試作品、完成?
■ 試作品、完成?
試作は、その日のうちに形になった。
4×4セルの小さな格子。
交点には魔導素子が埋め込まれ、細い光導管がそれらを結んでいる。
外周には、魔力を流し込む制御層――いわば“設定回路”。
「……よし、いくぞ」
ソーマが小さく息を吐き、魔力入力を指示する。
リィナが制御層に触れ、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
各シャッタが順に開閉し、光の経路が切り替わる。
次の瞬間。
――光が、走った。
格子の中を、細い線が一斉に駆け抜ける。
分岐し、合流し、干渉しながら、ひとつのパターンを描き出す。
「……通った」
ヴァルグが低く呟く。
エルドランも腕を組み、静かにうなずいた。
「論理は成立しておるな」
ソーマは水晶板に映る出力を確認する。
「入力1、出力1……ANDは成立。
次、経路を書き換えて――」
リィナが魔力を調整する。
シャッタの状態が変わり、光の流れが再構成される。
今度は別のパターン。
「……ORも通る」
一瞬の静寂。
そして――
「……できた?」
リィナの声は、少しだけ弾んでいた。
「いや……」
ソーマは眉をひそめた。
「ちょっと待ってください」
水晶板に手を伸ばし、波形を拡大する。
「出力は合ってる。でも――」
光の強度が、わずかに揺れていた。
「……振れてるな」ヴァルグが言う。
「一定じゃない」エルドランも続ける。
「干渉が完全に収束しておらん」
リィナが目を凝らす。
「でも、論理結果は正しいですよね?」
「そうなんですけど……」ソーマは首を振る。
指で波形をなぞる。
「これ、条件によっては反転します。
今は“たまたま”安定してるだけです」
その言葉に、空気が少しだけ重くなった。
ヴァルグが静かに問う。
「原因は?」
ソーマはすぐには答えなかった。
代わりに、光の流れをじっと見つめる。
(……どこかで見た揺れ方だ)
わずかな位相のズレ。
収束しきらない干渉。
そして――周期的な揺らぎ。
「……PLLじゃない」
小さく呟く。
「これは、“同期”の問題じゃない」
エルドランが目を細めた。
「ならば何だ?」
ソーマは水晶板をさらに拡大した。
揺らぎは光ではなく、シャッタの開閉の境界付近で起きている。
「……ここだ」
指先で、ある一点を示す。
「経路じゃない。“状態”が揺れてる」
ヴァルグの目がわずかに細くなる。
「……魔導側か」
リィナが小さく息を呑んだ。
自分の手元――制御層に視線を落とす。
「……同じように流しているつもりなんです。
でも……毎回、少しだけ違う気がします」
その言葉に、ソーマの中で何かが繋がった。
「……それだ」
顔を上げる。
「魔力は、“値”じゃない」
三人の視線が集まる。
「電気なら0か1かに落とせる。
でも魔力は違う――連続的で、しかも揺れてる」
水晶板の波形をなぞる。
「閾値の上に乗ったり、落ちたりする。
だから状態が決まりきらない」
エルドランが低く唸る。
「……固定できぬ、ということか」
「はい」ソーマは頷く。
「フリップフロップになってないんです。
“記憶”してるつもりで、実際は揺れ続けてる」
ヴァルグが静かに続ける。
「……準安定か」
その言葉に、ソーマが一瞬だけ驚いたように視線を向ける。
「そうです。まさにそれです」
リィナが不安げに呟く。
「じゃあ……この回路、完成していないんですか?」
ソーマは少しだけ考え、首を振った。
「いや、違います」
そして、はっきりと言った。
「これは回路の問題じゃない。
“信号の性質”が違うんです」
静かな沈黙が落ちる。
完成したはずの回路の中で、
光は正しく走りながら――どこか落ち着かない鼓動を続けていた。
ソーマはその揺らぎを見つめたまま、静かに続ける。
「……魔導回路って、ずっと“形”で安定させてきたんですよね」
エルドランがゆっくり頷く。
「そうだ。形を固定し、揺らぎを抑える」
「でもこれは違う」ソーマは言う。
「書き換える以上、状態を固定し続けるわけにはいかない。
だから――」
一度、言葉を切る。
「“揺れるものを前提にする設計”が必要になります」
ヴァルグがわずかに笑った。
「……面白いな。安定させるのではなく、揺らぎを扱うか」
リィナは水晶板を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……難しそうです。でも――」
その瞳に、確かな光が戻る。
「やってみたいです」
光の格子の中で、
揺らぎは消えず――しかし、どこか規則を持って脈打っていた。
――それはまるで、新しい回路が呼吸しているかのようだった。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




