06:雨の一日
息子とのひと時を過ごした後は、夫人部屋へ移動した。「あしたはピクニックだね」とケヴィンは何度繰り返していただろう。存分に付き合ってやるためにも、今日中にドレスの直しを済ませようじゃないか。
「――若奥様、大変申し上げにくいのですが……」
再び椅子に座って、今度はスカートの手直しを開始したアビゲイルの手元を見ながら、侍女が躊躇いがちに口を開いた。
「なあに? わからない部分があればいつでも聞いてちょうだい」
侍女はしばらく迷っていたように見えたが、意を決したように苦言を呈した。
「このようなドレスをお召しになる貴婦人はいらっしゃらないかと存じます」
それは理解している。コルセット信仰時代だからね。全てのドレスを作り直そうとは思っていない。パーシー家の人間として出向く場で着用するドレスは残しておくつもりだ。手直しの方法も見たことがないと思っているのだろう?それも無理はない。けれど、完成したドレスを着用したところを見てからもう一度判断してほしい。この手法を広めるつもりはないものの、実に画期的な手直しだとわかるはずだ。
「私ね、見栄を張るのはやめようと思うの。あなたもいつでもコルセットをやめていいのよ。私はこのドレスが仕上がったらコルセットを使わないから」
その日のうちに空色のドレスの改造は完了した。侍女が担当していたアイボリーのドレスはもうしばらく時間がかかりそうだ。落胆してみせることはない。私には針子の経験があるんだ。侍女が遅いのではなく、私の作業が早いだけだ。クローゼットからさらに数着のドレスを運び出して、それらも順次手直しをするよう指示をした。可能な限りアビゲイル自身も手を動かすつもりだが、明日以降はケヴィン優先だ。
さて、今晩からの寝床だが夫デイビットの寝室を使うことになりそうだ。ケヴィンを出産後は同衾の頻度も減っていたようだが……。
翌朝、雨音で目が覚めた。真っ先にケヴィンの落ち込む姿が浮かんだ。ピクニックを延期する代わりに何か用意しなくては。アビゲイルは隣で気持ちよさそうに寝息を立てている夫を叩き起こすことにした。
「あなた、起きてちょうだい。今日は雨よ。昨日話したピクニックができそうもないの」
デイビットにも昨夜のうちにピクニックの話を伝えてあった。「僕も明日は外出の予定がないから、3人で昼食にしようか」と、珍しく素直に喜んでいたんだ。しかし天気ばかりはどうしようもない。さて、どうすればケヴィンを喜ばせることができるだろう。
「デイビット、あなたの執務室でピクニックをしましょうか。ケヴィンはあなたの仕事をしている姿を見たことがあって?」
3歳の息子が執務室を訪れていたことはないはずだと思った。予想通りデイビットは一度頷く。
「執務室に呼んだことはないよアビー」
「それなら2人でバスケットとブランケットを持って、あなたの部屋へ行くわ。これでどうかしら」
話はまとまった。ピクニックは次に晴れた日に改めてするとしよう。今日のところは初めて家族揃って食事をする記念、までで満足してくれるといいのだが。
「随分と趣味が変わったねアビー。ピクニックは今ロンドンの貴婦人の中で流行しているのかい?」
パーシー家はロンドンから遠く離れた地域にある。今の夫の皮肉からもわかるように、アビゲイルは常日頃からロンドンの流行をいち早く取り入れることに執心していた。
「あなたがそう思うのも無理はないわ。――私なりに考えたのよ。息子と過ごせる時間は長くはないのだとね。何年かしたら、ケヴィンは寄宿舎に入るかもしれないわ。そうなってから後悔しても遅いですもの」
「ふぅーん」と理解したのかしていないのか曖昧な相槌だけが返された。今のアビゲイルにとってデイビットの本心はそれほど重要ではなかった。生き延びること、息子を知ることの方が大切だと思えるからだ。
侍女が朝の紅茶を用意している。普段デイビットの紅茶は家令が用意しているが、今朝はアビゲイルがいるため侍女が任されたようだ。夫と朝の紅茶をゆっくりと味わってから着替えに向かった。今朝は足取りも軽い。昨日仕立て直したドレスが待っている。アビゲイルは上機嫌で顔を洗い、着替えを済ませると食堂へ向かった。
「家令からナニーに伝えるよう言っておいたよ。今日は楽しいピクニック日和だ」
「そうなるといいわね、デイビット」
夫はアビゲイルの姿を見ても皮肉を並べるでもなく、ごく自然に振舞っている。ドレスの改造は成功したと見えるね。この日の朝食は殊の外美味しく感じた。
「マミー! おはよう!」
ケヴィンの朝食が済んだ時間に、子供部屋を訪れた。酷く落胆していたらどう慰めようかと内心はハラハラしていたので、元気な挨拶にほっとする。
「おはようケヴィン。今日は残念なお天気になってしまったわね」
「パパのおへやでピクニックだよね! ピクニックするよね」
そうか、場所が重要なのではなかったんだ。ピクニックをする、ということが大切だったんだね。
「ええそうよ。ケヴィンは楽しみ?」
「うん! とってもたのしみ」
「ピクニックの時間までマミーと遊びましょうか」
何冊か絵本を読んで聞かせた。膝の上に座らせて、一緒にページをめくりながら読み進める。身体の窮屈さが解決したことで、アビゲイルは幾分か気分が良かった。しかし相変わらず頭痛には悩まされている。




