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春のまにまに童のまにまに  作者:


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酒吞童子による昔話


 そんなに硬くならなくてもよい。今ここには、私とお前しかいないのだから。


 ――ああ、その獣もいたか。ええと……なんといったかな、いばらが名を与えてやっていたんだが……そう、テンだったか。


 今日はそいつの躾役が出かけていてね、お前がしばらく見ていてくれたようで、助かったよ。

 雷獣のくせに嵐を起こすことも、雷を落とすことも、自分一人でできはしない。他者の力を得られなければ、ほら、そんな風に弱々しく縮こまってしまう。お前に用があったからここまで連れてくるように命じたが、こんなに時間がかかるとは思いもせなんだ。


 そいつがあまりに遅いものだから、みな出かけてしまったんだ。何のもてなしもできず、挨拶も遅くなってしまった。よく来たね、私の屋敷に。


 少し昔話を聞いてくれるかい? 昔々、といっても私にとっては、ついこの間のような出来事だ。よい時代だった。魑魅魍魎が、大手を振って跋扈できていた頃だよ。今より人は少ないが、食事にも困らなかった。


 その頃私は、ある奥深い山に住んでいた。多くの岩を砕き、道のない谷を越え、幾つもの峰を越えなければ、たどり着けないところだった。人はおろか、獣だって訪れることはない。そんな辺鄙なところに、私は居を構えていた。

 そのまた昔、私も若かったころにはもう少し人里近くに住んでいたんだが、仔細あって山奥に引っ込まざるをえなくてね。


 しかしある時、私の屋敷に珍しく客人が訪れた。私の屋敷は、人が訪れることはまずなかった。先に述べた通りの道のりであるから、人では屋敷へ訪れることは難しいうえ、何分私は彼らに嫌われていたからね。


 その者たちは山伏の恰好をしていた。私は出家した者は喰らわないことにしていたし、その者たちがいかにして我が屋敷へたどり着いたのか、興味が湧いて屋敷へと通した。

 するとその客人たちはもっともらしいこと言ってね、私に土産の酒まで持ってきた。今も昔も、私は酒には目がないんだ。私のことを酒吞童子などと呼ぶものがいたくらいにね。私は客人たちの言を疑うことなく信じ、喜んで歓待した。


 何をだしたかな……――たしか、出来立ての酒と肴を振舞った。お前にも振舞ってやりたいところだが、新鮮なものは先ほど私がほとんど平らげてしまった。お前を待ちきれなかったものだから。

 この時世、なかなか手に入り難くなったものの、絞りたての血はどんな美酒にも勝り、そぎ落としたばかりの腿の肉の、なんと肴に最適なことよ。ああ、幾らでも食べられたあの頃が恋しいものだよ。


 そう、その客人たちも酒と肴を悦んでくれたようで、今度は私に酒を振舞ってくれた。その酒もまた、えも言われぬ美酒でね。酒にはうるさい私でも、文句のつけようがなかった。

 その酒気は心地よく私を酔わせ、その味は甘露のごとく舌をなでた。気分のよくなった私は、その時分気に入っていた側女を呼びつけ、客人たちに酌までさせた。


 客人や女人たちだけでなく、僕にまで酒を振舞って、愉しい宴になったよ。うまい酒と肴があり、歌や踊りをする者もいた。


 しかし酒というものは、時に我を忘れさせてしまう。よくも悪くもね。その酒が五臓六腑に染みわたると、私はいささか酔いがまわった。


 あまりにも心地よかったものだから、私は客人たちを泊めることを認めると、相手を下々に任せ、一人早くに床についた。これがよくなかった。深酒はするものじゃないね。そうは思っていても絶つことはできぬのが酒だけれど。


 程なくして目が覚めると、私の身体は身動きがとれなかった。四肢に鎖が巻かれていて、その鎖は寝所の四隅の柱に固くくくりつけてあったのだ。私の力をもってしても解くことのできぬほど、頑丈な鎖だった。


 悲しいかな、人はすぐに裏切る。驚いたね、先ほどまで共に楽しんでいた客人たちが私を取り囲み、手に手に武器を取り合って、戦にでも行くような恰好をしていた。


 鬼神(きじん)に横道なし――我が同胞であったなら、かの者たちのような道理に外れた行いなどしない。彼らのように奸計を弄したりなどしない。

 人は私たちを鬼だのなんだのと忌み嫌うけれど、手前勝手な話だろう。彼らのほうがよっぽど醜い。

 

 私は客人たちの言を腹の底から信じ心を許していたというのに、彼らは虎視眈々と、私を殺めようと機をうかがっていたのだ。口にしていた言葉は、全て私を欺くための空言だった。


 かの者たちは、刀を振り上げ私の首を切りつけた。私もだいぶ抗ったけれど、なにせ多勢に無勢ののうえ、手脚もがんじがらめにされていた。たやすく私の首は落とされ、最後にひと噛みすることも叶わなかったよ。それから私は易々と手脚まで身体から切り離されて、うまいこと討ち取られてしまった――。


 私を討つとかの者たちは屋敷を荒らし、とっておきの馳走まで持っていってしまったと後から聞いて、なんと腹の立ったことか。

 惨いことに、我が身どころか屋敷内の全てが引き裂かれ、蹂躙されたという。なんと胸の痛んだことか……。


 屋敷内で生き延びたのは、一人の同胞だけであった。

 そやつとは昔なじみでね、かつて私と並んで、茨木童子という名を世に響かせていた。そのいばらは、彼らとずいぶんよい勝負をしたようだ。しかしあと一歩及ばずというところで、ようやっと逃げおおせて、やつだけは生き延びることができた。


 これもまた古い話だが、いばらは人に幾度も煮え湯を飲まされている。人に腕を落とされた挙句に、その腕を盗まれたこともあった。盗人の血縁に化けて、見事にとられた腕を取り返してきたけれど。

 やつは人に化けるのがとてもうまい。いばらがひとたび化けたなら、近しい者であってもその正体に気づくことはできないだろう。並みの者ならね。


 ――ああ、話が逸れてしまった。まあつまり、一人残ったいばらは私の力を取り戻すために、ずいぶん尽くしてくれたのだ。


 事が終わると、人は我が身を四方に散らし、封じこめた。しかしそんなことをしたところで、我が身にほとばしる力を無に消し去ることなど、人ごときにできはしない。たとえ首を落とし八つ裂きにはできても、我が魂にまでその刃は届かぬ。私を調伏することは、誰であってもできはしないのだ。


 そんな私の強さを人も知っていたものだから――人はその後も、私への畏怖を捨てきれなかった。

 四散した我が身の側を通るたびに私への恐怖を思い出しては崇め、私の名を口に出しては畏れ奉った。

 時を経ても私の名は残り、幾年にもわたる人間たちの畏怖はそのまま私の力となった。いつ間にやら我が身には、首を落とされる前よりも強大な力が集まっていた。

 そして我が身に力が満ち溢れつつある時、いばらが私の首と四肢を取り戻して、ひとつにしたのだ。さすが私の同胞よ。


 しかし私が再び自由を得た時、現世(うつつよ)は大きく変わっていた。かつてとは比べものにならぬほど人は増え、代わりに私の同胞はわずかばかりになったうえ、大きく力を失っていた。我々が好きな時に好きなものを喰えていた時代は終わっていたのさ。


 そして人は我々のような不都合なものを全て否定して、目に映らないようにしてしまっていた。無念ながらも、人が思えば思うほど、世の理は変わってゆく。

 時が過ぎゆく間に、人の世と我々の世は大きく隔てられてしまった。ひとえに私の力が及ばなかったゆえ、同胞たちには申し訳ないことをした。


 否定されあの世の隅に弾き出された我々は、人の道に外れ、こちら側に来ることのできる者にしか、手を出せなくなってしまった。

 わかるか? つまり人が言うところの、地獄に堕ちるにふさわしいやつしか、私たちは喰らうことができなくなったのだよ。

 人は、穢れた罪人は我々鬼神に責め苦を受けるべきだと考えている。腹立たしいことに、その願い通りになってしまっているのだ。


 そんな穢れた肉はうまくはないし、喰うてやるほどの価値もない。どうしようもなく腹が減ったら喰らうやつもいるが、平生は私の僕として使役してやっているよ。

 しかしあやつらの使えないことといったら……何度首を落とされ臓をえぐられても、私の僕ということを理解しない。

 人の思う通りに罪人に罰を与えているようで癪だが、私の僕となったからには私の思うようになるまで、永劫に躾をしてやらねばならぬ。


 ――ああ、違う違う。私はお前を喰うためにここに呼んだのではない。


 そう、あの日から今日まで、どれほどの時が経ったであろうか。何千とは言わないが、何百という年を数えた。

 しかし、力を取り戻すこと自体に、それほどの時を要したわけではない。先に述べたように私への畏怖は止むことなく、人の穢れもとどまることを知らなかった。それらはことごとく私の力となる。


 だが、ただ闇雲に力をため込んだところで、私に意味はなかった。私はあの日、私のこの首を落とした男に、なんとしてでも借りを返したかったのだ。私はやつの首をこの手で落とし、四肢を引き裂き、同じ屈辱を与えてやることを願ってやまなかった。


 しかし人の命のなんと短いことよ……私が自由になった時には、やつはもう現世にはいなかった。許し難いであろう、やつは私を討ち名を上げて、私に礼も言わずに死んでいった。


 ああ、私は今も鮮明に覚えている。あの日、彼らが我が屋敷を訪れたことを。ともに酒を酌み交わしたことを。そしてあの時、やつが私の首を討った時のことを……――あの男、名を源頼光――やつは客人たちの中でも格が違った。

 ああ口惜しきこと……この首に触れるたびにあやつの顔が蘇り、恥辱と憤懣で身もだえする。


 私は、待つことしか術がなかった。やつの魂が生まれ変わり、再び私の前に現れる日を。私は待ったさ。途方もなく長い時間を。頼光が生まれ変わった暁には、必ずや借りをかえすのだと、永い月日を耐え忍んだ。

 よもやここまでかかるとは思わなんだが、ようやくやつは人として、再び現世に生を受けた。私はすぐにわかったよ。なにせひと時とはいえ、ともに愉しく盃を交わしたほどの仲なのだから。


 やつの魂を感じた時の悦びといったら、とても言葉にすることができぬ。一刻も早く借りを返したいと思ったよ。もはやただ首を落とすだけでは飽き足らぬ。私に与えた恥辱と憤懣にまみれた日々を、同じようにやつにも与えねばならぬ。やつを再び、私のこの屋敷に招いて――。


 そして待ち望んだ甲斐あってね、私には嬉しい誤算があった。なんの巡り合わせか現世の頼光は、私が借りを返さねばならぬ、もう一人の人間の子孫として生まれ落ちていた。


 そやつはあの日頼光ら一行を我が屋敷へと差し向けた者、我が命を脅かした元凶――安倍晴明。

 やつはあの頃、都中に名をとどろかせていた陰陽師だった。なんともまあ憎々しいことに、山奥でひっそりと暮らしていた私の居所を占い、頼光たちを寄こしたのだ。直系ではなかろうとやつの血をひく者であれば、尚更私は借りを返さねばなるまいに。


 頼光の生まれ変わりでありながら、清明が血をひく者。私の無念を晴らすには、これ以上ないほどの相手よ――私はやつをこの屋敷に連れてくるよう、みなに命じた。私が現世へ行き直々に手を下すことができればよかったがね……何分不自由な身で、現世を気ままに動けなかったものだから。


 しかし現世の頼光は私の予想を越え、当の頼光をもしのぐほどの力を持っていた。頼光が魂に清明が血……やつは酷く清らかだったのだ。

 

 やつのその清らかさは周りにまで及び、私の僕も同胞たちも近づくことすら危うかった。我々にとって、やつはそこにいるだけで毒をまき散らしているようなもの……ただでさえ清浄な家に生まれ落ちていたというのに、厄介なことだよ。色々と手をまわして穢れを与えようとしても、ものともせずに弾き返してくる。


 私は何百年と焦がれた仇敵を前にして、力及ばぬ苦しみを幾年か味わった。まあその苦しみも焦がれていたころの苦しみに比べれば、何ということもなかったがね。借りを返すべき相手がいるだけよいのだ。

 しかし、私には焦りも生まれていた。頼光がそうであったように、人の命は短い。このまま私が手を出せぬうちに、現世の頼光も死んでしまってはたまらない。


 そうなっては仕方がないから、私はやつを招くことは諦めて、やつのほうから訪ねてもらうことにした。

 覚えているか? お前が私の社に詣でに来てくれた日のことを。美事な桜であったろう? あの社にはね、私の荒魂が祀られているのだ。


 私が討たれた後、我が身は散り散りに封じられたと言ったね。だが、我が魂はそうはいかぬ。簡単に封じることなどできぬし、まして滅することなどもってのほか――よって人は、我が魂を祀り上げた。私が怨霊とならぬよう祀り上げて神となし、我が魂を鎮めようとしたのだ。


 だが多くの崇敬心を得ては私の力を強めかねぬから、人は我が魂を荒魂と和魂――荒ぶる魂と情深き魂――その二つに分かち、荒魂を人の目から隠し祀り上げることにした。

 表立っては和魂を祀る社を建てて奉り、荒魂は祀り上げつつも人が参れぬように――やつらはあの社一帯を、酷く祓い清めた。

 神官やら陰陽師やら当時の一流どころをあつめて、一点の穢れも残さぬように。我が荒魂が動けぬほどに清らかに。並みの者ではたどり着けず、立ち入ればその身を焦がすほどに。さすれば人の崇敬心は得られぬうえに、我が同胞によって取り戻すこともできぬ。


 人の狙いは功を奏して、私の荒魂はあの社より動くことができぬまま、力を得ることもなかった。もっとも、それ自体は私にとって大した障りではない。いくら現世で荒魂を縛りつけられたところで、こちらの世では関わりなきこと。現世での些事はみなに任せればよいし、依代や人からの崇敬心などなくとも、畏怖や穢れは止まなかった。


 だからあの社のことなど久しく気にも留めていなかったのだが、花の下にて語らい合うのも悪くない。やつを招くにふさわしい場であったろう? そう、お前を餌にやつを招き寄せるつもりだったが――お前は、私の思っていた以上に役立ってくれたよ。


 あの社に詣でることができるほどに、お前は清らかだった。だが、その清らかさが仇になったね。疑うことを知らぬお前は、やつに化けたいばらに気づきもせず、怪しみもしなかった。

 しかしお前は社に着いてやつの姿が見えぬことに、かすかな不安を抱いただろう。もしや他の人間たちと同じように、己のことを忘れてしまったのではないか、とね。


 かつてお前は周りに幸いや富貴をもたらす存在だった。人はお前のようなものを畏れ、崇めた。だが、それももはや過去のこと。今は人から忘れ去られ、たいした力もなくなりつつある。ましてお前は、自ら力を半減させてしまっているしね。


 やつがいなくなれば、お前を認める者はいなくなる。そして誰からも認められなければ、お前のようにか弱き者はこの世から消えることになってしまう。それを受け容れようとせず、人のように醜く現世にすがり執着した。お前のように現世にそぐわぬものは、そのまま消えてしまえばよかったものを。世の流れに逆らおうとするならば、相応の痛手は必要なのだよ。


 お前はやつに忘れられることを、人から存在を忘れられることを恐れ、こころに穢れを宿した。そしてそれはやつを待ち続ける間に膨らみ続け、あの社の清らかに澄んでいた気に淀みを与えたのだ。


 礼を言わねばならないね。お前はあの時穢れを生んで、私の荒魂を解き放ってくれたのだから。私はあの日やつを招くことを取りやめて、さらにお前に働いてもらうことにしたんだ。醜く歪んだ思いを抱えたお前は私の思うまま、醜悪に穢れをまき散らしてくれた。


 よい顔をしているね、自らの過ちが憎いか? 私が憎いか? どちらでも構わないさ。その醜い思いは、全て私の力となるのだから。お前の力はか弱いけれど、人のものと比べれば幾分も強い。そうして穢れたお前を前にして――やつはどう出るかな? 


 そうだ、お前の片割れにも、私が手をまわしてやったよ。今頃はきっとさらに醜く穢れているだろう。お前の片割れが穢れきった時こそ、私の爪がやつへと届く時なのだ。


 お前が――いや、お前たちと呼ぶべきか――お前たちのおかげで、これほどにもたやすく私の悲願が叶うとは……――ああ、行ってしまった。話は最後まで聞くものだよ。しかし私を畏れ、立つこともままならぬほど震えていたというのに、片割れのこととなると我を忘れてしまうのだから。


 本当に、私の思うままに動いてくれるものよ。


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