第4話「信号が変わる5秒前だけ分かる男」
青木は横断歩道の手前で突然止まった。
「五秒」
隣を歩いていた佐々木が振り返る。
「何?」
「赤になる」
「まだ青だけど」
「五、四、三」
佐々木が慌てて渡るのをやめた。
二、一。
青の点滅が終わり、信号が赤になった。
「……すご」
「まあな」
青木は少し得意げに腕を組んだ。
「未来予知?」
「信号だけ」
「え?」
「信号が変わる五秒前だけ分かる」
佐々木は黙った。
「青になるのも?」
「分かる」
「歩行者信号だけ?」
「いや、車も」
佐々木は言った。
「へえ」
「便利だぞ」
「……まあ、ちょっと」
大学時代からの友人である佐々木は、感動が薄かった。
青木としてはもう少し驚いてほしかった。
この能力のおかげで、横断歩道で無駄な一歩を踏み出さずに済む。発進直前にスマホをポケットへしまえる。急いでいる時には渡るべきか待つべきか判断できる。
地味だが便利だ。
そう思っているのは、ほぼ青木だけだった。
「で、今日何?」
佐々木が聞いた。
「相談」
「珍しいな」
二人は駅前の喫茶店へ入った。
青木には、同じ会社に気になる女性がいた。
営業部の小林。
最近、帰る時間がよく重なる。
三日前には駅まで一緒に歩いた。
昨日は向こうから「今日も同じくらいですね」と声をかけられた。
「それ、普通に誘えばいいじゃん」
佐々木がアイスコーヒーを混ぜる。
「何を」
「飯」
「簡単に言うなよ」
「信号の未来は読めるのに女心は全然読めないんだな」
青木はストローの袋を丸めた。
翌日の退勤時。
偶然、小林とエレベーターが一緒になった。
「青木さん、今帰りですか?」
「はい」
「私もです」
駅まで並んで歩く。
青木は何度も口を開きかけた。
食事でもどうですか。
たったそれだけが言えない。
最初の横断歩道。
胸の奥が反応した。
五秒後に赤。
「渡れます?」
小林が聞く。
「いや、やめときましょう」
二人は止まった。
赤になる。
「青木さん、こういうの判断早いですよね」
「まあ」
本当は能力のおかげだ。
言おうか迷ったが、やめた。
次の信号。
今度は赤だった。
会話が途切れる。
青木は横目で小林を見る。
彼女は信号の向こうを眺めていた。
胸が反応する。
あと五秒で青になる。
五。
今なら言える。
四。
「小林さん」
三。
「はい?」
二。
「今度」
一。
信号が青になった。
歩行者が一斉に動き出す。
小林も一歩踏み出した。
青木は続きが言えなかった。
「今度?」
歩きながら、小林がこちらを見る。
「いや」
「気になる」
「あの」
次の交差点まであと三十メートル。
青木はもう信号を見たくなかった。
「今度、飯でもどうですか」
小林は少し目を丸くした。
歩幅が一度だけ乱れる。
「いいですよ」
「本当ですか」
「はい。むしろ、いつ言うのかなって思ってました」
青木は立ち止まりそうになった。
「分かってたんですか」
「なんとなく」
「すごいですね」
「何がです?」
「いや」
信号でもないのに未来が分かる人間もいるらしい。
駅前の最後の横断歩道で、二人は赤信号につかまった。
青木の胸が反応する。
あと五秒で青。
「そろそろ変わりますよ」
「分かるんですか?」
「なんとなく」
青木は少し笑った。
五秒後、信号は青になった。
けれど小林はすぐには歩き出さなかった。
「店、今日決めません?」
青木も止まったままスマホを出した。
後ろから来た人が二人を追い越していく。
せっかく青になったのに、二人とも渡らなかった。
青木は生まれて初めて、それを少しももったいないと思わなかった。




