今宵、ソートレイン亭で④
旨い酒と聖獣特効による告白なんて、時が過ぎれば笑い話に変わるだろう。
恋の深みにはまってしまえば泥沼だ。
ならば、フィルが取るべき道は絞られる。
水分の排出という人の生理現象は、聖獣であるとフィルには適用されていない。
あれもこれもと注文した酒を一緒に飲んでくれたトワの限界は近かった。
少し席を外すと告げて用足しにいった彼を待っていたのは、ずらり並んだ空き瓶と精算済みを知らせる伝票だった。
残っていたボトルを空けてから帰ったフィルをトワは探してくれたかもしれない。
消化の悪い食材や利尿作用がある香草を覚えておけば、下心のある同席者を蹴散らせる。
今夜はそこまで警戒していなかったが、あれだけ飲めば弱体化したはずだ。
念のために転移魔法を使い、町から距離を取るまで躊躇はしなかった。
酔いが覚め時間が過ぎれば、落ち着くだろう。
年長者として配慮したのに、トワの恋心はあの夜から熱が引いていない。
フィルは分別をわきまえた大人の顔を作ってみせた。
「今度は、素敵な出会いの報告を聞かせてくださいね」
「再会してすぐ、次の機会の話をするのはやめてくれ」
「探査に魔道士を雇いましたか? 本当に偶然、どこかでまた会えたら、一杯くらいはお付き合いしますよ」
報酬を弾めばどんな依頼も引き受ける魔道士はいるものだ。
次は居場所をたどらせぬように撹乱の魔法をしかけておこうと決めた。
「怒っているのか?」
「いいえ、あきれてはいます。もっと他にやるべきことがあるでしょう?」
「野盗の討伐や治水工事の視察なら終わらせてきた。あなたに会うために何もかも投げ出したい気持ちを俺がどれだけ抑えていたと……」
特権だけを甘受して、なすべきことを放棄する馬鹿ではないらしい。
パタパタと尻尾を振る犬のように従順な愛情を向けられても絆されたら束縛が待ち構えている。
王宮に連れていかれたら、どんな美酒でも味気ないものに変わるだろう。
王配としての責務なんて、今のフィルが一番避けて通りたいものだ。
「私のどこがいいんですか? 自分で言うのもなんですが面白みのない男ですよ」
「そうやって眉をひそめながら、俺の気持ちを踏みにじってくる冷ややかさも魅力のひとつだ」
「……趣味が悪い」
「なんとでも。俺は自分の直感を信じている」
逃走が求愛への返答だとわかっているくせに、トワはとろけそうな顔でフィルを見つめてくる。
酒や会話に夢中で気づいてない者がほとんどだが、どこにいても人の目を集めるタイプだ。
ちらちらとトワに熱い視線を送っている女性たちを本人は気にしていないけれど。
「積もる話があるなら、座って何か注文してからにしたらどうだ。ぶっ飛ばされる前に頼んだ酒がぬるくなる」
ぶつかった場所をわざとらしく手で押さえているトーリに、トワは頭を下げ非礼を認めた。
「すまない。ベタベタと触れているのを見て、感情がどうにもならなかった。フィルはあなたに随分気を許しているようだ」
「まあ、オレはこいつが生まれて間もない頃から世話してきたようなもんだからな」
嘘はついていないが、こちらの世界に生まれ変わってからの付き合いなので、長い年月を共にした事実はない。
親族のような関係だと聞いたからか、トワは態度を改める。
「フィルの大切な人にとんでもないことを……、俺はあなたと同じテーブルに着く資格がないようだ」
「ごちゃごちゃ言ってないで注文しろって! わびる気持ちがちょいとでもあるなら、オレたちと飲み比べしようぜ」
回復や治癒が自動発動しているフィルをザルと呼ぶなら、再生と燃焼に秀でたトーリはウワバミである。
「トーリ! それはさすがに!」
あの程度の攻撃を根に持つはずがないので、面白そうだとふっかけてきただけである。
飲み慣れていない若者を酔い潰すのは、褒められた行いではない。
「お? かばってやるなんてカワイイことするじゃねぇの。いいぜ、じゃあそっちは二人一組ってことで。店長! オレたち今から飲み比べするから、どんどん酒運んでくれよな!」




