第2話「猫から何点と思われているか分かる男」
佐久間には、猫からの評価らしき数字が見える。
猫と目が合った瞬間、頭の中に1つの数字が浮かぶ。猫が別の人を見ているときには、その相手への数字も分かる。
何を基準にした数字なのか。上限がいくつなのか。それは本人にも分からない。
理由も、感情も読めない。
ただ、数字だけが分かる。
朝、アパートの階段下にいる三毛猫と目が合った。
――42点。
「上がったな」
佐久間は足を止めた。
昨日は38点だった。
三毛猫は欠伸をして、顔を背けた。
「4点も上がってるぞ」
もちろん返事はない。
会社へ行く途中、駐車場の黒猫がいた。
――11点。
「お前は厳しいな」
黒猫は車の下へ消えた。
佐久間は別に猫好きではなかった。
むしろ29歳になるまで、猫とはほとんど縁がなかった。
ただ、この能力に気づいてから、街中の猫を見るたび評価を確認する癖がついた。
そして最近、1匹だけ気になる猫がいる。
恋人の美咲が飼っている、白い雄猫のモチだ。
初対面の評価は、7点だった。
「低すぎない?」
思わず口にすると、美咲はモチを抱きながら笑った。
「何が?」
「いや……なんでもない」
それから3か月。
おやつを買った。
猫じゃらしも買った。
急に触らない。目を合わせすぎない。猫の方から来るまで待つ。
ネットで調べたことはだいたい試した。
現在、モチからの評価は――28点。
「遅い」
「何が?」
「いや」
美咲の家で、佐久間は床に座っていた。
モチはソファの端から彼を見ている。
――28点。
昨日と同じ。
「今日、お父さん来るからね」
美咲がキッチンから言った。
佐久間の背中が伸びる。
「今日だったっけ」
「言ったよ」
「聞いてる。確認しただけ」
美咲の父親とは初対面だった。
付き合って1年。結婚を具体的に口にしたことはないが、互いにその先をぼんやり意識している。
だからこそ緊張する。
なのに佐久間は、父親よりモチの28点の方が気になっていた。
インターホンが鳴った。
「来た」
美咲が玄関へ向かう。
モチもするりとソファから降りた。
佐久間はシャツの裾を整える。
玄関から低い声が聞こえた。
「お邪魔します」
現れた父親は、思っていたよりずっと無口だった。
「佐久間です。本日は」
「どうも」
会話が終わった。
美咲が眉を下げる。
「お父さん、もうちょっとなんかあるでしょ」
「まだ何も聞かれてない」
「そういう問題?」
テーブルを囲んでも、父親はほとんど話さなかった。
仕事は何をしているのか。
住まいはどこか。
酒は飲むのか。
短い質問がぽつぽつ続く。
佐久間は背筋を伸ばしたまま答えた。
その間、モチは父親の横に座っていた。
目が合う。
――96点。
佐久間は箸を止めた。
「……96」
「ん?」
父親が顔を上げた。
「いえ」
強い。
圧倒的だった。
モチは父親の足に身体をこすりつけている。
佐久間は28点。
父親は96点。
何が違う。
「お父さん、モチに好かれてるよね」
美咲が言った。
「別に何もしてない」
「昔から猫には好かれるんだよね」
佐久間は黙って父親を見る。
何もしていない。
その言葉が重かった。
帰り際、父親が玄関で靴を履いていると、モチが足元までついてきた。
「じゃあな」
父親は1度だけ頭を撫でた。
モチは目を細めた。
――98点。
「上がった……」
「佐久間くん?」
「なんでもないです」
父親が帰ったあと、佐久間はソファに沈んだ。
「疲れた?」
「ちょっと」
「お父さん、あれでも気に入ってたよ」
「分かるの?」
「帰る時、『ちゃんとしてるな』って言ってた」
佐久間の肩から力が抜ける。
「そっか」
その時だった。
膝に重みが乗った。
見ると、モチが乗っている。
佐久間は動けなくなった。
「美咲」
「なに」
「モチが」
「乗ってるね」
佐久間は言った。
「どうしたらいい」
「そのままでいれば?」
モチと目が合った。
――31点。
3点上がっていた。
佐久間の口元が緩む。
「……3点」
「さっきから何の点数?」
「秘密」
モチは1分ほど膝の上にいたあと、何事もなかったように降りていった。
翌朝。
いつもの三毛猫と目が合った。
――39点。
「下がってる」
佐久間は少しだけ落ち込んだ。
人間からどう思われているかは分からない。
猫の点数だけは分かる。
そしてたぶん、分かったところで人生にはほとんど何の影響もない。
それでも佐久間は、今日も道端の猫と目を合わせる。




