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今宵、ソートレイン亭で⑤


 フィルをはるかに上回る酒豪のトーリが持ちかけた飲み比べは、品種や味の違いを語り合う利き酒のことではない。

 店に置いている酒を1杯ずつ試し終えたあと、気に入った銘柄から在庫全部飲み尽くしていくガチバトルはマトモな人間を潰しにかかっている。

 酩酊感だけ楽しんで余分なものは体内で燃焼させるトーリの飲むペースは異常である。

 気持ちいい飲みっぷりは周りの客に受けるのだが、対戦者の体調が気になるフィルはギブアップするように何度も声をかけてしまった。

 フィルがあの場にいたから大事にならなかっただけで、長期療養に追い込まれた敗者もいたはずだ。

 聖獣として能力値補正はもらっていても、魔力の扱いに慣れているトーリには及ばない。

 生来の聖獣であり、同族の中でも四強の一角らしいので、回復や守護に特化したフィルは相手にならないだろう。


 フィルとトワが組むことで飲む量は半分になる。

それでも一般的な人間の年間飲酒量の数倍は飲まされる。

 客が悪ノリして対決の行方に金を賭け始めたら、享楽的な雰囲気を好むトーリの暴走は止まらない。

 トワが王族じゃないかと気付く客が紛れているかもしれないし、トーリとフィルが聖獣だと見抜いた識者が騒ぎ立てる可能席もある。

 色々と面倒になる予感しかしないので、この勝負をスルーして欲しいのだが、トワはトーリに不意打ちした負い目がある。

 勝ち筋が見えないからやらないとは言い出せないだろう。


『四方から伸びてくる鎖なんて、何も気にせずバッサリ切っちまえばいい。お前さんは考えすぎるところが良くないな』


 今を楽しめと諭されても、ごく普通の会社員だった頃の行動が根幹になっているせいか、この世界でも常識にとらわれてしまう。

 聖獣となり得たものは多い。

 スローライフではなくアクションアドベンチャーを目指せばいいのに、今も観光客気分が抜けないままだ。

 フィルが転生してきたと知らないトワには、違う世界の価値観を持っていることが、面白みになるのかもしれなかった。

 どうして誰かを特別に思えるのか。

 理由なんて人それぞれで、皆が納得する解はない。

 トワに期待させるような言動を取らなければいいのに、非情になりきれないのも不可解だった。

 

「……負けた方がここの支払いを全部持つというのはどうだろう?」


 勝つ見込みなどあるわけないのに、闘志を見せるトワに思わず笑みがこぼれた。

 フィルが狙いを定めたモンスターは数が多くても危なげなく仕留められる自信があった。

 喉を狙って噛みつく獰猛さ。

 危険が迫ると毒霧や毒針で攻撃してくる彼らは、集まると厄介な敵となる。

 食べたものを消化しようと選んだ気楽な戦いに、トワは迷わず飛び込んできた。

 必要に迫られるまで魔力を解放しないフィルが無謀な旅人に思えたのだろう。

 勘違いだったとはいえ、人助けのために身体が自然と動いた青年は光の道を行く資質を持っている。

 どんな状況でもあきらめない勇敢さを情に厚いトーリが気に入らないはずがない。


「いいねぇ。上品そうに見えて喧嘩ふっかけてくる胆力が気に入った。オレとフィルは魔力無しでやらせてもらう。お前はどんな手段を使おうが構わない」


 魔力を封印するのは容易いが、そこまでフェアにこだわるなんてめずらしい。

 勝っちまえばこっちのもんよとふんぞり返って笑うのがいつものパターンだが、おそらく今回の発言はブラフじゃない。


「トーリ、言質は取ったぞ。小賢しく魔力に頼るようならイカサマとして判定負けでいいな? 俺にお前のごまかしが通用すると思うなよ」


 念押ししたフィルに、トーリは不敵な表情をする。


「条件はそっちも同じだからな。坊やがどこまで粘れるかわからねぇが、潰れた時点でお前とオレとの決戦だ」

「いいだろう」




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