とある狐による噂話
聞かはった? 東の鬼たちが、どんどん西へやって来てるらししわ。この世にもまだけっこういたんやね、人の世になって久しいのに。どおりでこのところ、穢れを感じることが増えたわけやわ。
西に来たんはそらもちろん、東に生まれはった“貴き子”から逃げ出してきたんよ。言い伝えどおり、ほんまに強くて清らかな魂を持ってはるそうや。
しかも人は年を追うごとに欲が深まっていくもんやけど……“貴き子”は赤子のように清らかなままなんやって。“貴き子”もう十なんぼやろ? 徐々に清らかさを失うやろうと考えてた鬼たちも、とうとう諦めたんやろなあ。
あの頼光さまをも凌ぐお力やって噂やし、もし“貴き子”がずっと清いまんま成長しはったら、ほんまえらいことやね。この世どころか、あの世の穢れすら祓ってしまうんやないやろか。うちも早くお目にかかってみたい、どんな方なんやろう。
聞いた話やと、東のほうはもうびっくりするほどきれいになったらしいわ。力の弱い鬼だとかその手下たちがもうあらかた祓われてしまって、鬼火すら上がらんのやって。
そら穢れをまとったもんたちは、息苦しゅうてしゃあないやろな。特に穢れの塊の鬼からしたら、清らかな魂は身を焦がすほど眩しいらしいもんなあ。
なんでも祝詞を唱えるんでもなく、そこにいはるだけで周りの穢れをお祓いになるそうや。そらそこらの神官なんて目やないわ。今の子らなんて、式神もろくに使えへんもん。
“貴き子”は器も血も特別やし、神通力もお持ちやって聞いたこともあるし……はよ人に化けられるくらい精進して、“貴き子”を垣間見てみたいわ。
そわうまく化けてもすぐ見破られてしまうやろうけど、式神にしてもらえるかもわからんやろ。やっぱりお仕えするなら、由緒ある方がええなあ。
ええ、あんた酒吞童子さまにお仕えしたいん? やめときやめとき、酒吞童子さまは神さんにならはってまだ日が浅いわ。数百年かそこらやろ、そもそも半神半鬼やないの。いくら崇められるようになったいうても、元々は穢れた鬼やもん。今だって、鬼の長であることに変わりないわ。人が畏れて祀ってるうちはおとなしゅうせなならんやろうけど、酒吞童子さまも“貴き子”に仕返しするんをまだ諦めてないかもしれへんし……。
まあ酒吞童子さまの荒魂はどっかに隠してお祀りしてはるらしいから、大丈夫やろうけどね。今人が神さんとして手を合わせてるんは、酒吞童子さまの和魂だけやろ? 穏やかな魂の和魂だけやったら、いくら力をためても怖いことないし。荒ぶる魂が封じられてはったら、酒吞童子さまもこの世で暴れられへんやろ。
そらどんな神さんも荒魂と和魂の二面性がおありやけど、酒吞童子さまは群を抜いてはるし、うちは怖いわぁ。
あ、もしかしてあんた、酒吞童子さまが美丈夫やってお噂やからお仕えしたいん? たしかにどんなお顔立ちなのかは気になるわ。お噂ばっかりで、実際にはなかなかお目にかかれへんもんね。
狐で酒吞童子さまにお仕えしてるもんもおらんから、実際にお見かけした話も聞けへんし。
そういえば酒吞童子さまのところでは、近頃雷獣を使役してはるらいしわ。あの茨木童子が連れてるところを見かけたって聞いたんよ。ぐるぐる鎖を巻かれて、だいぶ手綱を握られてるようやったってさ。
酒吞童子さまにお仕えしたら、きっと茨木童子にもこき使われるんよ。うちは嫌やわあ。鬼のくせに人に化けてあちこちうろうろしよって、ほんま好かんわ。
茨木童子も人から鬼に堕ちたやつやから、他の鬼と違って簡単に祓えんし。化けた姿がいっつも美丈夫なんも腹立つし。
それにしても雷獣つれてこの世に降りてきてるなんて、酒吞童子さまたち何か企んでるんとちがう? ただ雷や雨を落とすだけなら、わざわざ雲の下に降ろしてこんでもええもんね。雷獣の好物の穢れでも与えて、大嵐でも起こすつもりなんやろか。
いうても別に、わざわざこっちに連れてこんでもええやんな。




