第11話「エレベーターで誰が何階で降りるか分かる女」
「七階」
三階を通過したところで、真鍋彩は小さくつぶやいた。
隣の後輩、相田が聞き返す。
「何がですか?」
「前の人」
二人の前には、紙袋を抱えた男性が立っている。
「七階で降りる」
「なんで分かるんですか」
「分かるから」
五階。六階。
チン、と鳴って七階で扉が開く。男性は何事もなく降りていった。
相田は彩の横顔を見る。
「……便利ですね」
「何に?」
聞き返され、相田は黙った。
彩には、同じエレベーターに乗っている人が何階で降りるかだけが分かる。
押したボタンを見る必要はない。ただ、乗った瞬間に数字が浮かぶ。
目的地は分からない。誰に会うのかも、何をしに行くのかも分からない。
降りる階だけである。
その日の午後、彩は取引先のビルを訪れていた。
受付を済ませ、相田とエレベーターへ乗る。
「先輩、会議は十二階ですよね」
「うん」
途中で一人の女性が乗ってきた。紺色のスーツ。手には封筒。
彩の頭に数字が浮かぶ。
――十二。
「十二階みたい」
彩がつぶやくと、相田が小声で言った。
「同じ階ですね」
「そうみたい」
十一階を過ぎたところで、女性が鞄の中を探り始めた。
「あ……」
顔色が変わる。
「どうしました?」
彩が声をかけると、女性はスマホを取り出した。
「すみません、十一階でした」
相田が彩を見る。
彩も女性を見る。
頭の中には、まだ十二と出ている。
扉が十二階で開いた。
女性は一歩出て、すぐに止まった。
「あれ」
正面の案内板を見る。
《株式会社東央企画 十二階》
「……十二階でした」
相田が吹き出した。
女性は耳まで赤くして会釈し、足早に去っていく。
彩は胸を張った。
「ほらね」
「先輩、何もしてないですよ」
「でも合ってた」
会議を終え、帰りのエレベーター。
彩と相田のほかには、取引先の担当者が一人乗った。
頭に数字が浮かぶ。
――一階。
当然だった。
全員、一階まで降りる。
相田が期待した顔でこちらを見る。
「どうです?」
「一階」
「ですよね」
三人で静かに下降する。
担当者が途中で言った。
「地下駐車場に車を停めてたんだった」
そしてB1のボタンを押した。
相田が再び彩を見る。
「……先輩?」
彩は表示を見た。
頭の数字は、一階のままだ。
一階で扉が開く。
担当者は一度降りた。
「あ、自販機だけ寄っていきます」
飲み物を買って、また同じエレベーターに戻ってきた。
相田は肩を震わせている。
「笑わないで」
「能力、細かすぎません?」
「ちゃんと一階で降りたでしょ」
「最終目的地じゃないんですね」
彩は少し考えた。
「そこまで分かったら、便利すぎるじゃん」
「今のは便利なんですか?」
扉が閉じた。
彩は答えなかった。




