今宵、ソートレイン亭で⑧
トワが酒器を通常サイズに変更したため、3人の酒量は大中小で目に見える差が生まれてしまった。
こちらが有利になるように働きかけたのはフィルだが、運ばれてきた酒杯の違いにため息が出る。
「フィル……飲み足りないなら、正直に言えよ」
「そういうわけじゃない」
「はいはい。さっきのはやっぱり間違いだったってさ。今、持ってきたのがエアル芋の蒸留酒『紅凛』だ」
香りを吸い込んだだけで、最初に飲んだものとは明らかに違っていた。
注文した酒に合わせて酒器も変わる。
リンゴ飴みたいな艶のある赤が印象的な陶器の酒杯は、丸みや質感まで果物のようだった。
「……あっさりして飲みやすいが、何というか水だな。これは、ほぼ水だ」
何に対しても評価を甘くつけがちなトーリが、ここまで言うのはめずらしい。
万人受けする癖のなさは、水のようだと表現するしかないのだろう。
先入観を持たずに、ゆっくり酒を口に含むとフィルも同じ評価をするしかなかった。
「水だな。サラッとしているというか、雑に薄めたようにも感じる」
水で割った蒸留酒を最後に飲んだトワは、心底嫌そうに顔を歪める。
「ストレートでこれを飲んで、水だと言い切る2人の感覚がズレているだけだ」
トーリは腹を抱えてゲラゲラと笑い出す。
味見をやり直してみようと思ったけれど、小さな酒杯には一滴も残っていなかった。
「ほらな、お前さんには足りねぇだろ?」
「確かめたくなっただけだ。トワの飲みかけを少しもらうことにする」
飲み比べは始まっていないので、チーム内での回し飲みも問題はない。
知らない相手と同じグラスを使うのは遠慮したいが、トワのものであれば嫌悪感はない。
そもそも今のフィルは治癒の権能を与えられている。唾液の交換による感染を警戒しなくてもいい。
間接キスになってしまうが、こちらの世界でそういったリリカルな概念は生まれてもいないはずだ。
深く考えず、トワの飲みかけを手に取ると信じられないという顔をされる。
「酒杯を共に使うのは、互いが親密な関係にあるというアピールだ」
「……そんなの、聞いたこともない」
「オレも初耳だぜ」
地域に根付く文化や習わしは、そこに住む者以外に浸透していない。
あの晩、ソートレイン亭で何をやらかしたか聞かされてはないが、この反応は答え合わせになる。
粘膜が接触するような行為はなかったという証明完了。
安堵したフィルは、トーリの酒杯の横に置かれた瓶をつかんで残りを一気に喉に流しこんだ。
「ん……、やはり水だな」
「だろう?」




