魔導FPGA、始動
リィナが両手を軽く打ち合わせ、明るい声で口を開いた。
「それで……何から始めましょうか?」
一瞬の沈黙のあと、四人の視線が水晶板に集まった。
板の上には、ソーマが描いた簡単なブロック図――“魔導FPGA(仮)”の構想が浮かんでいる。
魔導素子の配列、その間を結ぶ光導管、そして設定用の魔力制御層。
まだ線ばかりの図だが、そこには確かに新しい回路の輪郭が宿っていた。
「まずは構造だな。」エルドランが低く言う。
「光導管を格子状に組み、交点に魔導素子を置く。干渉経路を切り替えることで論理を変える――基本はそれでよい」
彼は迷いなく数本の線を書き足し、格子の一部を強調した。
「ただし、光は気まぐれだ。わずかな歪みで位相が狂う。
職人任せでは再現性が出ん。ここは“揃える仕組み”が必要じゃ」
「スイッチングを担うのは光のシャッタだな」ヴァルグが続ける。
すでに手元の羊皮紙に別案を描き始めている。
「位相だけで制御すると、干渉が残る。完全に経路を断つ仕組みがいる。
……ただ、その切り替えが遅れれば全体が崩れる」
彼は一瞬、ペンを止めた。
「魔力で強制的に状態を固定するしかないな。……だが、その安定性は保証できない」
「その制御を魔導層で受け持つ、ですね」
ソーマがすぐに拾う。
「魔力を“設定データ”として扱い、各シャッタの状態を保持する。
つまり――」
水晶板に新しい記号を書き込む。
「この魔導素子が、“フリップフロップ”の役割を果たす」
一瞬、全員がその言葉を反芻した。
エルドランが小さく唸る。
「状態を“記憶する回路”か……魔導でそれをやるとはな」
ヴァルグはわずかに口元を歪めた。
「だが面白い。干渉は計算に、魔力は記憶に――役割が分離できる」
リィナは水晶板を覗き込み、目を輝かせた。
「なるほど……光が論理を走り、魔力がそれを書き換える。
まさに“魔導”と“光学”の融合ですね!」
その声には、抑えきれない高揚が滲んでいた。
「名前をつけねばなるまいな」
エルドランが珍しく楽しげに言う。
「“再構成可能魔導回路”……いや、長いな」
「そのままでいいですよ」ソーマが苦笑する。
「FPGAって、もともとそういう名前ですし」
「ふむ……ではその名、借りるとしよう」
短い沈黙。
やがてソーマが指で回路の一角を叩いた。
「ただ、いきなり大きく作るのは危険です。
まずは――4×4セル」
「小さすぎぬか?」エルドランが眉をひそめる。
「いえ、十分です」
ソーマは首を振った。
「論理が組めるかじゃない。
“書き換えが本当に通るか”――そこをまず確認したい」
ヴァルグが静かに頷いた。
「……同感だ。ここが崩れれば、全部が砂の上の楼閣になる」
その言葉に、わずかな緊張が走る。
リィナがそっと呟いた。
「もし……書き換えが不安定だったら?」
ソーマは一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに答えた。
「そのときは――別の方法を考えます」
完全な答えではない。
だが、それで十分だった。
ヴァルグが立ち上がる。
「なら、試すしかないな」
エルドランはすでに材料の指示を飛ばしていた。
「導管は均質なものを選べ。歪みは最小限に抑えろ!」
工具の音が鳴り、光が灯り、研究室の空気が一気に動き出す。
リィナは少し離れた場所から、その光景を見つめていた。
かつて敵だった者同士が、同じ図面に向かって手を動かしている。
胸の奥に、懐かしい熱が灯る。
――初めて魔導回路を動かした、あの日と同じ。
そして今、目の前で生まれようとしているのは、
その先にある“まったく新しい回路”だった。
――新しい回路の鼓動が、ここから始まる。
お読みいただきありがとうございます。
耳慣れない技術用語もあるかもしれませんが、そんなものかと読み流していただけると嬉しいです。




