第23話「電車のドアが閉まる直前だけ分かる女」
「次、閉まる」
結衣が言った。
友人の麻奈がホームの時計を見る。
「まだ発車まで十秒あるよ」
「うん。でも閉まる」
その一秒後。
プシューッ、と音がしてドアが閉まり始めた。
麻奈は目を丸くした。
「今の分かるの?」
「閉まる直前だけ」
「何秒前?」
「一秒くらい」
「それ、便利?」
結衣は少し考えた。
「駆け込み乗車を諦められる」
「最初から駆け込まなきゃいいじゃん」
それはそうだった。
結衣には、電車のドアが閉まる直前だけ分かる。
自分が乗ろうとしている電車限定。
向かい側のホームは分からない。
バスのドアも分からない。
新幹線でも一応分かるが、一秒前に分かってもほとんど意味がない。
平日の朝。
結衣は駅の階段を上がっていた。
電車が停まっている。
間に合う。
たぶん。
残り十メートル。
五メートル。
その瞬間、来た。
閉まる。
結衣は走るのをやめた。
一秒後。
目の前でドアが閉まる。
中にいた同僚の佐野と目が合った。
佐野は口の形だけで、
「え?」
と言った。
結衣は小さく手を振った。
次の電車を待つ。
会社に着くと、佐野が言った。
「さっき、走れば乗れたんじゃない?」
「閉まるの分かったから」
「でもギリいけたでしょ」
「ギリは嫌」
「能力の使い方が慎重すぎる」
昼休み。
佐野と社員食堂にいた。
「じゃあさ」
佐野が箸を置く。
「好きな人と電車乗ってて、相手だけ先に乗って、自分がまだホームだったら?」
「何の話?」
「閉まるって分かった時」
結衣は少し考えた。
「乗らない」
「え」
「次で追いつけばいいじゃん」
「ロマンがないなあ」
「危ないよりいいでしょ」
その日の帰り。
偶然、佐野と同じ電車になった。
ホームで並ぶ。
電車が到着する。
人が降りる。
結衣と佐野は乗ろうとした。
その時。
来た。
閉まる。
結衣は足を止めた。
「佐野さん、待って」
「え?」
佐野はもう一歩進んでいた。
結衣は反射的に袖をつかんだ。
二人ともホームに残る。
ドアが閉まった。
佐野が袖を見下ろす。
結衣も手を離す。
「……危なかったから」
「うん」
少し間が空いた。
次の電車まで七分。
二人でベンチに座る。
佐野が笑った。
「結衣さんの能力、初めて役に立った気がする」
「毎朝役に立ってるけど」
「でも今日のは俺も助かった」
「それならよかった」
駅のアナウンスが流れる。
佐野が隣で言った。
「七分あるし、コーヒー買わない?」
結衣は立ち上がった。
「いいよ」
能力のおかげで乗れなかった電車。
それでも、その七分は悪くなかった。




