木箱
窓には激しい音を立てて雨粒がぶつかり、雷鳴も止むところをしらない。安普請のアパートはあちこちが軋み、ひゅうひゅうと風音がした。
しかし上加地はそれらに構うことなく、机上に資料を並べてうなっていた。
「どいつもこいつも違った……! あの時の生徒は一体誰なんだ!」
ちらほらと印や付箋のついた名簿を見ながら、頭を抱える。
あの時図書室で「シン」と呼ばれていた生徒を探すため、上加地はあれから目星をつけた生徒たちをあたっていた。しかし誰もかれもが、あの時図書室にいるはずがなかった。
進藤という生徒は、あの日を含む数日の間流行の風邪で欠席していた。
新谷、慎太郎、心、大真、彼らは部活動の最中だった。顧問たちにもさりげなく確認したが、みな真面目に部活に取り組んでいたという。
伸司、晃之進、真といった生徒は、放課後に行われる講習を受けていた。
新開、秦は既に下校済みだったということを、何人かの生徒に確認してたしかめた。
シンと呼ばれ得る苗字や名を持つ生徒を片っ端からあたったが、全て徒労に終わってしまったのである。
「やはり音羽清光か……? しかし、あの時間には帰っていたはずなんだ」
その日は偶然、上加地自身が清光の下校姿を目撃していた。尾々と連れ立っていたため確認もした。尾々は聞いてもいない音羽家のことや佳乃子のことを話し、その様子は嘘をついている風でもなかった。尾々のようなタイプは嘘をつけばすぐに態度に出ただろう。
残る可能性は、名前とは関係のないあだ名であるということだ。しかしもっともらしい理由をつけて生徒たちに聞き回ってみたものの、それらしい人物は挙がってこなかった。
「誰かが隠しているのか、それともあの二人だけの呼び名だったのか……?」
そうなってしまえば、あの生徒を探すことは難しい。せめて詰襟のボタンの色がわかれば、高等部か中等部かだけでも絞ることができたが、あの影は詰襟を羽織っていなかった。
そもそも男女の生徒の影のように見えただけで、実際はそうではなかったのかもしれない。
そして上加地は、もう一人探している人物がいた。あの時、図書室の鍵を取りに来た女生徒である。彼女はあの出来事を目撃していたはずであり、確かに高等部の制服を着ていた。
しかしとても整った顔立ちの生徒だったことは覚えているが、思い出そうとすると輪郭がぼやけてしまい、顔を浮かべることが出来なかった。
そして何度か高等部の全クラスを回ったが、彼女だと思う生徒がどこにもいなかったのだ。まるで座敷童子と同じように、彼女に関する記憶は日を追うごとにおぼろげになっていくようだ。
あの時図書室から二つの影が飛び出して、三階の窓から飛び降りた。一つの影は少女であり、もう一つの影をシンと呼んだこと。たしかだと言えるのは、これだけだった。
しかし、上加地は諦めない。ようやく見つけた手掛かりである。
「もしかすると、女生徒だったのかもしれない。念のため女生徒の方もあたるか……その過程で、あの時一緒に目撃した生徒が見つかるかもしれない。並行して、シンというあだ名で呼ばれている生徒がいないかの確認を再度行って……――」
上加地は文机に向かって、名簿への書き込みを始めた。時間が過ぎれば過ぎるほど、あの影を追うことが難しくなってしまう。苛立ちと焦燥感は増す一方だが、彼女に会うためなら、上加地は努力を惜しまない。
窓の外では、相変わらず風雨が吹き荒れ、雷鳴が轟いている。上加地は立ち上がってカーテンを開け、外をのぞいた。強い暴風雨が吹き荒れている。そしてカーテンを戻すと、窓辺の本棚に隠した例の木箱を取り出した。




