何か
この時期の購買は新入生たちが品定めに顔を出していることもあって、いつも以上の混雑ぶりだ。
そんな中尾々が昼休みに購買へ行くことは、もはや日課となっている。人混みをかきわけていくつかのパンを手早く選ぶと、すでに長い列ができているレジに並ぶ。
するとそこで、後ろから肩を叩かれた。
「よう」
「――ああ、坂下」
二人は昨年同級だったが、今年はA組とB組に分かれていた。
坂下は身長が高いうえに整った顔をしていて、おまけにサッカー部のエースだった。性格も明るく朗らかで、早瀬学院の中でもとりわけ女子人気が高い。
だが今日は、どこかいつもと違う雰囲気を感じた。目つきが鋭く、言葉つきにも棘がある。
「久しぶりじゃん。どう? そっちのクラスは」
尾々と坂下はとりたてて仲が良いわけではなく、会えば挨拶をする程度だった。軽口を交わしてくる坂下を意外に思いながら、尾々は答えた。
「別に普通。知ってるやつらばっかりだし、中等部と変わった気がしないや」
「ほとんど持ち上がりだもんな。お前、何組だっけ?」
「A組だよ」
「……ってことは、今年も音羽と同じクラス? お前ら仲良かったよな」
「え? うん、音羽も同じAだよ」
坂下が清光のクラスを知っていたことについても、尾々は意外だった。二人に接点はあっただろうか。
「なぁ、音羽ってさ……――」
坂下は真面目な顔をしつつ、声を潜めて言った。
「付き合ってんの? ……高寺さんと」
「――……はあ?」
思わぬ質問に、尾々は間の抜けた声を出した。頭がついていかない。
「そこらへん、なんか聞いてない?」
「……なんかって?」
「だから、付き合ってるとかどうとか。二人、クラス違うのによく話してんじゃん。一緒に帰ったりもしてるしさ」
「一緒に帰ってた? 二人って、音羽と高寺さんが?」
「だからそうだってば。実際どう思うよ、あの二人。高寺さん、かなり可愛くない? 俺狙ってたんだけどさー、音羽と、って意外じゃん。俺、音羽って謎なんだよね。いまいち何考えてるかわかんないっていうかさ」
坂下は努めて軽く言っているが、その言葉つきは真に迫るものがあった。
「どうって……言われてもな……付き合ってはない、と思うけど」
尾々は清光の一番の友人であると自負していたものの、坂下の疑問をはっきりとは否定できなかった。
清光の口からそんなことを聞いた覚えはないが、二人が一緒に帰る仲にまでなっていたことも初耳だ。そして尾々自身も、清光のことをつかみきれていないということも事実である。
「尾々、なんも聞いてないの? お前にも隠してんのかな、あいつ……」
坂下は言いながら、険しい顔つきになった。その様子を見るに、坂下は紅緒にずいぶん本気のようである。
「お次でお待ちの方、どうぞー」
尾々と坂下が話している間に、順番が進み尾々の会計の番になっていた。
尾々は慌てて会計を済ますと、何となく坂下も終わるのを待ち、そのまま一緒に教室まで戻る流れになった。
「……直接聞いてみちゃえば? 高寺さんに」
「はあ? お前、そんなことできるかよ!」
坂下は顔を赤くして拒否をする。尾々にとって坂下は、彼女の名前がころころ変わるような、女子とも気兼ねなく話すことのできる、女慣れした余裕のある人物に見えていた。だが、自分から好意を寄せた相手ははじめてなのかもしれない。
「えっ、と……じゃあ、音羽に聞くとか……」
尾々は坂下の様子に気圧されながら、沈黙が気まずかったため会話を続けた。代わりに聞いておこうか、とは言えなかった。もし実は付き合っているとでも言われたら、尾々は坂下以上にショックを受けるだろう。
「――あ、音羽……」
二人が連れ立って教室のある階にたどり着いたところで、ちょうど廊下を歩く清光の姿が目に入った。
「ああ、尾々お帰り」
清光は尾々に言うと、隣にいる坂下に目を止めた。
「久しぶり」
「おう……なあ音羽、ちょっといいか」
この機を逃してはならないと、坂下は腹をくくったようだった。そしてその返事を聞く前に、清光の腕をつかみ問答無用で階段の隅へ引っ張っていく。どこか鬼気迫る様子で、尾々は口をはさめなかった。
尾々は清光が上加地に連れていかれた時のことを思い出しつつ、何もできずその姿を見守るしかない。二人が何を話しているのか、その内容までは尾々には聞き取れなかった。
二、三やり取りをした後、坂下が清光に何かを手渡したのがわかった。二人の影に隠れそれが何かはわからなかったが、一瞬だけちらりと、きれいな青色が尾々の目に映った。
清光がそれを受け取った後二人は別れて、清光だけが尾々のほうへ戻ってくる。それまでは思い詰めた様子の坂下だったが、清光と話した後はやけにあっさり引き下がり、自分の教室へと戻っていったようだ。
――何を渡されたんだ? まさか果たし状じゃないよな……?
「昼ご飯食べる時間なくなるし、早く教室へ戻ろう」
尾々の疑問をよそに、清光はまた何事もなかったかのような顔をしている。
――結局のところ、高寺さんと付き合ってるのか? 二人は何を話してたんだ?
尾々の頭の中に、疑問符が溢れる。
――音羽はいつもそうだ。俺が聞くまで、ほとんど何も自分のことを話してくれない。それに……――。
紅緒と、坂下の顔が交互に浮かぶ。二人ともクラスの中心にいるような、自分とはグループの違う人間だ。
――なんで、音羽ばっかり……。
一瞬、清光に対する黒い気持ちが湧き上がる。しかしそれに気づいた尾々は、慌ててそれを打ち消した。
――何を考えてるんだ、俺は。話す気になれば、音羽は話してくれるさ。俺が気にすることじゃない。
尾々は無理やり今の出来事を頭から追い出し、清光に笑顔を向けて話しかけた。




