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死ぬほどしょうもない特殊能力  作者: 雨宮 弦


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12/24

第12話「雨が降り出す30秒前だけ分かる男」

神谷は空を見上げた。


青い。


雲はあるが、雨が降りそうには見えない。


隣を歩く同僚の吉岡が言った。


「今日、傘いらなかったよな」


「たぶん」


その瞬間、神谷の鼻の奥がむずむずした。


立ち止まる。


「来る」


「何が」


「雨」


「こんな晴れてるのに?」


「あと三十秒」


吉岡は空を見た。


「天気予報?」


「違う」


神谷は走り出した。


目の前のドラッグストアへ飛び込み、入口に並んでいたビニール傘を一本つかむ。


会計を終えた瞬間、外からぱらぱらと音がした。


そのまま、一気に強くなる。


吉岡が店先へ駆け込んできた。


肩が濡れている。


「お前、これ分かってたの?」


「三十秒前だけ」


「もっと早く言えよ」


「俺も三十秒前まで知らない」


神谷は傘を開いた。


能力に気づいたのは小学生のころだった。


雨が降る三十秒前だけ、鼻の奥が妙にむずむずする。


小雨でも豪雨でも同じ。雪は分からない。


問題は、三十秒という時間だ。


家にいるなら洗濯物を取り込める。


駅前なら屋根まで走れる。


しかし何もない田んぼ道では、三十秒早く絶望できるだけだった。


土曜日、神谷は恋人の千佳と公園にいた。


ベンチでコーヒーを飲みながら、千佳がスマホを見せる。


「夕方から雨だって」


「まだ大丈夫」


「その能力、天気予報より信用してる?」


「直前だけなら」


千佳は笑った。


散歩を続け、川沿いまで来たところで、神谷の鼻がむずむずした。


「来た」


「三十秒?」


「うん」


周囲を見回す。


屋根がない。


橋の下までは遠い。


神谷は千佳の手をつかんだ。


「走るよ」


「どこへ?」


「とりあえずあそこ」


二人は大きな木へ走った。


二十九秒ほどして、雨粒が落ちてきた。


だが、ほんの数滴だった。


十秒後には止んだ。


千佳が木の下で息を整える。


「これだけ?」


「……これだけみたい」


「私、コーヒーこぼしたんだけど」


神谷は目をそらした。


その日の帰り道。


千佳の家まであと少しというところで、また鼻がむずむずした。


「来る」


千佳が足を止める。


「今度は?」


「分からない。雨の強さまでは」


「じゃあ走る?」


神谷は空を見る。


千佳も見る。


二人とも少し考えた。


「……もう濡れてもいいか」


千佳が言った。


「うん」


三十秒後、雨が降った。


今度はかなり強かった。


「強いやつじゃん!」


「強さは分からないって言っただろ!」


笑いながら二人で走った。


能力は役に立ったのか、立たなかったのか。


神谷にはよく分からなかった。


ただ、千佳が笑っていたので、今日はそれでよかった。

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