今宵、ソートレイン亭で⑦
記憶が曖昧なことにつけこんで、何かあったかもしれないと誤解させる。
そんな姑息な手段をトワは選ばないだろう。
やらかしがあったのか過去の自分に問いかけても、唇を押しつけたセクハラさえ覚えていなかった。
酒の失敗話は他人事だったのに、急に当事者となってしまったフィルの脳内は処理落ちしそうになる。
「なんだ、お前さんの方から積極的にやっちゃってるじゃねぇか。家族連れも多いソートレイン亭でそういう行為は即出禁だぞ。テーブルの下でじゃれ合っただけでもバレたらアウトだ」
皆の目があるところで親密な行為に及ぶわけがなない。そのくらいの理性は残るはずだとトーリに反論してやりたいが、酒で人格が変わってしまう輩も見てきた。
年下の若者を振り回す問題行動はなかったと言い切れないのがつらいところだ。
「今日はオレがしっかり見張っててやるから、存分に飲んでくれ。酒で飛んじまった記憶は、酒が呼び戻してくれるって言うよな?」
適当すぎる助言だが、酒を飲んでいい理由となるなら従うしかない。
「聞いたことはないが、一理あるな」
「じゃあ、そろそろ始めようぜ。とりあえず試しに店の酒全部飲んで、どれから枯らすか決めていくか。このメニューの上からでいいな」
手のひらに拳を打ち付け不敵に笑う友人に、フィルは初手から攻めに出る。
「お前はあのバカでかい杯を使ってくれ。俺たちは味さえわかればいいから、一番小さいのでいい」
「ちびちび飲んでて、味なんてわかんのかよ?」
煽られて対抗心を燃やせば、勝機を見失う。ここは無難に駒を進めた方が得策だろう。
「序盤で終わったらつまらないだろ? 俺たちと違って、トワは繊細なんだ」
「お前と組むなら話は別だ。かっこ悪いところを見せるわけにはいかないから気張ってくれるさ」
フィルがいるだけで身体機能がアップするわけがない。回復と治癒は専門だが、バッファーとしては他の聖獣に引けを取ってしまう。
負けを認めない気持ちが強ければ、限界を越えてしまうこともある。
それは褒めてやれない戦い方だ。
「トワ、始める前に確認しますが、限界が来る前に勝負からは降りてください。後は私が引き受けますから」
「わかった。あなたが責任を感じるようなことはしない」
真摯な眼差しは、フィルの意向をすべて汲んでくれようとしていた。
「さぁて、前哨戦の1杯目といこうか。セイガ地方特産のエアル芋から作られた蒸留酒で、甘みのある口当たりが特徴だとさ」
メニューに書かれた紹介文を読み上げながら、トーリがゆっくりと杯を傾ける。
一緒に運ばれてきた小ぶりの酒器を手に取って、フィルも同じものを味わった。
「……これエアル芋じゃない、な。イファ麦の蒸留酒と間違ってないか?」
「確かにな。独特の青臭さみたいなのはオレも感じた」
トワの感想も聞いてみようと飲む様子をうかがっていると、口に含んで数秒後ケホケホと苦しそうに咳込み始めた。
「……すまないが、グラスのサイズを替えてもらいたい。氷か水で割らずにこれを飲み干すのはつらすぎる」
「別にオレは構わないが、薄めたらその分量が増えるぞ?」
転生してからアルコールへの耐性が出来たせいで、濃度や度数を気にしたことはなかったが、ストレートで胃に流し込む酒飲みは少数派だ。
「喉が焼けてしまっては勝負が続けられない。時々、中座しても失格にはしないでくれ」
「尿意が止まるようなエッチいこと考えてたら、回数も減らせるんじゃね? まあ、それは冗談。無理はすんなよ。早々に戦線離脱されたら面白くねぇ」
挑戦者をからかいつつ、大容量の杯を空にしたトーリは猛者である。
店員を呼び、トワへの配慮として水と氷を準備させた友人にもフェア精神は備わっている。
「仕切り直して、次行くぜ! 次!」




