今宵、ソートレイン亭で⑥
ルールが変更されたことにより、ウワバミ退治の難易度はかなり下がった。
LEVEL1で挑むラスボス戦よりマシになったと言うだけで、相手を封じこめる奇策や便利な道具があるわけでもない。
強敵に臆しないトワの度胸は評価するが、正攻法で勝てるはずがないのだ。
制限を外された彼が魔法をフルに活用すれば戦況は覆る。
トーリの発言に甘えるつもりでいたフィルは、本物の護国系であるトワの申し出に耳を疑った。
「俺だけ、何でもありなのは納得いかない。フィルと組ませてもらえるのなら、他の条件はあなたに合わせたい」
トーリが最強格の聖獣だと知らないので仕方ないが、相手の力を見誤るにもほどがある。
放っておくと向こうをどんどん有利にしかねないトワに、フィルは語気を強めて言い聞かせた。
「トーリは外も内も頑丈な特別性だ。巨大なモンスターと戦うつもりで挑んでくれ」
フォントを変えるように、はんなりモードへキャラ変したかったのだが、うっかり本来の自分が出てきてしまう、
人には多面性があるのだから、恋なんて都合の良い幻想だ。
どういう反応をするかトワの様子をうかがうとギャップがどこかに響いたらしく、顔を赤らめぼうっとしている。
聖獣らしく、安定した人格を演じるのも嫌いじゃない。
相手によって見せたい面を使い分けることなんて、誰もがしている。
フィルが知らないだけで、トワにも別の顔があるのだろう。
他人を深く知りたいなんて、フィルには縁のない感情だった。
けれど、彼限定で好奇心がうずく。
無垢で清らかな純潔の聖獣が誰かに惹かれるなんて許されない。
これは単純な興味の延長だと自重して、フィルは気持ちを立て直す。
「トーリは魔力補正がなくても消化機能が優秀なようです。向こうのペースについていこうと思わないでくださいね」
作戦会議の代わりに情報を開示するとトワが軽く息を吐いた。
少し相手と距離を置く口調を選ぶことで、聖獣としての本質が表に出る。
「俺を頼ってはくれないのか?」
すがるような瞳で言われても、この飲み比べでトワが主戦力になることはない。
トーリほどではなくても、フィルの身体は聖獣仕様で長い年月に耐えられる構造になっている。
酒は花や景色と同じように称賛に値すると気づいたのはこの世界に来てからだ。
「あなたと一緒に戦えるのは心強いです。あの時も私を庇おうと飛びこんでくれましたね。糞尿のシャワーを浴びずに済んだのを感謝しています」
危機が迫ると排泄物を飛ばして威嚇すると聞いてはいたが、セミや小鳥と比べ物にならない量だった。
顔は避けたものの、トワの着ていた衣服にはいくつかシミができていた。
思い出して笑ってしまったフィルに、トワが優しい目を向ける。
「あの日もそうやって笑っていたな。酒が入ったあなたは上機嫌で何を言っても楽しげだった。俺の顔は綺麗だとか、汚れなくて良かったとか言いながら、唇を何度もくっつけてきたな」
感謝のキスのつもりだったのか、その日のフィルしかわからない。
具合が悪くなったり、翌朝に持ち越したりしなくても、理性や感覚がゆるんだり、記憶がぼんやりすることはごくたまにあるのだ。
「……ふわふわして気持ち良かったことしか、記憶にないですね」
純潔判定に引っかからない酔っ払いの戯れなど、日が変わるのと同時に忘れてほしい。
「注文分の支払いを済ませ、さっさと逃げる判断能力はあったんだろう? 本当は何もかも覚えているのではないか?」
ソートレイン亭は旅行客も訪れる有名店で、その周辺には宿屋がいくつかある。
意気投合した2人がそのまま宿で愛し合うこともあるのだろうが、フィルとトワがそうしたという事実はない。




