第15話「自分のスマホを落とす1秒前だけ分かる女」
「あ」
美和の頭の中で、短い警報が鳴った。
一秒。
右手からスマホが滑る。
美和は左手で受け止めた。
同僚の篠原が目を丸くする。
「今のすご」
「いつもの」
「何が?」
「落とす一秒前に分かる」
篠原が尋ねた。
「スマホを?」
「自分のだけ」
篠原は少し考えた。
「便利じゃん」
「一秒だよ」
「でも画面割れない」
「たまに間に合わない」
「じゃあ微妙じゃん」
その評価が正しかった。
美和は自分のスマホを落とす一秒前だけ分かる。
一秒あれば、反射的に握り直せることもある。
しかし両手に荷物を持っているときは、「落ちる」と理解した上で落下を見届けることになる。
そして他人のスマホには一切反応しない。
金曜日の夜、美和は大学時代の友人たちと居酒屋にいた。
久しぶりに会った加奈が、スマホをテーブルの端に置く。
美和は気になった。
「そこ危ないよ」
「大丈夫」
「落ちそう」
「美和、自分のスマホしか分かんないんでしょ?」
美和は言った。
「そうだけど」
「じゃあ普通の心配じゃん」
十分後、加奈のスマホは落ちた。
「ほら!」
「能力関係ないじゃん!」
幸いケースのおかげで無傷だった。
帰り道、美和は駅のホームで電車を待った。
篠原からメッセージが来る。
《明日の映画、十三時で大丈夫?》
《大丈夫》と打ちかけたところで、警報。
一秒。
スマホが手から抜ける。
今度は受け止められなかった。
ホームの床に落ち、するりと滑った。
黄色い点字ブロックの手前で止まる。
美和の心臓が跳ねた。
拾い上げる。
画面に細いひびが入っていた。
「……分かってたのに」
後ろにいた年配の女性が心配そうに見る。
「大丈夫?」
「はい」
大丈夫ではない。
翌日、修理店で画面交換の見積もりを見た美和は黙った。
隣で篠原が言う。
「一秒前に分かるならさ」
「うん」
「ストラップ付けたら?」
「……」
美和は店頭のストラップを見る。
翌週から、首からスマホを下げるようになった。
能力はほとんど発動しなくなった。
「特殊能力、封印した感じ?」
篠原に聞かれ、美和はストラップを持ち上げる。
「文明に負けた」
その日の夕方。
警報が鳴った。
一秒。
手からスマホが滑る。
ストラップが首元で止めた。
美和は無言でスマホを見た。
篠原が笑う。
「能力いらないね」
「言わないで」




