第16話「鳩が次にどちらへ歩くか分かる男」
駅前広場で、智也は鳩を見ていた。
一羽が首を前後に振りながら歩く。
右。
右。
左。
智也には分かる。
鳩が次の一歩を右へ出すか、左へ出すかだけが。
「何してるの?」
待ち合わせに来た妹の梨花が言った。
「見てる」
「鳩を?」
「次、右」
鳩が右へ進む。
「次、左」
左へ進む。
梨花は眉を寄せた。
「それ、前から言ってた能力?」
「そう」
「もっと人生に役立つのかと思ってた」
「俺もだよ」
智也は三十四歳だった。
能力に気づいて二十年以上になる。
競馬には使えない。
株にも使えない。
人間の進路も分からない。
鳩だけである。
しかも飛び立つ瞬間は分からない。
その日、梨花は結婚式場の下見に兄を付き合わせていた。
「お父さんとお母さんは?」
「今日都合悪いって」
「彼氏は?」
「仕事」
兄は言った。
「なんで俺」
「暇そうだから」
式場を見終え、二人は近くの公園を歩いた。
梨花が突然、足を止める。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「結婚って、どう思う?」
智也は返事に困った。
独身である。
「俺に聞く?」
「だから聞く」
ベンチの前を鳩が横切る。
右。
左。
右。
「分かんないよ」
智也は言った。
「やったことないし」
「不安なんだよね」
梨花は笑ったが、笑い方が少し薄かった。
智也は鳩を見る。
次は左。
その次は右。
けれど、その先は分からない。
「鳩と一緒じゃない?」
「は?」
「次の一歩くらいしか分からない」
梨花が兄を見る。
「急に深いこと言うじゃん」
「いや、俺は鳩の話しかしてない」
「台無し」
二人で笑った。
公園を出る直前、子どもが鳩の群れへ走り込んだ。
一斉に羽音が上がる。
智也には何も分からなくなった。
「飛ぶとダメなんだっけ」
「うん」
「ほんと使えないね」
「さっきちょっといい話した兄に言う?」
梨花は笑いながら歩き出した。
智也も後を追う。
その横を一羽だけ、飛ばずに歩き続ける鳩がいた。
次は右だった。




