第14話「一番早く乾く洗濯物が分かる男」
「それ、先に取り込めそうだよ」
ベランダで洗濯物を干し終えた直樹が言った。
妻の美穂が振り返る。
「どれ?」
「そのタオル」
「なんで?」
「今日、一番早く乾く」
美穂は、いま掛けた白いタオルを見る。
「見たら分かるの?」
「分かる」
「じゃあこれは?」
隣に干したTシャツを指す。
直樹は少し考える。
「一番じゃない」
「どれくらい?」
「それは分からない」
「使えないなあ」
直樹には、同時に干した洗濯物の中で、どれが一番早く乾くかだけが分かる。
二番目は分からない。
何分で乾くかも分からない。
天気が変わったら判定も変わる。
つまり、ほとんど役に立たない。
それでも直樹は洗濯の日だけ少し得意げだった。
「今日は靴下」
「どっちの?」
「右」
「左右まで分かるの?」
直樹は言った。
「乾くのが早い方だけ」
「なんで右だけ早いの」
「知らない」
土曜の朝。
二人は昼から出かける予定だった。
美穂がクローゼットを見て言う。
「着ていこうと思ってたシャツ、昨日洗っちゃった」
ベランダを見る。
薄い青のシャツが風に揺れている。
直樹は少し黙った。
「それ、一番じゃない」
「じゃあ間に合わない?」
「分からない」
「役に立たないなあ」
また言われた。
直樹は悔しくなった。
洗濯物を並べ替える。
風がよく当たる場所へ移す。
ハンガーの間隔も広げる。
扇風機まで持ってきた。
美穂が笑う。
「そこまでしなくていいよ」
「いや、乾かす」
「能力じゃなくて努力じゃん」
「能力だけじゃ足りない時もある」
二時間後。
シャツは乾いた。
美穂が着替えて出てくる。
「どう?」
「いい」
「能力のおかげ?」
直樹は少し考えた。
「たぶん扇風機」
美穂が笑った。
その日の夜。
帰宅すると、急に雨が降り始めた。
ベランダには朝干した残りの洗濯物がまだ少しある。
「やばい!」
美穂が走る。
直樹も続いた。
雨粒が落ちる中、洗濯物を取り込む。
最後の一枚を持ったところで、直樹は止まった。
「これ」
「何?」
「今日、一番早く乾いたやつ」
朝の白いタオルだった。
美穂はそれを触る。
「もう濡れてるけど」
直樹も触った。
確かに少し湿っている。
「……雨のせいで」
「能力の意味ないじゃん」
二人で笑った。
翌朝。
美穂が洗濯機を回しながら聞いた。
「今日の一番は?」
直樹はかごをのぞく。
「まだ干してないから分からない」
「ほんと融通きかないね」
「そういう能力だから」
それでも美穂は、洗濯物を干す時になると必ず聞いた。
「今日、一番早いのどれ?」
直樹は毎回、少しだけ嬉しそうに答えた。




