05:息子との時間.2
「ケヴィンはお食事が終わったら、いつも何をしているの?」
わからないことは本人に聞くに限る。アビゲイルは早速それを実行した。流行や宝石の話にはとことん詳しいが、息子のことはつくづく知らない女だ。
「あのね、お庭をおさんぽしてからおひるねをするの」
「そう、お散歩に行くのね。お昼寝の間ケヴィンの部屋にマミーも一緒にいていいかしら」
「マミーもおひるね?」
私はコルセットにうんざりしていた。いや、うんざりなどという言葉では生ぬるい。殺気だつほどイラつき始めていた。今すぐにでもドレスを新調したいところだが、仕上がりを待つことすら辛い。それで、今所持しているドレスを作り変えようと思い立った。我ながら名案だ。針子の経験を積んでおいてよかったと心から思えたよ。息子の眠る姿を見守りながら作業をしようじゃないか。
「マミーはケヴィンの近くで針仕事をしようと思うの。起きたらおやつをいただきましょうね」
「うん! 僕のお部屋に来てね。必ず来てね」
こんな酷い母親に似ず、心根の真っ直ぐな子に育っていることは有難かった。良いナニーをつけてくれた義母に感謝しよう。ドレスを手に入れたら散歩にも付き合うよ。明日のピクニックには間に合わせるさ。ケヴィンのマミーの針子の腕はなかなかのものなのだぞ。
ドレスの確認のため、再びクローゼットに入った。緑色のドレスはすっかり無くなっていた。数日も待てば全て売れるだろう。アビゲイルは春のドレスを2着選んだ。アイボリーのドレスと、空色のドレスだ。2着のドレスを持ち、侍女に裁縫道具を用意するよう頼んで、ケヴィンの部屋へ向かった。
「あなた、裁縫は得意だったわね。手伝ってもらえるかしら。このドレスを手直ししたいの」
「若奥様がなさるのですか?」
侍女には度々驚かせることになり済まないとは思う。しかし早めに慣れることを勧めるよ。これから先も新生アビゲイルは様々なことをやらかす予定だからね。
「ええ、こう見えて裁縫は苦手ではないのよ」
形だけは立派な裁縫道具だ。嫁入り道具のひとつとして嫁ぐ際に持参したものだが、アビゲイルがこの箱を開けたことは今までなかった。
ケヴィンの部屋の一角にあるテーブルの上に裁縫道具とドレスを広げる。まずは上半身部分とスカートを分けよう。
「ウエストの部分を一度外してしまいましょう。生地を切らないようにだけは気を付けてちょうだいね」
侍女にも隣の椅子を勧め、無心で手を動かした。驚異的な手作業で畳まれているスカートと、身頃が少しずつ分かれていく。その破壊行為を進めるだけでも気分は爽快になり始めていた。
ドアが開き、ケヴィンがパタパタと走り寄ってくる。
「マミー、もう来てくれていたの? これ、マミーにプレゼントなの」
ケヴィンの手には数本のムスカリの花が握られていた。
「まあ、嬉しいわ。ケヴィンのおめめみたいで素敵な色ね。お水に入れてあげましょうね」
ケヴィンの後ろでナニーが既に小さな細い花瓶を用意していた。それに花を挿してテーブルの中央に置く。息子のことを健気に思った。
「ほら、お花も喜んでいるみたいよ。ありがとうケヴィン」
息子は嬉しいのか恥ずかしいのか、少しモジモジとしている。母とは認識してくれているのが救いだ。アビゲイルは作業途中のドレスを一度テーブルの上に置いて立ち上がった。
「ケヴィンはお昼寝の時間ね。ベッドへ行きましょうか」
手を差し伸べると、ケヴィンは両手でアビゲイルの右手を掴んだ。
「ぼくがねてる間にマミーいなくならない?」
「ええ、おやつを食べる約束があるもの。ちゃんとここにいるわ」
ベッドに横になった息子に毛布をかけて、トントンと軽く叩いてやるとすっかり安心しきった顔になった。アビゲイルが今まで知らなかった息子の顔だった。
「おやすみマミー」
「おやすみなさいケヴィン」
目を閉じたのを確認して、作業に戻った。今度は身頃の解体だ。脇の部分を一部ほどいて、縫い直すことにした。内側にはたっぷりと縫い代が残っている。作業を進めながら息子の方に視線を向けると、2つの瞳はしっかりと開いていてこちらを見ていた。寝ていないじゃないか。母親がいるか気になっているのかもしれないな。信用がないのだろう。今まで相当いい加減にあしらってきたからな。ニコりと笑ってやると、息子は慌てて上を向いて毛布を顔の上まで引っ張り上げた。
身頃の左右のパーツには、斜めの飾りダーツを何本も入れた。だまし絵のようなものだ。これで実際よりもウエストが細く見えるようになる。前後の位置を確認しながら休むことなく針を進めた。身頃を仕立て直したところで、ケヴィンは目が覚めたようだ。モゾモゾとベッドの上で起き上がる気配がしてそちらを見ると、わかりやすく喜びいっぱい、と言った表情の息子と目が合った。
「マミー」
てちてちと駆け寄ってきたケヴィンがアビゲイルの足に抱きつく。針を針山に刺してから、息子を抱き上げて膝の上に乗せた。
「マミーのおようふく?」
「ええ。ケヴィンとたくさん遊べるように直していたの。少し待っててね。すぐ片付けるわ。おやつにしましょうね」
侍女に作業中のドレスや裁縫道具を夫人部屋へ運ぶよう伝える。アビゲイルの部屋は当分使えないからね。ナニーは厨房へ向かっているはずだ。
毎回の食事をついばむ程度しかとれないため、アフタヌーンティーの文化が始まっている時代は都合がよかった。焼きたてのスコーンと、苺のジャム、新鮮な苺とチーズが2種類、それから紅茶と温めたミルクが運ばれてきた。ミルクはケヴィンのものだ。
昼食時には会話が弾むとは言い難い空気だったが、この時間には息子が打ち解け始めている気がした。「あのね、あのね」と話す様子がなんとも愛らしいと感じる。少しずつ息子への愛情が芽生え始めている実感がした。




