揺らぎの設計
静かな沈黙が続いていた。
水晶板の中で、光は正しく走りながら――揺れている。
完成しているはずの回路が、どこか落ち着かない呼吸を続けていた。
やがて、ソーマが小さく息を吐いた。
「……押さえ込むのは無理ですね」
エルドランが眉をひそめる。
「抑えるのではないのか?」
「はい」ソーマは頷く。
「魔力は連続で、しかも揺れる。
それを無理やり0と1に落とそうとするから、こうなる」
水晶板を指で軽く叩く。
「だったら発想を変えます」
ヴァルグが静かに視線を向ける。
「……どう変える?」
ソーマは少しだけ口元を上げた。
「“揺れてもいい”ように作るんです」
一瞬、誰も言葉を返さなかった。
「揺れてもいい……?」リィナが繰り返す。
「はい。値を一発で決めるのをやめる」
ソーマは回路の一部を書き換え始める。
「同じ信号を、複数の経路で通す。
それぞれ少しずつ違う揺れ方をするはずです」
エルドランの目が細くなる。
「……ばらつきを利用する、ということか」
「そうです」
ソーマは格子の中に、並列の経路を描き込んだ。
「で、最後に――まとめる」
「まとめる?」リィナが首をかしげる。
ヴァルグが先に気づいた。
「……多数決か」
ソーマが頷く。
「3本の経路があれば、2本が同じ側に寄る。
揺れても、全体としては安定する」
エルドランが低く唸る。
「冗長化……か。贅沢なやり方じゃが、理にかなっておる」
リィナは少し考え込み、それからはっと顔を上げた。
「それって……結界でも似たことをやってます。
複数の層を重ねて、全体を安定させるんです」
「なるほど」ソーマが笑う。
「この世界ではもう使われてる考え方なんですね」
ヴァルグが静かに言う。
「ただし……それでも完全には揃わん」
「はい」ソーマは即答した。
「だからもう一つ必要です」
今度は、回路の中央に小さなループを描く。
「揺れを見て、揃える仕組み」
エルドランが目を見開く。
「……帰還か」
「フィードバックです」ソーマが頷く。
「出力を一部取り出して、状態を補正する。
完全に止めるんじゃなくて、“揺れの中心”に寄せる」
リィナが水晶板に手をかざす。
「……それ、やってみます」
魔力が流れ込む。
今度は――少し違う。
光が走る。
分岐し、干渉し、再び合流する。
一度、揺れる。
だが――
「……あ」
リィナが小さく声を上げた。
波形が、収束していく。
完全な直線ではない。
わずかに震えている。
けれど――
「安定してる……」ヴァルグが呟く。
エルドランもゆっくり頷いた。
「揺れながら、崩れぬ……か」
ソーマは水晶板を見つめたまま言った。
「これでいいんです」
リィナが振り返る。
「いい……んですか?」
「はい」
ソーマははっきりと言った。
「完全に止める必要はない。
“崩れない範囲に収める”――それが設計です」
短い沈黙。
やがて、ヴァルグが小さく笑った。
「……面白いな。
安定とは、止まることではないか」
エルドランも口元を緩める。
「揺らぎを許し、その中で形を保つ……か」
リィナは水晶板を見つめたまま、静かに呟いた。
「……なんだか、生きているみたいですね」
光の格子の中で、
回路はわずかに震えながら――確かに動き続けていた。
ソーマはその様子を見つめながら、ふっと息を吐いた。
「これが……この世界の“回路”か」
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




