ。そっちは二人一組だし、魔力も抑制してりゃ回復機能がデフォルトのお前さんにも勝ち筋はある」
喉元まで酒が上がってきているのに、トワは気合で勝負を続けている。
胃もたれもカロリー過剰も気にしなくていいフィルとは条件が違うのに、こちらに責任を押しつけては来ない。
1杯でも多く飲んで、フィルの負担を減らそうとする気持ちが充分に伝わってくる。
「何を賭ける?」
「フィルが負けたら、あの子に酒抜きでデートを申し込め」
「どんな罰ゲームだ、それは……」
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