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春のまにまに童のまにまに  作者:


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22/49

図書室の二人

 

 雲行きが怪しくなってきた気配を感じて、サクラは窓の外を見た。少し前まで晴れていたのに、カーテン越しでもわかるほどに黒い雲が立ち込めている。


 ――カオルはもう蔵へ帰ったのかな。


 先ほど図書室を出て行った、カオルの姿を思い出す。またいつものように、川辺に寄っているだろうか。


 屋外にいて天気が崩れ始めた時、サクラはすぐに蔵へ帰ろうとするが、カオルは風雨を楽しむ癖があった。雨が降ろうか風が強かろうが、気にせずそのまま外をぶらぶらしたりするのだ。雨に濡れる庭がきれいだと言って、蔵の屋根に座って見ていることもある。そういう日はサクラも少しだけ付き合って、一緒に眺めたりもする。


 ――今日はセーラー服だからって、調子に乗っていつも以上に汚してきそう。


 カオルは着物を着ていても構わず雨に濡れるので、いつも二人がかりで後始末していた。濡れた着物を乾かした後、シミになってしまったところを撫でていく。そうするとシミや汚れは消えていって、新品のようにきれいな状態に戻った。


 少女たちが着物以外の服に袖を通したのは、セーラー服がはじめてのことだった。蔵の中には和服ばかりが収納されていて、洋服はセーラー服しかなかったのである。清光の叔母が、記念に取っておいてそのままになっていたものだ。音羽家は早瀬学院の卒業生が多い。


 サクラは入学式の日、見よう見まねでセーラー服を着た時のことを思い出す。着物と比べあまりに締めつけが緩いのではじめは戸惑ったが、今ではすっかりなじんでしまった。


――音羽家から外に出てみて、色んなものを見られたし色んなことを知れたわ。それに……。


 サクラは、向かいに座っているシンの顔を見た。


「どうかした?」


 その視線に気がついて、シンも本から顔を上げる。サクラは微笑した。


「ううん、何でもない……――あ、雨が降りはじめたけど、大丈夫?」


「ほんとだ。俺は家近いから平気だけど、そっちは?」

「私も――……」


 大丈夫、と言いかけたところで、窓の外で稲妻がぴかりと走った。サクラはびくっと体を震わせて、窓のほうを振り返る。その瞬間、少し遅れて低く大きな雷の音が鳴った。その音の大きさに驚いて、サクラは思わず読みかけていた本から手を離した。


「珍しい、けっこう近くに落ちたね」


 シンは物珍しそうに、本を閉じると席を立って窓辺へ向かった。カーテンを開けて外の様子をうかがうと、雨足は徐々に強くなっているようだった。


「まだ、雷は落ちそう……?」

「向こうまで真っ暗だし、もう少し続きそうだね。天気予報では晴れって言ってた気がするけど」

「……――」


 無言になるサクラを訝しんで、シンはカーテンを開けたままサクラを振り返った。サクラは心持ち顔を青くして、そわそわとしている。落雷時は、いつもカオルにくっついてやり過ごしていたのだ。カオルがそばにいない今、雷の音が常よりも大きく感じてしまう。


「もしかして……――」


 その様子を見て、シンは少しにやけながら言った。


「雷、怖いの?」


 問われるとサクラは目を大きくして首を振った。


「ううん、違くて! 全然怖くなんかない! ない、んだけど……雷は好きじゃない、というか……なんていうか……」


 慌てながら少しずつ声を小さくするサクラを見て、隠しきれずにシンは笑った。


「なによ、怖くないってば!」


 サクラはむきになって否定するが、雷を怖がっているさまが丸わかりである。


「ごめん、笑うつもりは……――あ、また雷」

「えっ……」


 シンの言うようにまた稲光があり、わずかに遅れて雷の音が響いた。強くなりつつある雨音をかき消すほどの、大きな音だった。さらに間を空けず、また閃光が走る。

 シンはカーテンを閉めながら、硬直したサクラに向き直った。


「ごめん、笑って悪かったよ。いつも大人っぽいのに、雷を怖がるのがなんか面白くって。でも、別に隠さなくっていいのに」

「だから、怖くはないってば!」

「そうだった、好きじゃないだけ、だった――……なんで雷、好きじゃないの?」

「なんで……?」


 改めて問われると、どう答えてよいのかわからない。サクラは言われてみればなぜだろうか、と考えてみる。


「なんで、だろう……眩しい光も大きな音も、それだけだったら別に怖くないし……雨も大丈夫だし。うーん……でも、雷が落ちてきたらと思うと、ちょっと怖い、かも。昔、雷が落ちた瞬間を見たことがあるの。すごい音がしたと思ったら、目の前にあった木が一瞬で炎に包まれてて……」

「そんな近くで見たことがあるのか、それはたしかに怖くなるな。火は広がらずにすんだ?」

「うん……たしか、木が燃え尽きるまでは燃えていたけど。木が燃えている間も、いつ私に雷が落ちてくるんじゃないかって、怖くて……」

「それってさ、どこから見てたの?」

「え? 私は蔵に……家の中から、庭を見てたの」


 どのくらい前のことだったのか覚えてはいないが、サクラはその時のことを思い出した。檜だったか楠木だったか、当時音羽家の庭には立派な大木があった。蔵の窓から、暴風で揺れ動くその木を見ていたのだ。


「そっか……――」 


 シンは少し考えるそぶりを見せると、ちょっと待ってて、と言うなり書棚のほうへ姿を消した。小説類ではなく、図鑑や解説本があるあたりをぶらついたと思うと、またすぐ戻ってきた。


「ごめん、見せたい本があったんだけど……ここにはなかった」


 少し照れくさそうに言うと、シンは続けた。


「雷ってさ、基本的に屋内にいたら直撃しないんだ。だから、屋内にいる時はそこまで怖がんなくっていいと思うよ」

「えっ……! そう、なの……?」


 シンの言に、サクラは驚いた。雷は、どこにいても襲ってくると思っていたのだ。


「雷が落ち始めたら、まずは屋内に逃げる。逃げる場所がなかったとしても、焦って木とか電柱とか、高いものの下には行かない。雷が落ちやすいし、木から地面をつたって電気がきて、感電しちゃう可能性もあるから……っていう、解説がある本を見せようと思ったんだけど、見つかんなくって」


 ごめんと謝ると、シンはさらに続けた。


「あとはなんだろ……春に落ちる雷は春雷って言うけど、別名虫出しの雷って言うのは知ってる? 雷に驚いて、冬眠してる虫が起き出すって意味。雷が鳴ると虫がいっぱい出てくるって思ったら、なんか面白くない? ……あ、あとは風神雷神図屛風を思い出すとか。教科書で見たことあるでしょ? 金色の背景に、風神と雷神が描いてあるやつ。ああいう鬼が雷を落としてると思ったら、怖くなくならない? 雷獣とか雷鳥を想像するのもいいかも。思いっきりデフォルメして想像してさ……」


 後から後からたくさんのことをシンが話すので、サクラはあっけにとられた。そして外で雷が落ちていることも忘れて、思わず笑いだす。


「……すごい、すごいよ! なんでそんなに色んなこと知ってるの? シュンライって言葉も、虫出しの雷? も、私はじめて聞いた。シンはすごいね!」


 サクラはシンを褒めながら、けたけた笑い続けた。


「べ、別に普通だよ……」


 あまりに褒めるので、シンは顔を赤くして否定した。必死になって喋りすぎたかと、恥ずかしくなる。


「ううん、ほんとにすごいよ。それに……ありがとう。私が雷を大丈夫になるように色々考えてくれて、教えてくれて……」


 サクラは意を決して立ち上がると、カーテンを少し開けて、ちらりと外を覗いた。また、稲光が見える。


「うん、やっぱりまだ不安っていうか……こっちに落ちてくるんじゃないかって思っちゃうけど……でも、今も虫たちが土の中から出てきてるかもって思ったら、なんだかおかしい」


 カーテンのはじを握りながらも、サクラは振り返ってシンに笑いかけた。愛らしい笑みを浮かべる様子を見て、シンはほっとする。


「よかった。別に雷を好きになったり、全然平気になったりしなくたっていいんだし。少しずつ慣らしていったら?」

「慣れるかな……」


 サクラはカーテンを閉じて、シンに向き直った。


「そのうち慣れるよ、そんな気負うことない」

「ね、そしたらまた色々教えて? 私、なんとかの屏風っていうのも見たことないの」

「え、ない? 授業でやらなかった? 教科書持ってきてないしな……図版とか、置いてあるかな」


 シンは風神雷神図屛風が載っていそうな本を求めて、再び書棚のほうへ行った。今度は、サクラもその後をついて行く。二人は喋りながら、一緒に本を探した。


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