蝶々と少女たち
カオルが階下を見下ろすと、サクラがせわしなく動き回っていた。蔵に収められた行李を開けては中身を取り出し、少し考えてはまた別の行李を開ける。
「サクラ、さっきから何してるの?」
カオルはたまらず声をかけた。
「ねえ、どこかに洋服ってしまってなかったっけ?」
サクラはカオルに質問で返した。
「洋服? 何で急に?」
カオルは不思議そうに、サクラに重ねて聞いた。
「えっと……、今度シンと市立図書館に行こうって話してたの。休みの日に制服だと、変かなって」
サクラは懲りずに行李を引っ張りだしながら答えた。
結局のところ風神雷神図屛風が載っている本は見つからなかったが、蔵書数の多い市立図書館ならあるだろうとシンは言った。しかしそこへサクラは行ったことがないと言うと、話の流れでシンが連れて行ってくれることになったのだ。
「シンと、出かけるの?」
カオルは難しい顔をしながら呟いたが、サクラはそれに気がつかない。
「ねえカオル、知らない?」
「……知らないわ。洋服なんて、蔵にないわよ。母屋になら沢山あるでしょうけど」
カオルは眉根を寄せながらもサクラの元へ向かい、一応手近にあった行李を開けながら言った。
カオルが探しものをしていればサクラが手伝い、サクラが探しものをしていれば、今度はカオルが手伝う。少女たちはやいのやいのと言い合いながらも、結局は互いを助けずにはいられない。
「やっぱりそうだよね……――でも、母屋には行けないし……」
悲しそうな顔をして、サクラは呟いた。どこかでわかっていたようで、諦めたように力なく床に座り込む。母屋へ言ったら、もちろん着物以外にも洋服がたくさんしまってある。けれど、今母屋へ行けば、清光と会ってしまうかもしれない。
清光が蔵へ訪れることがなくなってから、二人は母屋へ行かなくなった。怖かったのだ。清光が少女たちに気がつくことなく、いないものとして扱うことが。
清光が学校へ行っている間に行けば会うことはないだろうが、それでも少し怖かった。長い間音羽家の子らと一緒に過ごしていたからか、己だけで母屋へ行くということはどこか禁忌のように感じられた。
「――ねえサクラ、見て」
うつむくサクラに、カオルは優しく大きな声で言った。そして両手を大きく広げ、天井に向けてぱっと上げる。着物の袖が落ちて、カオルの白い腕が露わになる。
すると、床に散らばっていた着物や帯、そして半開きになっている行李の中のものたちが、一気に蔵の天井まで浮かび上がった。それらはひと時天井に留まったが、カオルが腕を下げると今度は一斉にばさばさと落ちてきた。男物の大きな着物が、サクラの上に乗っかった。カオルのほうには、長い帯が巻き付いている。
「ふふ」
どちらかが肩を揺らして小さく笑うと、もう一方が声を上げて笑った。そして二人は、床に舞い落ちた着物たちの中を転がりながら笑った。
「びっくりするじゃない! 突然何ごとかと思った」
「でしょ? 突然思いついちゃった」
着物や帯を絡ませながら転がり、二人はちょうど向き合う形になった。目と目が合うと、また笑い転げる。
笑いながらサクラは思いついたように立ち上がると、自らの肩にかかっていた、男物の黒い着物を手に取った。そしてさっと、宙へ投げる。それは大きく舞い上がると、ゆっくりと羽ばたき始めた。蝶のように緩やかに、静かに蔵の中を飛ぶ。
「見て、クロアゲハ!」
サクラは自慢げに言うと、ふわりと飛び上がってその上に乗った。
「どう、カオル? 私のほうが上手でしょ」
「すごいサクラ。本当にクロアゲハみたいよ」
まだ床に転がっていたカオルは、上を見ながら笑った。見た目はクロアゲハというよりもツバメやカラスのようだったが、そのゆっくりとした静かな羽ばたきは、蝶そのものだった。
「それなら私も……――」
カオルも身体にまとわりついていた着物や帯を、どんどん上へ投げた。それらは列になって、吹き抜けの蔵の中を上へ上へと羽ばたいていく。
「すごいすごい!」
けたけたと笑いながら、サクラはどんどん増えていく蝶たちの上を、軽やかに飛び移っていく。蔵の中は色とりどりの蝶でいっぱいになった。もう列は崩れて、蝶たちは思い思いに乱れ飛んでいる。
少しするとサクラも蝶から降りて、下から見ていたカオルの隣に座った。
「きれいだね」
二人は肩を並べて、蝶の舞を楽しんだ。
「あーあ、片付けが大変だわ」
「もちろん、カオルがやってくれるんだよね?」
サクラはカオルにもたれかかりながら、いたずらっぽく笑った。
「こういうのは、最初に始めたほうが片付けをするの。だから、最初に行李を開けたサクラが片付け係」
「違う、最初に着物を飛ばしたのはカオルだったもん」
「それも違うわ。蝶を作ったのは、サクラが先だった」
二人は言い合いながらも、笑い合っている。
「そうだカオル、この前の本は読んでくれたの?」
途中でふと、サクラは思い出してカオルを見た。カオルは話をそらすように床に転がって、誤魔化すように言った。
「雨が、降ってきちゃったんだもん」
「雨?」
「そう、雨。だから、読めなかったの」
「何言ってるの、そしたら雨が降っていないところで読めばいいじゃない。ちっとも読んでくれないんだから」
むくれているサクラを見て、カオルは起き上がった。
「そろそろ、蝶々たちをお家に帰さないと」
「もう、すぐ誤魔化すんだから!」
サクラはむくれながらもカオルに従って、飛んでいた蝶たちを仕舞い始める。一枚ずつ、一帯ずつ、二人はきれいに空で畳んで、行李へと戻していった。皺や汚れがついてしまったところは、少女たちがなぞると不思議と消えていく。
「そしたらカオルは、晴れている日だったら読んでくれるのね?」
仕舞いながら、サクラは蒸し返して言った。
「もちろん。雨が降らなければ読み終わっていたのに、って言っているじゃない」
「そんなこと言っていなかった」
「言った」
「言っていない」
二人は再び、笑いながら言い合いを始めた。




