第7話「自販機で一番冷えている飲み物が分かる女」
「それ、ぬるいよ」
真夏の公園で、彩花が言った。
友人の理沙は、自販機のボタンに伸ばした指を止める。
「まだ押してないけど」
「その列、今二十二・八度」
「分かるの?」
「分かる」
「じゃあ一番冷たいのどれ?」
彩花は自販機を見た。
缶コーヒー。炭酸。水。お茶。スポーツドリンク。
目で温度計が見えるわけではない。ただ、ボタンを見ると中の商品が何度くらいか感覚で分かる。
「右下の水。五・九度」
「強い」
理沙は迷わず水を買った。
「冷たっ」
「でしょ」
彩花はこの能力についてだけは、かなり実用的だと思っている。
夏場限定で。
冬になるとほとんど意味がない。
温かい商品の温度も分かるが、「一番熱い缶コーヒー」を選べても、熱すぎると持ちにくいだけだからだ。
その日は高校時代の友人四人で、屋外フェスへ来ていた。
気温三十五度。
会場には長い列。
日陰は少ない。
彩花は開始一時間で英雄になった。
「あの自販機どれ?」
「お茶七度。炭酸六・四」
「こっちは?」
「全部ぬるい。補充直後」
友人は言った。
「彩花、神じゃん」
「もっと敬って」
友人たちが笑う。
午後になると、知らない人にまで話が広がった。
「すみません、一番冷たい水って分かります?」
「え?」
振り返ると、若い男性が二人立っている。
理沙が余計なことを言ったらしい。
「この人、分かるんですよ」
「ちょっと」
彩花は仕方なく自販機を見る。
「二段目の右から二つ目」
「ありがとうございます!」
男性たちは本当に買っていった。
その後も三組来た。
「もうやめて」
「人気者じゃん」
「私、自販機の冷却性能相談窓口じゃないんだけど」
夕方、友人たちとはぐれた。
スマホの電池は残り五パーセント。
人混みの中で連絡がつかない。
彩花は出口近くのベンチに座った。
喉が渇いている。
目の前に自販機がある。
一番冷たいのは炭酸飲料、五・四度。
次が水、六・一度。
なのに彩花は買わなかった。
財布を見る。
小銭が百円しかない。
交通系ICはスマホに入っているが、電池を残しておきたい。
「最悪」
その時、隣にいた小学生くらいの男の子が自販機を見上げていた。
母親らしい女性が財布を探している。
「スポーツドリンク売り切れだね」
男の子は汗だくだった。
彩花はボタンを見る。
水、六・一度。
炭酸、五・四度。
お茶、八・二度。
「これ、一番冷たいですよ」
つい言った。
母親が顔を上げる。
「え?」
「その炭酸。かなり冷えてます」
「そうなんですか?」
男の子は炭酸が苦手らしく首を振った。
彩花は少し考える。
「じゃあ水。次に冷たいです」
母親が水を買った。
男の子は両手でペットボトルを持って頬に当てた。
「あー、つめたい」
それを見て、彩花も喉がさらに渇いた。
「自分の買えばよかった」
思わず呟く。
母親が聞いた。
「お姉さん、飲み物ないんですか?」
「いや、大丈夫です」
「一本どうぞ。教えてもらったので」
「いえいえ」
結局、水を一本もらった。
冷たさは七・三度。
自販機で一番ではなかった。
でも、その日飲んだ中では一番おいしく感じた。
十分後、理沙から電話が来た。
「どこいるの!」
「出口」
「飲み物買っといて!」
彩花は目の前の自販機を見る。
一番冷たいのはまだ炭酸だった。
「何がいい?」
「一番冷たいやつ!」
「味は?」
「なんでも!」
彩花は笑った。
こんな能力でも、夏の間だけは少し人気者になれる。




