今宵、ソートレイン亭で③
そもそも恋愛への興味が希薄なので、この誓約はフィルの行動を制限するものになっていない。
美味しい酒を共に味わう飲み友達なら常時募集したいが、親しくなると線引きがあいまいになる。
勇敢さと優しさを併せ持つ若者は、同じように愛情を返してくれる相手と関係を育むべきだ。
成人したばかりだと話していたトワは、23歳まで紬として生きていたフィルより素直で可愛らしかった。
「相応しい方を見つけてください。トワの世界が広がれば私のことなんて、すぐに忘れてしまうでしょうね」
運ばれてきた地酒は口の中でまろやかに広がり、彼に差し出す言葉をなめらかに整える。
一方的な思いは苦味やえぐみのようだと感じていたのに、彼に告白されても酒の味は変わらなかった。
「……そんな人は他にいない。俺はあなたに出会ってしまった」
熱っぽい眼差しとゆるがない言葉は、酒がもたらす一時的な高揚のそれだ。
トワが好んで飲んでいたソートレイン亭特製の果実酒は、感情をかき乱す媚薬めいた力があるのかもしれない。
どれほど飲もうが即時回復する聖獣の体質は便利で、フィルは強い酒にも耐性がある。
果実酒でほろ酔いできるコスパの良さがうらやましくもあるが、やらかすことがないのはありがたかった。
「あなたの人生はまだ始まったばかりです。いつかどこかで会えたら、話を聞かせてください」
追い詰めないように、別の道をうながしてみたけれど、青年は逃げ道を塞ごうとあらがう。
「先程はトワと名乗りましたが、正式な名はトゥワル・マクギリス。俺はこの大陸の半分を統べるエリダの第一王子です。あなたを配偶者として王宮に迎え入れたい」
トワの出自や能力を視認しなかったことを悔やんでも遅い。
神の末裔とされるエリダの王族に、聖獣の権能が通用するかもあやしかった。
「……気まぐれで拾ってきた旅人をそばに置くなど、周りが許してはくれませんよ」
「俺はあなたが何者でも構わない。あなたが俺以外と結ばれる前に、すべてを賭けてつなぎとめてみせる」
「おだやかではないですね」
この世界でもあまり見ないフィルの髪色や瞳は確かに綺麗だが、紬を色変した程度のキャラクリエイトは雑である。
元の自分の2Pバージョン。カラーリングとデコレーションを変えただけだ。
カラコン、ウィッグ、メイクがあれば紬は灰月に化けられるだろう。
魅力の加点もそこまでないと思うのだが、聖獣由来の神秘が人の心を掴むのかもしれない。
そもそも恋は盲目なので、トワの目には修正フィルターがいくつもかかっている。
前世では覇気がないとか、印象が薄いとか散々な言われようだったが、自信過剰で承認欲求が強い周りと価値観が違うだけだ。
その場の空気に合わせて、聞き役に徹するのが悪いとは思わなかった。
祖母が可愛がっていた癒し系ロボットみたいに、主張せずただ見守るだけの存在にも意味がある。
自分はそういうタイプだと思っているので、フィルのスタンスはあの頃と変わっていない。
特別なことは何もしていないのに、熱をあげてしまったのは種族【聖獣】が王族に特効だったからだ。




